第10話男子高生バディと聖夜の幻想行進曲
クリスマスも押し迫った十二月の二十日の事。
「ねえ、しずく、俺昨日すっげえもんみちゃった!」
朝、雫の家の前である。
いつものようにふたりで登校するべく待っていた雫の元に、ダッシュで来た白眉は言った。
寒い中走って来たのだろう、鼻と頬が赤い。しかしその表情は輝いていかにも楽しそうである。
「朝から元気だな。昨日って帰ったあと?」
学校の方に歩き出しながら雫が聞く。二人とも両親共働きで帰りが遅い。白眉も遅くまで雫の家に居ることが多い。昨日白眉が帰ったのは確か夜九時過ぎだったはずだ。
「そう!家までの道を歩いてたらさ、こう……なんていうの?パレードみたいな?イルミネーション?」
雫は首を傾げた。白眉の家のある方向は閑静な住宅街だ。そんなイベントがあるとも思えない。
「なんかぼやーって光っててリボンとか紙吹雪とかがひらひら舞ってんの!すげー綺麗だった!」
「…………?」
雫はまた首を傾げた。いまいち話が見えない。
「……それはクリスマスのパレードってこと?」
大体の当たりを付けて雫が聞くと白眉は顔をほころばせた。
「うん!そんな感じ!」
「それが、お前んちの近くの道で?」
「うん!」
「平日のあの時間に?」
「うん!」
「……夢でも見たんじゃないか?」
思わず雫が言うと白眉はむうっと頬を膨らませた。
「ほんとに見たんだって!夢じゃないって!」
うーん、と雫は首をひねった。白眉は寝とぼける事はあってもこんなとんちきな嘘をつく奴ではない。しかしいくらなんでも雫の理解の許容量を超えている。
「……最近疲れてるとかは?寝不足じゃないか?」
「もーっ、信じてよ!ほんとだってば!」
雫とて真剣に友人の健康を心配している。しかしふんふんと怒っている白眉の様子は健康そのもので、なにか悩みがあるという感じもない。うーん、とまた雫は考え込んだ。
「……じゃ、見に行くか?」
雫は提案した。あるかどうか疑わしいのならば確かめに行けば良い。雫の持論である。
「うん!行く!今夜!」
白眉は即決した。嬉しそうである。
「俺思ったんだけどさ、あれ、サンタの行進だって。クリスマスまではやってるよたぶん。どこ行くんだろうなーあれ」
「どこ行くかは知らないけどさ、クリスマスまではやってるよって誰がやってるんだよ」
白眉は言葉を切って少し考えて、言った。
「えっとたぶんね、サンタの精霊!」
にっこりと笑った白眉の笑顔から視線を逸らして、雫はため息をついた。
*
その日も学校生活を終え二人で家路につく途中、ふとコンビニののぼりが目に入った。
「あ、クリスマスケーキとチキンの予約まだやってる」
先に白眉が声を上げた。
「なんだよ、まだ予約してなかったのか?」
なんとなく聞いた雫に白眉が返す。
「え、雫はもう予約したの?」
逆に意外そうに聞き返されて返した。
「予約してない。別に一緒に過ごす人も居ないし」
「え、じゃあ今予約してクリスマスに一緒に食べない?」
嬉しそうに言われて一瞬返事に窮した。
「……いいけど。お前はいいの、友達とか、家族とか」
「家族は仕事だし、雫と過ごす予定で約束も入れてない。……え、雫、予定あった?」
彼女? と顔を覗き込まれて思わず首を振った。
「いないよ。お前こそ彼女いないのか」
妙にぶっきらぼうな口調になってしまう。白眉はからからと笑った。
「いないよ。いたら言うよ。っていうかいい?コンビニでチキンとケーキ頼んじゃって」
言いながら白眉はずんずんとコンビニに歩いて行ってしまう。雫は後に続いて、ふと入り口脇に貼ってある手書きの張り紙に気付いた。
『お一人様用のケーキとチキンも予約給ります!』
雫は足を止めて白眉のコートの裾を引っ張った。
「お一人様用もあるって。二人ならそれで良いんじゃない?ファミリー用だと多いよ」
「おっけーじゃあ中の人に聞いてみよ」
中に入ってレジの人に聞くと一人前用のショートケーキとチキンレッグの予約をまだ受け付けているとのことで、それを二人前頼んだ。
ついでに夕食の買い出しもして外に出ると二人で雫のアパートに向かった。
「たのしみだねぇ、クリスマス」
白眉は上機嫌である。雫はそれを見て自分も胸がほのかに温かくなるのを覚えた。
しかし、本当に自分で良いのだろうか。社交家の白眉のことだからもっと大人数でぱっと騒ぐ事も出来ると思うのだが。白眉の嬉しそうな笑顔を見ながらそんなことを思うのだった。
*
いつものようにふたりで雫のアパートでコンビニで買った弁当を食べて、たまたまあった親戚から貰ったみかんなどを食べながらごろごろしているうちに夜の九時になった。
「お、そろそろじゃないか?サンタが来る時間」
「え、まじで」
仰向けになってくつろいでいた白眉ががばっと壁の掛け時計を見た。
「そろそろ帰る時間だろ。帰りがてら見てこうぜ、サンタのパレード」
言いながら立ち上がった雫の心は、サンタのパレードに対してあまり懐疑的ではなくなっていた。というか、できたら居ればいいなくらいの気持ちになっている。おそらくケーキとチキンなど予約したせいでクリスマス気分になっているのだろう。
そのまま二人で連れ立ってアパートを出た。二人とも部屋着のスウェットの上にコートとマフラーを巻いただけの姿である。雫のアパートに入り浸っている白眉の部屋着は雫の部屋に常備してある。知り合って一年ほどだが家族のような付き合いなのだった。
白眉の家は雫のアパートから山の方に少し歩いた瀟洒な住宅が建ち並ぶ住宅街にある。どちらかというと富裕層が多い地域で、ここに来ると市営のボロアパートに住んでいる雫は少し気後れしてしまう。白眉の方はそういう事は気にしない質だ。良い意味で育ちが良い、と雫は思っている。
夜の住宅街は人っ子一人歩いていない。街灯がぽつり、ぽつりとあるだけで、信号もない小さな交差点をいくつも渡って歩く。立ち並ぶ様々な住宅の窓に一様に灯った灯りが妙に暖かそうに見えた。
「サンタでないかなー」
歩きながら白眉が言う。白く凍った息がもわもわと顔の周りにまといつく。
「どのへんだったんだ?」
「んーもうちょっといったとこ」
二人で凍る息を吐きながら少し歩いたところで、突然小路の影から小柄な影が歩き出てくるのが見えた。
男の子だ。それも背丈は雫の腰ほどしかない。パジャマ姿にダウンコートを着て手袋をしているが、およそこんな時間に一人で歩いているような年頃ではない。少年はしきりに後ろを振り返りながら、嬉しそうに足を高く上げて行進するように歩いている。周りに保護者がいないかと目で探したが一人だった。
「白眉、あれ」
言いかけた言葉を遮って白眉が言った。
「雫、あれ!サンタだよ」
子供に聞こえないようにか、抑えた声は興奮しているようだった。しかしサンタとは。
「……?なにもないけど」
「え、見えない?ほら、あれ!」
白眉が前を指さしながらぱっと雫の手を取った。
瞬間、世界がふいと明度を上げた。
何もなかった薄暗い住宅街が全く別の顔を見せて雫に迫った。
そこに立ち現れたのは一面の銀世界だった。
白い雪の結晶。金銀のテープ。赤と緑のリボン。ひらひらと舞い散る色とりどりの紙吹雪。それらが舞い踊り降り積もって地面や家の屋根や庭をぼんやりと白く浮かび上がらせている。
そしてその中を滑っていくのは古びた木のそりだった。それは当然のようにトナカイがひいており、当然のように赤い服を着て帽子を被った、髭をたっぷりと蓄えて恰幅の良い、
サンタクロースが乗っていた。
「サンタ……?」
呆然と呟く雫の手を握って白眉がぶんぶんと振った。
「サンタ!サンタだよ!凄くない?あの子がつれてるのかな?」
白い雪と色とりどりのきらめきに彩られたサンタの行進は、確かに少年にも見えているようだった。少年が嬉しそうに足元の雪をすくって辺りにふりまくと、それはきらきらと光って風に流れて消えて行く。
少年を先頭にしたサンタの行進は、その後にも続いていた。緑や黄色のサンタ帽を被った小さな人たちが、なにか光る粉を撒きながら踊るように続いて、その上にも雪やいろとりどりのものが降り注いで華やいでいる。
雫たちは無言のまま気配を消してパレードの後を追った。なんだか自分たちが見ているのを知られたらこの幻想が消えてしまいそうな気がしたからだ。
パレードはごく静かに、夜の住宅街を雪明かりで白く照らして悠々と進んで行く。パレードの通る先にはどこからともなく雪が降って積もり、パレードが行き去って行くと雪はどこへともなく空気にふっと消えるのだった。
ふたりがその光景に目を奪われたまましばらく行くと、先頭の少年がふと進路を変えて白い二階建ての家の玄関に入った。どうやら少年の家らしい。
サンタの行進は少年の家の前を過ぎながら賑やかに皆で少年に手を振って、そのまま先頭から空気に溶けるように消えて行く。サンタ達がすっかり消えて辺りが暗くなると、少年は楽しげな足取りのまま家に入った。
後にはいつもの薄暗い住宅街が残された。もう雪の一片も残っていない道の隅で、ふたりは酷く愉快になって無言のままハイタッチをした。
寒さはすっかりなくなっていた。
その晩、ふたりは別れて家に帰って各々の寝床に入ってからもいつまでも寝付くことが出来ず、ふたりして翌日寝坊して学校を遅刻した。
*
「昨日の子、母ちゃんの知り合いの子なんだって」
一限が終わるなり後ろの席から白眉が話しかけて来た。雫と白眉の席は前後で隣りである。まじ?と雫が返すと白眉が頷いた。
「ってもたまにゴミ捨て場で立ち話する程度らしいけど。男の子は相馬のぼるくんって言って五歳だって」
「実在したんだなぁあの子……」
なんだかあまりにも幻想的過ぎてあの子も幻のような気が雫はしていたのだった。しかし、人間だとしたらなんであんなことが出来るのだろう。超能力とか霊感とか、そういうものなのだろうか。雫が考えていると白眉は全く別の事を言った。
「プレゼントあげない?あの子に」
「え?」
雫が問い返すと白眉は笑った。
「いや、いいもん見せて貰ったお礼に。丁度クリスマスだし」
白眉は無邪気ににこにことしている。どうも白眉の手にかかると理屈とかが吹っ飛んであとには純粋な善意が残るようだ。
「それは、いいけど」
雫は考えて言葉を継いだ。
「受け取って貰えるかなぁ。近所ってだけで一面識もないのに」
「あーそうかぁ……」
白眉は笑顔をしまうと少し考え込んだ。
「郵便受けに入れて来ちゃうのはどう?手紙入れて、うちの名前書いとけば誰かはわかるはずだし。そんなに気味悪がられないと思うけど」
「んーそれなら一応受け取って貰えるかぁ。問題は、何あげる?」
「ポストに入るもので、あんまり高くない方が良いよね……絵本とか?」
「絵本かぁ……好みにもよるけど、まぁ気持ちだもんな。帰り本屋寄って店員さんにお勧め聞いてみようか」
「よっしじゃあ決まりね」
白眉は笑って言った。話がまとまるのと同時に二限の開始を伝えるチャイムが鳴った。
*
帰り道。
二人は回り道をして近所の書店に寄った。個人でやっているこぢんまりとした書店だ。小さいなりに品揃えはきちんとしていて、古本なども扱っているため雫はよく利用していた。
「あの、五歳くらいの男の子でお勧めの絵本ってありますか?」
いつも店番をしている中年の女性店員に雫が聞いた。
「プレゼント?」
黒髪を後ろで括った化粧っ気のない店員は柔和な笑みを浮かべながらカウンターから出てきて、店の片隅の絵本の置いてあるところに案内してくれた。
「これとか……この辺がおすすめですねぇ。五歳の男の子だったら」
棚から数冊出して、下の平積みしてある本の上に出して表紙を見せてくれた。
「しずく……どう?」
白眉が後ろから覗き込みながら聞いてくる。
「どうって……子供だからなぁ」
ふと、うみのそこのうちゅう、という本の表紙が目をひいた。イラストはやや抽象的だったが紺色の海の底に星の浮かぶ銀河が映っていて、そこに白いアンモナイトが眠っている。そんな絵に雫には見えた。
ぱっと昨日のクリスマスのパレードの様子が、それに喜ぶ少年の姿が頭に浮かんだ。
「これ、下さい」
とっさに言っていた。あの子にはたぶんこれが似合う、という直感だった。
「ラッピング致しますがカードとか入れられますか?」
店員がおっとりと尋ねた。
「あ、手紙は別に渡すので大丈夫です。ラッピングお願いします」
ふたりは綺麗にラッピングされた本を持って家路についた。
*
雫のアパートに着いたふたりは部屋着に着替えて身軽になると、居間のちゃぶ台に置かれた便せんを囲んだ。
「なんて書く?」
雫は白眉の顔を見た。こういうのは苦手だ。ラインの返信が苦手なのと同じで、何を書けば良いのか分からなくなってしまう。
「んん?そのまま書けばいいんじゃない?」
白眉は気楽そうだ。んじゃ書いてよ、と白眉にペンを渡した。
白眉はペンを手に便せんを覗き込むと、さして悩むことなくするすると文字を書き込んでいく。雫は横から見ていたが要約すると以下のような内容だった。
メリークリスマス。こないだはサンタさん見せてくれてありがとうね。でも危ないから夜あんまり出歩いちゃだめだよ。これはサンタさんを見せてくれたお礼だから受け取って。
これを五歳の子供用にオブラートに包んだ文章をすらすらと書き上げるのが白眉なのだ。
しかし。
「親御さんへの手紙、どうする?」
「それなんだよなー」
雫は頭を抱えた。さすがにサンタを見せて貰ったので、と書いたのでは頭のおかしな奴だろう。男の子が夜、おそらくは両親に無断で出歩いているのを匂わせるのもまずい。
二人で思い悩んだ結果、高校で近所の幼稚園の子供に絵本を贈るイベントがあり、その余りなので受け取って下さい、という文言を白眉が考え出した。
「じゃーあとはこれをイブの夜にポストに入れとけばいいね。あっイブって言えば」
プレゼントと便せんを大事に鞄にしまった白眉がはっと笑顔になった。
「コンビニで予約したケーキとチキン、イブだったよね。雫んちで食べるんでいい?」
あんまり嬉しそうに白眉が笑うもので雫もつられて笑った。
「いいよ。冷凍ご飯とインスタント味噌汁もあるから。やっぱりめし欲しいだろ?」
「欲しい!」
白眉が目をきらきらさせて笑う。
「じゃあふりかけご飯と、味噌汁とチキンとケーキだな。どんなイブだよ」
「いいの。俺はそういうのがいいの」
楽しそうに言う白眉にふと聞いてみたくなった。
「僕はそれでもいいけどおまえ他の友達とぱーっと騒がなくていいの?そういう過ごし方もあるだろ?」
雫がそういうと白眉はなんとも言えない顔で笑った。
「そういうのはね……あるけど、クリスマスはやっぱほっとしたいっていうか、落ち着きたいから。雫んちがいい」
「ふーん……」
そういうものなのか。
雫がそう思った拍子に、ぐうとお腹が鳴った。時計を見るともう夕飯の時間だった。
「あ、夕飯どうする?食べに出る?」
聞いてくる白眉にううん、と考えた。
「今日はもう出たくないなぁ。袋麺あるから、それに卵ともやし入れて、あと冷凍ご飯チンするので良ければ作るけど」
「えっまじ、食べたい食べたい」
早速台所に向かった雫に、手伝う~、と白眉が喜んでついて来る。
といってもさしてすることもないので、二人でなんのかんのと喋りながら袋麺を作ってご飯をレンジで温める。
ふと、もしこれが一人だったら、と思った。
一人だったら、袋麺にわざわざもやしと卵など入れないだろう。ご飯も温めないかもしれない。あるいは何も食べないのかもしれない。空腹すら意識しないまま、暗い寒い部屋で布団に包まっているのかも知れない。
ふと、サンタを見た晩を思い出した。見て、と白眉が自分の手を取った瞬間、世界が明るさを増して雫に迫って来た瞬間を。
あれは、白眉とふたりでいたから見られた光景だった。白眉が居なければ見られなかった世界だった。
今、こうやって袋麺に入れた卵が半熟になるように注意深く鍋を見ている。この瞬間こそが白眉が見せてくれる世界なのだと思った。
兄が死んで以来、いやもっと前の生来から、ともすれば昏い死の方向に捕らわれがちな雫の意識を明るい生へと向かわせてくれる。
イブまで、あと少し。イブの夜には白眉とコンビニで予約したチキンとケーキを食べるのだ。それまでせいぜいそれを楽しみに、生きて行こうと雫は思うのだった。
男子高校生バディとオカルトな噂 うりぼう @futaba8293
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