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第1話 ビッグマウス
この物語に登場する人物・怪物
主人公:『アマルフィ・ヘリオサンテ』10歳の狩人見習い。父親は勇敢な狩人であったガレオス・ヘリオサンテ。しかし父親は彼が7歳の時にある巨大な怪物に食われて、帰らぬ人となってしまった。今は、父親の敵をとるために、叔父のグレゴリオ・ヘリオサンテとともに狩りの修行中で、まだ危険な樹海、『深淵の森』には入らせてもらえない身。まだ幼く、骨と皮のような体格。しかし、父親に似て、勇気ある男の素質を持っている。
父親:『ガレオス・ヘリオサンテ』40歳で帰らぬ人となった伝説の狩人。かつて、村人たちをオークの群れから救ったという伝説がある狩りの名人であり、7歳までアマルフィ・ヘリオサンテの父親として息子を溺愛していた子煩悩な男。細マッチョな体格。
叔父:『グレゴリオ・ヘリオサンテ』ガレオス・ヘリオサンテの弟。引っ込み思案のため未婚だが、生まれつき体格に恵まれ、馬鹿力があるため、村内一の戦力を誇る狩人として、甥であるアマルフィ・ヘリオサンテに狩りを教えている。太っているが、全身のほとんどが筋肉であるため、本気で動けば俊敏。ただ、怠慢なところがある。危機がせまると、踏ん張りがきく。
ビッグマウス:『か弱い子犬』この物語に登場する一番危険な怪物。『深淵の森』という樹海に潜み、その真昼でも夜のように暗い闇の中で心細くなった旅人たちの、消え入り潰れそうなこころにスッと入り込むような、か細く小刻みに震えている小さな子犬のような姿はカリソメで、本性はその下に巨大な根を張って巨大な口を開けている一つ目の肉食植物。
それでは物語、スタート。
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『アマルフィ、君は少し筋肉が足りないようだ。この天然ゴム製のバンド(ひも状のもの)を使って、トレーニングをするといい。特に、体幹がしっかりしていないから、サーベルを振るっているようで、サーベルに振り回されているよ。』と叔父は言う。
『そうですね。叔父さん。ちょっと、まだこのサーベルが、僕には重いようですし。やってみます。』と彼は答えた。素直な少年で、叔父は非常にやりやすい。
『焦らなくていいからね。じゃあ、俺が片一方を持っているから、野球のバットを振るように、スイングしてみよう。まず、足を前後に開いて。そうだ。』と叔父は大きな手で彼の体勢を調整する。
『こうですか?』と言う彼に、叔父は『振ってごらん?』という。そのような日々の訓練のやりとりがあって、父親が失踪して5年が経ったころだ。
『12歳の誕生日おめでとう。ついに、君も正式に大人の仲間入りだ。』この村では、12歳になると、公式に狩人として認められる。といっても、危険生物がうようよいる『深淵の森』にはまだ入ることは認められず、害性の小さな生物が沢山自生しているいる『原生の森』であれば、訓練がてら入っていいということになっていた。
害性が小さい原生の森といっても、イタチやタヌキ、ウサギに狐といった比較的俊敏でか弱い哺乳類というわけではなく、この村原産のカマロという小人サイズでキックボクサーのようにパンチやキックを食らわせてくる筋肉質な齧歯類や、ポンティアックという矢やサーベルが効かない硬質な外皮を持つ腹だけが柔らかいムカデ状の巨大な甲殻類などがおるなど、打ちどころが悪いと骨折を起こしかねない生物はもろもろいるのだった。
ただ、深淵の森はその比ではない。現生の森では樹木の高さは高いものの、木立まばらな針葉樹林が続いており、昼間は明るい。しかし、深淵の森は生命力が高く栄養の少ない土壌でも強大に繁茂できる特殊な広葉樹林が広がっており、密集した木立の中では昼でも森の中は夜のように暗い。
おまけに、方位磁石はきかず、お目見えする生物は、この深淵の森原生のたとえば『ヴェネーノ』を例にとると、溶解性の毒素を皮膚から垂れ流すヘドロ状の生物で、こいつの毒を科学的に分解すると、村で蔓延しているタチの悪い疫病がたちまち治る薬になった。
あるいは、たとえば『ヴェイロン』は、散弾銃のような弾幕を両方のハサミから放出できる巨大なカニで、幸いにもそいつを倒すことが出来たら、タラバガニよりもタカアシガニよりもうまみ成分が多く、イセエビよりもオマールエビよりも肉厚で、甘えびよりも甘く糖度が20度という怒涛の数値をたたき出す身を村人にむき身1トン分提供できることになる。それだけ大きなカニだ。
とこのように、危険と隣り合わせの敵が数々うようよいるのが、深淵の森ということだ。(ちなみに、原生の森のカマロとポンティアックの肉はどちらも味がたんぱくで無味乾燥という感じらしい。カマロの特に不味い肉の部位は、特に村が作っているプロテインの原料となり、ポンティアックの外皮は鎧に使われている。)
『これから、アマルフィは原生の森に入っていいことになった!よかったな!これで、一つステップアップしたぞ!』と叔父は彼にそう言った。叔父自身ほこらしげであるが、彼はそうでもなかった。
『僕も深淵の森に入りたいなあ…。僕も連れてってよ。』と彼は言う。彼は、叔父との訓練中は、敬語を使っているが、狩人としての儀式であるとはいえ、祝いムードの前では師匠と弟子ではなく、叔父と甥の関係だ。
『はは、気持ちはわかるが、お前にはまだまだ早い。ちょっとの油断が、命とりになる。まだ村の決まりで、連れていけない。おっと、お前の父さんが、ぬかったっていうわけじゃないぞ?一寸先は闇という駆け引きの戦いだ。実力が足らなかった。と言ってしまえばそれまでだが、相手が強すぎたのかもしれないな。』と叔父は弁明した。
『父さんは、深淵も森の誰にやられたと思う?』と彼は当初の疑念を口にする。ずっと、心の内に秘めて来た。彼なりに。
アマルフィの父、ガレオスは、深淵の森に狩りに出かけたきり、文字通り帰らぬ人となった。深淵の森の中での戦いは、激戦を極めたのち命に別状がある大けがを負い数日後救助され村に戻ることがあるといえど、狩人が雲散霧消したように数年にわたり消え失せることはほとんどなかった。唯一、ガレオスがその例だと言っても過言ではない。
『君に話すときがきたようだ。俺も、コイツをさがしている。』と言って叔父が懐から取り出したのは、ある瞬間写真だった。
写真に写っているのは、直径3mはあろうかという、巨大な赤だった。上に蓋のような上唇にも見えなくないものがあるため、おそらくこれは口だろう。叔父が言うには、この怪物が、この大口を開け、父親を丸のみしたと確信し、そのことをやっと話した。彼を大人と認める過程として、言っておかなければならない、真実でもあった。
実は、深淵の森には、衝突時作動システムに近い性能を持つ防危カメラがあってね。ほら、都会では車が走っているが、この車には接触事故が起こった時に、その事故の前後の時系列の様子を記録するカメラが付いているだろう?これもそのシステムにならったカメラで、お前の父さんを食ったかもしれない怪物討伐のために、特殊なカメラを設置していたんだ。
あれから、狩人失踪事件は起こっていないが、この事件には周期があった。実は、アマルフィの父親が失踪したとみられる日付の丁度5年前にも、同様の事件があった叔父は言う。アマルフィが2歳の時だ。
『その時が発端となって、この映像に写っているカメラが設置された。そして、お前の父さんが失踪した日に、漸くこの姿がカメラに収まった。さらに、今日が、その怪物が姿を現すとされている日だ。』と叔父は言った。
『えっと、叔父さんは、こんな危険な奴のところに、いくの?僕をおいて?』と彼は甘えるように不安げに言った。師匠とはぐれることが、まだ不安らしい。
『申し訳ないが、そういうことになる。なあに、大丈夫だ。お前のお父さんの敵だ。絶対に打ち取ってやる。それに、チャンスは今日しかない。俺がやる。そう決めていた。』と叔父は言う。眼光は鋭く、アマルフィの奥の中空を睨むような熱い眼差しがその叔父の斜視気味な両目から注がれる。
『というわけで、早速行ってくる。』と言って、儀式が終って間もなく、叔父はアマルフィの家を出た。
深淵の森は、入って間もなく、頭の中にある方位磁石の働きをする方向感覚が、麻痺する。そして、ぬかるむ泥沼に足をとられ、吸い込まれそうになるうちに、神経を削られる。
怨敵討伐という大口をたたいていたグレゴリオも、本来の臆病で引っ込み事案な性格が発露してきてしまった。彼は、アマルフィの前では甥の持ってくれているイメージである父親の弟であり勇敢な戦士であるという印象に引っ張られ、5割増しで自信満々に正々堂々と意気揚々に振る舞っていた。
しかし、元来グレゴリオは、血気盛んで色恋の絶えない種馬のような勢力を持って青春を謳歌した兄のガレオスとはうってかわって、もともと大人しい性格で、ポッチャリしていたが、兄に勧められて筋トレに打ち込んだところ、彼におだてられたのと持ち前の才能によって筋肉が開花し、後天的に自信がついた男だ。
とはいっても性根は細く、か弱いグレゴリオは、一人深淵の森の中、もはや早くも心細くなっていた。
『兄貴…。俺、本当はタフな男なんかじゃないんだ…。間違ってたよ…。こんなところに一人で来るなんて…。兄貴の息子に、嘘ついて深淵の森に入って来たと何回も言って、手柄無し手負いアリで帰って来たけど、あんなの俺の嘘だったんだよ。俺は、この森に足を踏み入れてそうそう、自分のサーベルで自分を切って、手負いのふりしたのさ。ああ、どうしよう。兄貴のカタキ、取れないかもしんねえ。帰れなかったら、どうしよう…。怖いいいい…。』ともう泣きそうになりながらも、しかし言った以上は嘘はつけまいというこれまた小心さで後戻りできずジレンマに陥っている彼は、なにやらこころのかたすみに小さな灯をくれるかのようなか弱き生き物を見つけた。
『おや?こんなところで…。あら~かわいい。どちたの~。震えてるねえ~。』と猫なで声で言う彼が、手を伸ばしたのは、深淵の森の密集する木立が切れた、少し開けた草地にある段ボール。その中には、鬱蒼と茂る草木の湿気で鼻をじっとりと濡らし、息苦しそうに震えている小さな小さな子犬がいた。
こころなしかというには少なすぎると思えるほどに、少なからず癒され始めたグレゴリオは、思わず頬をほころばせた。しかし、その瞬間こそ、地獄へ足を踏み入れた刹那だった。
突如、地面が大きな地震のように揺れ動き、グレゴリオの見ている景色が鷹揚に動いたかと思うと、たちまち視界が真っ赤に染めあがった。それは、写真で見た巨大な生物だった。そして、後ろで鳴るシャッター。防危カメラが、手遅れの一幕を写したのだった。
『まさか、兄貴は、これに…。』何の抵抗もなく、彼の脳内に想像の走馬灯が蘇る。深淵の森の怪物討伐に、入っていった兄貴、ガレオス。しかし、彼もまた、臆病虫に苛まれ、心に震えをおぼえていたのだろう。そして、冷え切った心に、小さくも暖かいぬくもりを照らすような、彼と同じように震えるか弱い生き物が視界に入ったのだろう。そして、油断したのもつかのま、今のようなスローモーションの走馬灯を彼なりにみながら、自身の身に振りかかる、自身の声による断末魔を他人事のように聴いたのだろう。
バクリという鈍重な音とともに、口内粘液にあっという間に溶かされる身体。全身に、激痛が走る。
『うげあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!』
忽ちそのまま出血多量によってまず俄かに失神し、そして彼は全身が溶けきるまえに、さらにおびただしくなった出血によってショック死したのだった。
そのころアマルフィは。
『大丈夫。叔父さんは、絶対に帰ってくる。絶対、大丈夫。絶対絶対大丈夫。大丈夫。』と自身に言い聞かせているのだった。そうしていないと、叔父が帰って来ないことを知っていると自ら認めてしまうことになることから、目を背けるようにして。
(FIN)
【約5000字】
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