第6話 外来患者と、第二船団の来訪


竜医院のミルダの部屋。


白衣は、椅子にかけておいた。


俺は半分竜になって、

カーテンの裏の仮眠のベッドに転がりながら、

葡萄と杏の顛末を、

ミルダから聞いていた。


ミルダの身体は、羽のように暖かかった。



杏は異動だそうだ。

葡萄は休職で、

猶予モラトリアム期間だそうだ。


俺は、えっと思った。


あいつは、

きっと勘違いしてるに、

違いないと思った。


だから、

反射的にがばっと立ち上がってしまった。

ミルダは目が点になった。

はっとして、

布団をかけてぎゅうむっとした。

「ごめん。」


そして、

今回はあえて、

昔のような、一筆箋を送ることにした。


そして、

彗星に変えて、

シウッと小窓から飛ばした。

大きな弧を描いて、封書は飛んでいった。

外には昼の月が、白く浮かんでいた。





これきり。

もう、口は挟むまいと思った。






居所なんて、本気を出せば探せるんだ。

金を積めばいい。


彼女は消されたわけでもないし、

諜報員は、シリウスだけじゃない。


第七船団所属なのだから、

あいつはあいつのツテが、

いくらでもあるだろう。





もう、二択なんだ。



▶何もせず、他の男に取られる。

▶きっちり、フラレる。



それだけ。

たぶんそう。


まあ、

他の女の子とそれとなーく遊びながら、

彼女の幻想をそれとなーく抱えるっていうのも、

あるはあるが。

俺は、シュミじゃないし、

おすすめしかねる。

最初期の文様を、

損ないかねないからだ。


文様巡りのド変態的な意味で、

まーったく支持できなかった。



【名の扉】そして文様の美しさ、

内側から激しく輝く玄関灯。

浮かび上がる汚れなく美しき文様たち。

あれを上回る瞬間なんて、

この世にないのだ。



だから、

金をかけて、

しっかりフラれてこい。

骨は拾ってやるぞ!




そして。




共に、

キリスの鍵束に刺さる、

ドラゴンゾンビになろうではないか。

はははははー。




 

親切じゃない。

俺はたぶん、シリウスより酷い。

君は、むしろアトラスに似てる。


俺は彗星。

アトラスは紫陽花。

君は葡萄棚だ。


消えゆく運命ではない、

どこかのタイミングで力強く大地に根ざすはずだ。


だったら、

末永くキリスのそばにいて欲しかった。 

素晴らしい従者だからだ。



そう思って、

無意識に紙煙草をくわえ、火をつけて吸った。





「院内禁煙っ!!」




むっとしたミルダに叱られて、

どっきーーーん!!っとした。

すぐに火を消した。




ホンの少し。

凩から、くすねた分があったのだ。






半目になるミルダに、



えへへ、と、

笑って誤魔化した。


が、

手のひらが、

ずいっと迫ってきた。



…。

はい。



俺は、

ポケットの紙煙草の箱を彼女に渡した。





だがなあ。




「あんなに、

差し入れがあったんだから、

一つくらい良くないか??」




カマをかけてみた。



凩の差し入れは、

サロッポビール、茶葉があったんだ。

紙煙草があったって、

不思議じゃない。



…。


ミルダは、

びくっとして、




「みんなの分よ!!」



とだけ、

言った。



ほらなー。






そうして、 

俺はオペ室へと戻った。

患者の資料に目を通さなきゃならなかった。



葡萄への、

魔法封書の内容はこうだ。


◆◆◆


「急げバカ 男はお前 だけじゃない」


◆◆◆



このときの俺は、

はっきり言って、

葡萄のことを見くびっていた。



あいつは、

アトラス軍団なのだ。



俺の予想の斜め上をゆく結論が、

このあと待っていた。



俺は、

まだまだまーーーだ、

世間知らずのボケナス小僧なのだ。






そして、

竜医院の俺の部屋。

外来患者の資料を見て、

ドキッとした。

こんな情報、前に載ってたか?

皇国軍第二船団所属。


たぶん載ってなかったと思う。

女傑揃いの赤い船団。

プライベートでは一切か関わらないようしている。

そんな船だからだ。



まあ、

新米竜医師が、

選り好みできるわけではないしな。

仕方ないよな。

うーん。


なぜ、

カーアイ島に来たのだ?

ここを寄港地にするなんて、

ううん。






考えすぎだとは、思う。



まさか、

俺を追って、

船団ごとやって来たりはしないよな??



うーん。


怖くなったので、

俺は、アトラスにも封書を飛ばした。

葡萄にも二通目を送った。

老巫女さんにも飛ばした。

森の神殿にもだ。


抽斗の、

呪い紙の紙束を出し、

ラト毛の裏地つき、

特製白衣を縫った。

メッキの呪いをかけたうえで、

金のコンタクトレンズもかけた。



すごーーーく悩んで、

天文台のシリウスにすら飛ばした。


柄にもなく、

世間話を装って、

クッキーや茶葉、煙草といっしょに、

第二船団の来訪を書き記したのだ。




何故か?



俺は、

アトラスと同様に、

【竜撃全無効化】持ちだが、

それと引き換えのように、



【乙女を傷つけたら即死】の、

特異体質持ちだからだ。



だから、

そこを悪用するような輩とは、 

関わりを持たないと俺たちは決めていた。



人間の女の軍人。



それは、

一番怖い相手なのだ。 

彼女たちの竜と関わるということは、

その契約者との会話は避けて通れないだろう。



輪郭線を、

呪いで消してしまいたかった。



しかし、

仕事だ。

腹をくくるしかない。


いざとなったら、

サンバトラー三兄弟と交代したらいいだろう。



患者は、

細身で綺麗な赤い竜だった。

とても軍所属には見えない。

白竜と同じ病の二十歳だった。



そして、時間になった。


かちゃり、と扉が開いて、

赤い竜と、

その契約者である、

小柄な女性が、

入ってきたのだった。



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