●◯ 呪詛の少女の正体は

俺たちは、

南十字星に併設されている、

ゲストルームへと戻ってきた。


クラスⅢの面々、

白黒はっきりさせたい勢は、

竜医院には来なかった。

楽しみな魔法音波器ラジオプログラムがあったからだ。

でも、

帰還した俺たちを、

熱っぽく出迎えてくれた。


回廊の向こうの大人は、さぞメッキだらけだろう?

それは大人のマナーだ。


回廊のこっちは楽なんだよ。

定期的に、

わかりやすーい悪党がやってきては、

呪いや槍で、

ボコボコにぶちのめす機会が来るからな。


そんなに立派なもんじゃないんだ。

本当に。



言えることと、

言えないこと。


はるか大昔。

俺は、

赤い呪詛の彼女の【名の扉】の鍵を受け取ったし、

使ったのだ。

順番を間違えた。

彼女の文様は美しく輝いた。

だって鍵があるんだ。

玄関灯は俺が灯せる。

あまりに容易い。

彼女は地獄の番犬ケルベロス

三重人格だ。


俺に、

扱いきれるわけがない。

しかし、

もう鍵は受け取っている。


彼女はすべてを俺に晒した。

俺も鍵を差し出さなきゃ、帳尻が合わない。


この世界は、そういう世界だからだ。


でも無理だった。

俺は逃げるために、呪詛を使った。

己を傷つけるならまだ良かったが、

そうじゃなかった。

彼女のせい!

この世界のせい!

幼さのせい! 

酷いモンだろう?

俺の慢心せいだって、

まともなやつなら、

まっさきに気づく。

そして、

100:0じゃない。

現実は、

〈混じっている〉。


鍵を、

受け取っておきながら、


彼女に、

首輪をかけておきながら、

俺は鎖の反対側を、

彼女の居た森の奥の大木へガチャリと括って、

大急ぎで逃げたのだ。


信じられないことだが、

乙女の心は、まったく傷ついてなかった。

だって、俺は生存している。


レンは小2だが、

そんなことはしない。

年齢じゃないんだ。

俺は素の性格が、

どうしようもなく、悪いのだ。


キラキラの引換券。

あれは一体、どこにあるんだろうな?


キリスは似たものを、

俺にくれる。

甘やかで、羽のような特権だ。

でもそれは誰にも渡せない。

俺だけのモンだ。


ポーラやミルダ、

アトラスは、たっぷり持っている、

それが、

俺には、よく見えない。

生来の血の気の足りなさ、

だろうなと、思う。


ケチで卑怯。

しかも、

弱虫ではなく、

毒虫でもなく、

流血毒持ちの、

彗星の竜騎士ドラゴンゾンビ人型。

夜な夜な乙女からためらいなく奪い、

労せずして、

対価を得る美しきヴィンパイア。

ド厄災だ。

それが、三十七の経験則だ。


そして、

ぞっとした。



あれは、

本当は少女じゃない。

ただのメッキとは違う。

幾重にも薄く重ねた、

大きな魔法封緘なのだ。


幾重にも薄く重ねた、

物語を、

呪詛で、

己の身に宿しているのだ。

だから、

めくったその下は、

ぐじぐじと、爛れているに違いなかった。


そして、

閃光のように、

とびきり、

美しかった。






 




少女は、杏だ。





彼女の、

白馬の王子様りそうのおとこは、

無慈悲なオレサマ男、だ。

ははは。








地獄の番犬女は、

葡萄棚を越え、凩の中、

紫陽花の根付くこの島の、

キリスの鍵束へと辿り着いてくれた。






シリウスはまだ来ないが、

きっと、うまく処理くれるはずだ。





だから、

ノーザンクロスの、

紫音として、贖罪の歌を捧げたいと思う。

俺たちの物語を。


もう歌えるんだ。

変容したし、たくさん練習したからな。



俺は、

竜医師として、

音楽家として、

杏の木を一つ一つ植えていこうと思う。







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