第12話 動かざること石の如し

 美琴は、ハシビロコウに生まれ変わった。


「この鳥って動かない鳥だよね? ったく、あたしに一番合わない奴じゃん!」


 元気で活発、行動力があるのが取り柄の美琴は、もうすでにウズウズしていた。


「退屈だから、あたし達が何で動かない鳥なのか、蘊蓄うんちくを語るわね」


「故郷は、アフリカ大陸の中東部にある湿地よ」


「背の高さが約百二十センチ。ちなみにあたしは百十八センチよ」


「分類はペリカンもくで、同じ仲間は他にいない、とても珍しい鳥なのよ」

 美琴は二ミリほど胸を張って威張った。


「名前の由来はこの幅広い大きなくちばし。“ハシ”はくちばしのハシ、“ビロ”は広い、以前はコウノトリもくに分類されてたから、“コウ”はコウノトリよ」


「このくちばしの形がクジラに似てるから、“クジラ頭の王様”という意味の学名がつけられているのよ」

 変な名前よね。美琴は首を一ミリかしげた。


「顔が怖いって? 女の子に言っていい台詞じゃないわよ、それ」

 美琴は、〇,五ミリほど眉を顰めた。


「あたし達は、日中の活動時間の約六十パーセントがじっと動かずに立っていたという研究結果があるくらい動かないの」


「石のように動かないのに活動時間って言うのかって? 」


「言うのよ。動かないことが活動なのよ!」


「飛ぶこともできるわ、長くは飛べないけど」


「何であたし達は動かないのか? それは、ある獲物を捕らえるためにはどうしても必要なやり方だからよ」


「その獲物はね、ハイギョよ」


「あたし達は、ナマズやテラピアなどの他の魚も食べけど、とくにハイギョが大好物なの」


「ハイギョは、肺魚って文字の通り肺があって、エラ呼吸ではなく肺呼吸をする変な魚なの」

 美琴は、大きく息を吸った、らしい。見えなかったが。


「ハイギョが棲んでいる沼や湿地の水には、酸素があまり溶け込んでいないからなんだって」


「当然、肺呼吸だからときどき水面に浮いてきて空気を吸うでしょ?人間の水泳でいう息継ぎね」

 美琴は、二,四ミリほどくちばしを動かして、息継ぎをする真似をした。


「ここをあたし達が狙うのよ、ハイギョが息を吸いに水面に近づいた瞬間に、体全体で飛び込むようにして捕まえるの、パクってね!」

 

「ハイギョが息継ぎをする瞬間は、そうしょっちゅうはないの。それに奴らも水面近くは危険だと知ってるから警戒心はマックスよね」


「その瞬間を狙うから、あたし達は微動だにしないで忍耐強く待ち続け、数少ないチャンスをものにするのよ。これがあたし達が動かない理由よ」


「ハイギョは四十センチくらいあるし、ヌメヌメして滑りやすいから、この巨大なくちばしも重要なアイテムよ」

 美琴は三,二ミリほど口を開けて魚をくわえる格好をした。


「あともう一つ、あたし達がハイギョを捕まえるための重要な体の秘密があるわ」


「それはね、脚の指よ」


「みんなあたしの大きなくちばしばかり見てるから脚の指まで見ないだろうけど、びっくりするくらい長いわ、ほら」

 美琴は左脚を一,三ミリほど前に出した。


「一番長い指は、約十八センチもあるの。くちばしとあまり変わらないわ」


「ハイギョがいる場所は草がたくさん倒れて浮いているような湿地だから、それを踏みしめて体を安定させるには、長い指でないとダメなの」


「雪の上を歩くときのスノーシューと同じ原理ね。履いたことないけど」


「だけど、こんな暮らしは、たくさんの鳥がいては成り立たないでしょ。だから、あたし達は広〜い縄張りをもち、夫婦でさえも並んで獲物を捕ることはまずないの」


「時々、寂しくなるわ」

 美琴は、一ミリほどこうべを垂れた。



 成鳥のハシビロコウには天敵がいない。生息地に大型肉食獣がいないからだ。


 だが、野生下では、彼らの寿命は三十五年くらいだ。

 美琴は天寿を全うした。


 次に目が覚めた時、美琴はコウモリに生まれ変わっていた。


 ※参考資料:講談社『動く図鑑 MOVE』HP

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