第8話 ぼくらはみんな生きている
美琴は、シデムシに生まれ変わっていた。
「やだ、やだ、やだ、やだ〜!」
美琴は、ひっくり返って地面に背中をつけ、手足をバタバタさせて駄々をこねた。
まるで、おもちゃ売り場で、床に寝そべり泣きじゃくっておもちゃをねだる子どものように。
「やだって言ったじゃん。シデムシにだけはなりたくないって言ったじゃん! フリだと思ったんでしょうけど」
フリじゃなかったのにぃ!と、今度は地面に顔をつけて、わーわー泣き始めた。
泣き疲れた美琴は、すっくと立ち上がり歩き出した。実際には六本の足で、だが。
動物の死骸の匂いに引き寄せられたようだ。
「仕方ないわ。これも宿命ね」
美琴は運命を受け入れて生きることに決めた。どこまでも前向きだ。
シデムシはカブトムシと同じコウチュウの仲間で、漢字では“死出虫”と書く。動物の死骸を餌にして生きる虫である。
「ショクダイオオコンニャクの花粉を運ぶのはアカモンオオモモブトシデムシって種類だけよ」
歩きながら、美琴は
「もちろん実際は死骸じゃないから、騙されて花粉まみれになって、そいでまた別のショクダイオオコンニャクに騙されて花粉をそこで落とすってわけね」
「普段は動物の死骸を食べるのよ、もちろん人間の死体も、腐り始めればあたし達は集まるわ」
何よ、その
「生きるためなんだから、仕方ないでしょ。人間には害はないわ。むしろ死骸を片付ける益虫よ!」
「ミミズもフンコロガシもみんな人間の役に立ってるでしょ」
「感謝されこそすれ、蔑まれる覚えはないわ」
美琴の声は怒りで震えた。
「てか、人間だって、死んだ牛とか魚を食べてんじゃん」
美琴は、開き直った。
「まあ、植物が主食のカブトムシに比べ、死肉が主食のあたし達は
「あたしはね、モンシデムシって種類なの。オレンジの紋がついてるでしょ」
美琴は、気を取り直して、蘊蓄の続きを話し出した。
「あ、スズメちゃんね、匂いが薄いと思ったら、まだ死にたてぴちぴちだったのね!」
スズメの死骸を見つけた美琴は、少し離れたところに穴を掘り始めた。
スズメがすっぽり入るくらいの穴を掘ったら、スズメを運び始める。
「どっこいしょっと」
「死骸‥の大きさは‥、はぁ、はぁ、体の‥二百倍にも‥なることもある‥けど、ふぅー、それでもあたしは‥一メートルくらいなら運ぶことが‥できるの」
「ふぅ〜、これでよしっ」
美琴は、額の汗を拭った。汗はかいてなかったが。
「さてと、ここに置いて、羽をむしって、肉をちぎって丸めて、それから特別な分泌液でコーティングするの」
「はい、出来上がり、ここがベイビーの育児部屋よ」
「シデムシには色んな種類があるけど、あたし達モンシデムシは、自分の子どもたちのために快適な育児部屋を用意するの、それが特徴よ」
「死肉は栄養タップリだけど、微生物なんかが腐らせちゃうでしょ? え? 初めから腐ってるって? うるさいわね! それ以上腐らせないようにコーティングが必要なわけ!」
「結果、安全でおいしい餌場を確保でき、幼虫がすくすくと成長するってわけ」
「あとね、賛否両論あると思うけど、あたし達は、子どもを食べるの」
「否はあるけど賛はないって? そぉだった? 共食いをする生き物は沢山いるけどね」
「子ども達には、母親が口移しで死肉を食べさせるんだけど、途中でエサがなくなると、母親はまだ餌をあげてないお腹を空かせた子どもたちを食べてしまうのよ」
「いわゆる間引きってやつよ」
美琴は、目を伏せた。
「子ども達の餌の取り合いは、椅子取りゲームみたいなものよ」
「ゲームで勝ち残った子どもの生存率があがって、強い子孫が残せるのよ」
「さあ、卵を産むから、一人にさせてよ」
美琴は、死肉のベッドに卵を産みつけ、育てた。
シデムシ達の天敵は、やはり鳥だ。
美琴は、鳥に捕まり命を落とした。
次に寝覚めた時、美琴はアルマジロに生まれ変わっていた。
※参考資料:National Geographic
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