第54話 キミに処刑場で告白をする─②

「明日は初イタリア! 楽しみです」

「師匠から借りた家は好きに使っていいとのことです。あなたの使う部屋も用意してありますが、足りないものがあれば買いに行きましょう」

「その前に、一度寄りたい場所があるんですが、いいですか?」

「ええ。どちらに?」

「コンコルド広場」

 フィンリーの目が一瞬だけ、ひどく怯えた瞳になった。

 彼にとっての呪いだ。おそらくまだ完全には解けていない。

 コンコルド広場。フランスの王妃が処刑された場所。処刑人の血を引くフィンリーにとってコンコルド広場へ向かうのは、血を浴びた歴史を背負う行為だ。

「……わかりました」




 風が吹くたびに長い髪が揺られている。どうして髪を伸ばしているのか、とは聞かない。代わりに「ラプンツェルみたいですね?」と問いかければ「似合いますか、王子様」とおどけた口調で返ってきた。

 広場にはたくさんの観光客が詰めより、処刑場で写真を撮っている。昔の時代はカメラはなくとも、今も昔も変わらない。処刑場は娯楽であり、民の愉しみの一つだ。

 ハルカは手を合わせた。フランスの作法や王妃が何を望んでいるかは判らないが、安らかに、と言葉を添えた。

 目を開けて顔を上げると、フィンリーが何か言いたそうにこちらを見ている。

「私は、手を合わせられません」

 フィンリーは力強く言う。

「私の弱さの表れです。もし手を合わせてしまったら、背負うものが大きくなる。耐えられなくて、押しつぶされそうです」

「その分、俺が背負うからいいんですよ。大丈夫」

「……こういう場面の大丈夫なんて、初めて聞きました。とても安心する言葉です。幼少期に、もっと暖かい言葉をたくさん知りたかった」

「これからふたりで住むイタリアの言語にも、もっと暖かな言葉はあると思います。……勉強しなきゃ」

「厳しくいきますよ」

 電話では、日本語とイタリア語を交えながら会話をしていた。

 好きな人と会話をすれば言葉の習得率が格段に上がるというが、どの程度通じるかはまだ未知数だ。フィンリーはどの国の言葉でもとても柔らかく丁寧で、ほとんど癖がない。きっちりしているからこそ、通じないものもある。

 今日の風は殴りつけるような強さだ。フィンリーの髪が流れ、頬に当たる。くすぐったくて、彼の耳にかけた。

「フィンリーさん」

「なんでしょう」

──一世一代の言葉を心から解き放った。

「フィンリーさんって……世界一、美しいです。とても……きれいだ」

 フィンリーは瞳を揺らし、繊細でいて屈託のない子供のような顔になった。

「そう言われるのは、二回目ですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キミに処刑場で告白をする 不来方しい @kozukatashii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画