第6話 チンはいつでも人気者

 美琴はチンアナゴに生まれ変わっていた。

 川から海に流されて、サンゴ礁の海底の砂の中から顔を出していた。


「もぉ〜、やっと哺乳類になったのに、今度は魚ぁ? しかも、なんかずいぶん細いじゃん、二番目のミミズよりは大っきいけど」

 美琴は頬を膨らまして、不満を口にした。


「チンアナゴなんて、変な名前つけるから、子どもが勘違いするんだよね」


「チンは、あんたたちが想像してるようなのじゃないからね! ちんていう種類の日本犬に顔が似てるからよ、もちろん“珍”って意味でもないわ」


「犬に似てるなんて、失礼極まりないけどね」


「英語では Spotted garden eel ていうみたいよ。どこにもチンの要素はないわ。spotted は点々のあるって意味よね。gardenは、みんなで砂から顔を出してる様子が庭みたいだから」


「でもって eel はウナギよ、アナゴなのに。英語を話す連中にはウナギとアナゴの区別なんかつかないのよ、きっと」

 ※筆者の偏見です


「そもそも犬のちんは、最初中国あたりから入ってきたのが改良され、日本独自の犬として登録されたときは、ジャパニーズ・スパニエルって名前だったのよ」


「それが後に、ジャパニーズ・チンになったんだって。小さいって言葉が詰まってチンになったらしいわよ。何よ、小さいチンって。気にしてる男性が‥‥‥」


「おっと、あたしったら、何で犬のちん蘊蓄うんちく語ってんの!」



「あたし達チンアナゴは、いつも砂の中にいて、五〜十センチくらい体を出してるけど、体長は四十センチくらいあるのよ、ほら」

 美琴は巣穴から全身を出して見せた。


 チンアナゴは尾びれの先から海底の砂地に巣穴を掘る。尾びれをドリルのように使って勢いよく掘り進め、身体の二、五倍ほどの長さの巣穴を作る。


「細い身体だけど、意外と力が強いの。細マッチョってことよね」

 美琴は、両腕を曲げて、マッチョポーズをしようとしたが、腕がないのに気づいてすぐに話を変えた。


「ん、んっと。水の中の砂の穴なんて、すぐ崩れると思うでしょ。ところがどっこいよ。あたし達は皮膚から出る粘液を使って、穴が崩れないように砂をセメントのように固めているの」


「だから、全身を穴から出しても、巣穴が崩れない。だからこそ、いざというときに素早く逃げられるの」


「あたし達は、潮の流れに顔を向けて漂うプランクトンをひたすら待って食べるのよ。だからみんな同じ方向を向いてるの」


「流れてくるものはとりあえず食べてみるから、小さな泡や、違う子が出したうんちも口に入れてしまうこともあったわ、すぐに吐き出したけど」

 あれは最悪だったわ、と美琴は心底嫌な顔をして云った。


「だからゴハンを追って動き回っているうちにいつの間にかお隣さんと絡まってしまうこともたまにはあるわね」


「別に愛を確かめているわけじゃないわ、エサの取り合いね」


「こらぁ、なんばしよっと! いまんは、わしんエサじゃろが!」

 てね。


 ※ちなみに、九州人はみんな“なんばしよっと”って言うと思われてるかもしれないが、そんな事はない。少なくとも大分県人は言わない。



「チンアナゴの黒い点々模様のうち、大っきな黒の点は決まった位置にしかないのよ。その数は、五ヶ所。身体の側面に左右二ヶ所と、おなか側に一ヶ所よ」


「今度水族館に行ったら、子どもに偉そうに蘊蓄うんちくを語ればいいわ」


「ちなみに、このおなか側の黒い点の中には肛門があるの。ずっと見ていればうんちが出てくる瞬間も見られるかって? ヤダ、悪趣味だわ、やめてよね」


「オレンジと白のマダラ模様の奴らは、チンアナゴじゃなくて、ニシキアナゴよ。種類が違うからね! 」


「えっ? クマノミみたいにカラフルで可愛いって? 見た目で判断するなんて、最低だわ。あんたなんか嫌いよ!」


 美琴は、怒って巣を出て泳ぎ出した。

 すると、海底を舐めるように泳いでいたエイに見つかり捕食された。


 美琴はエイに捕食され、 消化されて海底の砂とともに陸上の土に還り、 ショクダイオオコンニャクに生まれ変わった。


 第6話 終わり

 

 ※参考資料:すみだ水族館HP


 

 

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