第7話 あなたもきっとマゾ

 ※ショクダイオオコンニャクをご覧になったことがない方は、ネットで画像を見てから読むことをオススメします。



「ウッソ‥‥‥まじ? しょくぶつ?」

 美琴は、ショクダイオオコンニャクに生まれ変わった。


「し、植物、だよね? しかも、‥‥デカい」


 ショクダイオオコンニャクは、スマトラ島(インドネシア)の限られた場所に生えるサトイモ科の絶滅危惧種だ。漢字では燭台大蒟蒻。


 狼狽えてはいたが、美琴は、植物に生まれ変わったことを受け入れた。


「燭台は蝋燭ろうそく立てね。この部分を仏炎苞ぶつえんほうって言うんだけど、これが開くのよ」


「これが花だと思われがちなんだけど、実際の花はこの真ん中のでっかいロウソクみたいな奴の根元にあるの」


「このロウソクみたいなのを花序かじょって言うらしいわ」

 名前なんてあたし達には関係ないけどね、と云って美琴は小さなため息をついた。


 花全体は高さ三メートル、直径一メートルになるものもあり、世界でもっとも大きな花をもつ植物のひとつとされている。


 開花時は 独特の強烈な悪臭を放つため、世界で最も醜い花とも呼ばれている。


「何よ、最も醜い花って。失礼な話ね、くさいだけじゃん!」

 美琴は憤慨した。


「なになに、英名は『corpse flower(死体花)』ですって⁈ 人間のネーミングセンス疑っちゃうわ!」


「そうよ、あたしの花が咲く時の匂いはね、腐った魚、下水、死体を混ぜ合わせたように強烈なのよ。でもそれは受粉を手伝ってくれる虫をおびき寄せるための匂いよ」

 子孫を残すために大切なことなの、と美琴は開き直った。


「雄花と雌花が一緒にあるけど、単体で受精できないから、他の個体に虫が花粉を運ばないと子孫を残せないのよ」


「主にシデムシが花粉を運んでくれるから、こんな死体みたいな匂いなのよ」


「シデムシって知ってる?動物の死骸を餌にしてる虫よ。シデムシには絶対に生まれ変わりたくないわ! お世話になってるから申し訳ないけど」


「でもね、人間たちは、この匂いをわざわざ嗅ぎに来るのよ」


 長ければ十年に一度だけの開花で、それも三十六時間以内に閉じてしまう花の匂いをぜひ嗅いでみたいという人たちのために、開花予想ならぬ悪臭警報がニュースで流れることもある。


「人間って、変態よね!」


「それにしても、何で人間はあたしの花のにおいに嗅ぎたいと思うんだろうね」


「嗅ぎに来る人の反応はだいたい似たようなものよ。まずは期待に満ちた表情で近づき、ためらいがちにひと嗅ぎして、嫌な顔をするの」


「嫌な顔をしながら、その場にいられたことを幸せに思っているように見えるわ」



 このように不快な体験を求める性向には“良性のマゾヒズム”という名前がつけられている。


 心理学者のポール・ロジン氏は、二千十三年に発表した論文『喜んで悲しむことと良性のマゾヒズムのその他の例』の中でこの効果について述べている。


 ロジン氏の研究チームは、どう考えても楽しくないはずなのに楽しまれている行動を二十九種類見つけた。


 ホラー映画を見る、トウガラシなど口の中が焼けつくような辛いものを食べる、激痛マッサージを受けるなどが一般的な行動だが、ニキビをつぶす、人体標本を見るなど不快度が高い行動もある。


 こうした体験で重要なのは、“安全な脅威”であることだ。


「一番いい例はジェットコースターでしょう」と、ロジン氏は言う。「あなたはジェットコースターが安全であることを理解しています。でも体は恐怖を感じる。そこに快感が生まれるのです」


 ショクダイオオコンニャクのにおいを嗅ぐことでも同じようなスリルを味わえると氏は言う。(参考記事:「なぜ『怖い』は『快楽』なのか、スリルを求めてしまう背景とは」)



「なんかアカデミックになっちゃったけど、そういう事よ」


「ま、簡単にいうと、人間はマゾだってことね」

 美琴はさらっと断定した。


「さ、私の花ももうじき開くわ。ほーら、嗅ぎなさ〜い、マゾども」

 美琴は女王様のごとく言い放った。


 仏炎苞が開き、露わになった花序の根元に、匂いに誘われたシデムシがわらわらと寄ってきた。


 三十六時間後、仏炎苞は閉じて、数週間後に美琴の花はしぼんだ。


 ショクダイオオコンニャク自体は、四十年くらい生きることができるが、天敵の線虫に根がやられると死んでしまう。


 美琴は、死んでしまった。


 次に目覚めたとき、美琴はシデムシになっていた。



 第7話 終わり


 ※参考資料・引用:National Geographic


 ※画像を貼れる仕様にならんかな、カクヨムさん。

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