□ エピローグ アクアマリンの0歳児

 

初島レンが手紙を受け取ってから、

さらに数日後。


青い空。

白い雲。

今日もオリオリポンポス山は、呑気に白い煙を立ち上げていた。


竜預かり所では、謎の竜の卵が孵ろうとしていた。

キラキラと光る、うすみずいろの卵。誰にも心当たりのない謎の卵。

それはカーアイ島の浜辺に漂着していたものだった、丘をまっすぐ下った、岩礁の多い地域だ。漂着したからには手厚く保護する。

それが島の掟である。


拾ってきたのは、シオンだった。

早朝、入江の洞窟であんこクリームパンを食べてたら、偶然発見してしまったとのことだった。

呪い紙で温めた、外套で包んであった。竜医院に持ちこんで検査の後に、そしてシオンが転生したときと同様に、竜預かり所に孵化のための仮設部屋ができたのだった。


「ミルダ…。どうしよう?」

謎の卵を拾うなんて、レア体験。のはずだが、シオンは八年前のシオルに続いて二軒目だ。


「君ってそういう運命なの?」

ミルダが笑った。


「島の子よ。島で育てるわ。」

こともなげに言って、にっこりした。

「お金も、育てられる場所もあるもの。」

連れてきたときから、この卵は自分のもの!と言わんばかりの撫でっぷりだ。

眼がキラッキラと光っていた。

竜好き!世話好き!お宝好き!

うん。こんな有り難い物SSSレア、ほっとくわけないよな。


シオンは、シオルのときに痛感している。

島にやってきた自分たちはいわゆる、父子家庭シングルファザーのように見えたかもしれないが、実態はまったく違う。

自分がやったことなんて、ほとんどない。

火山列島を転々としている間も、カーアイ島に来てからも、竜鎧屋アーマーやの仕事のこと、文様巡りのことで、常に頭がいっぱいだった。

シオルの世話は、ほぼ島の人たちが面倒を見てくれていたのだ。実態はアレだ。警備員だ。

そして、危険ごたごたを呼び込むド厄災…。

みんなのようにまじない紙の紙束を持たせたり、親同士の情報交換をしたり、小学校に通わせたりなんて、思いつきもしなかった。


今回も、竜医師の仕事で手一杯になるのは目に見えていた。養育の心配なんて、まったく考えてなかった。

中身がばけくじらに食べられた、二匹の天の竜の転生説が有力だったから、危険なやつだったら竜撃全無効化持ちの自分が1次で引き受けなくては。そっちの意味合いが強かった。


島の住人で、行方不明者は居ないようだった。

そこらの誰かの変容でもなさそうだった。

まったくの新規。

腹をくくった。

【名の扉】のアクセスキーを交換したキリスの発言なのだ。


◆◆◆


ミルダがいいなら、俺もいい。


◆◆◆


そして、みんなが固唾をのんで見守る中。

パリパリ、と卵が割れて、

中からぴいぴいと、

半竜の子どもが出てきて、


…。

ミルダとバチッと目があった。

鼻をちょんとくっつけた。

うん。いい子だ!!


ミルダが、ぱあっと笑って、その子を抱っこした。

シオンは、よしよしと撫でた。

そして、みんなそれはそれはびっくりした。

瞳はアクアマリン。宝玉眼だ。

そしてその顔。

みんな、じーーーっと二人を見た。

ナース長も、シッターさんたちも、

アトラスやポーラもだ。

そして、はー、やれやれ、

解散解散といった風情だ。

アトラスは八歳の少年だったが、

親父のように、

「みんなに謝れよ、お前。」と、

はっきり言った。

そして実際にぺこぺこ謝っていた。八歳の少女ポーラもだ。

誰がどう見たって、それは。


ちょうど、二人の子どもだったからだ…。


「何で拾った設定にしたの?」

「ふつうに授かったでいいじゃん。」

「シオンから産まれることだってあるよ。」

「今どきこだわんないよ、そんなの。」


みんな口々に呆れた。

でも、ぴいぴい、くるくる泣く赤ちゃんは、

とーーーってもかわいかった!!

そして、

ミルダやナースさんたちにどやどやと抱っこされてくるくるとおむつをまかれると、

すぐに決めポーズをしてみせた。ピース!

スーパーキッズ!

0歳転生のシオンに瓜二つ!

もちろんすぐに、ころんと転がった。

ただの偶然か見間違いだろう。

共通の物語だ。


シオンはまだ、違う!本当に拾ったんだ!!と言い張っている。

でも、とびきり嘘つきなのも、みんな知ってる。

もう、どっちでも良かった。

島で育てる。ミルダが母親。

シオンはミルダの契約者。それ以上でもそれ以下でもない。

たった一年少しの付き合いで、もはや父親役なんて誰も期待してないのだった。


ホントだぞーーー!!!


言えば言うほど、

みんな、心底どうでもよくなっていくのだった。

「家庭内禁煙!」

「養育費払えよ!」

それぐらいだった。

島のみんなの女神の子、だった。



今回は、

0歳シオンとは勝手が違ったので、

竜医師ミルダは育休に入った。


「抜けた穴は、君が埋めたまえ。」

はっはっは、とミルダの父が笑った。


あっ!!と思った。

海のばけくじらの契約主はこのたぬきおやじだ。

これは…、謀られたか?


たぬきおやじは、肩をぽんっとして鳶色の瞳で優しく微笑んだ。

「いつでも、預かるよ。」


うーん。

孫?

孫なのか?

わ、

わ、

わからん!!


とりあえず、

背筋がびんっと、伸びた。


このたぬきおやじが、

腹を割って話すわけがなかった。

 


ミルダは赤ちゃんしか見てないし、

赤ちゃんはミルダにべったりだ。

シオンは、露骨にむっとした。


名前をつける必要があった。

文様は定まってない。仮で良い。


直感インスピレーション


「ソラだな。」


はやっ!!

シッターさんたちは、みんな驚いた。

ミルダは、ぱあっと笑った。


正式には、ソライロアサガオ。

ヘブンリーブルーだ。


海からやってきたのに変な話だが、

それがぴったりに思えるのは、

やはり天の竜がルーツなのかもしれなかった。

それは、誰にもわからなった。


「いいね。ソラ。ソラだよ。気に入った?アサガオだよ。素敵!」

ぷにぷにのほっぺたを自分のほっぺたにくっつけて、ミルダはソラに向かってニコニコ笑った。

「名付け親だよ。」

シオンに顔を向けてみせた。

ソラはきょとんとしたまま、抱っこされ、シオンをじいっと見るかみないかして、うつらうつら、かっくんと眠りだすのだった。

「あんまり俺に似てないな?」

シオンが戸惑った。


「「そっくりだよ。」」

アトラスとポーラが同時にノールックで即答した。


みんなが、どっ!!と笑った。



赤い芙蓉ハイビスカスと濃紫の彗星の竜騎士、

あるいは紫水晶アメジスト竜医師スーパードクター

その子どもに、ぴったりだとみんなが思った。



雲一つない夏空。

広がる水平線。

はるかカーアイの海の向こうから、

プシュッと、くじらの潮吹く音が聴こえた気がした。






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