第9話 神殿のスパへ
◇
昼過ぎになり、
オリオリポンポス山は、
厚い雲に覆われ始めた。
雨だ。
いつの間にか、
シオンも、
神父たちも、食堂からは居なくなっていた。
レンたちは、あっと叫びながら、
キャッキャと窓の外を眺めた。
森で遊んでいた子どもたちは、
わあわあっと叫び、
南十字星やゲストルームにどやどやと入ってきた。
子どもたちの汗と、
森の木々が、
むわっと匂い立った。
薄暗い建物の中のテンションがぐんと、上った。
食事が終わってしまえば、
食堂は、
ただの会議室と変わらない。
ポーラもアトラスも、
手早くそこを片付け、ミルダは消毒をした。
隅っこでは、
まだ酔っているおばあさんたちが、
すっかりお茶会に移行していた。
三人だと思っていたおばあさんは、
いつの間にか、四人、五人と増えていた。
レンはびっくりして、
思わずサヤナに叫んでしまった。
「ふ、ふ、増えてるう!!」
サヤナも、ぎょっとした。
しかし、
それもそのはず。
ゲストルームのおばあさんたちは、
三交代制だからだ。
私も全然気づかなかった!と、
サヤナは、たはは、と笑った。
エルザとナギサは、
信じられない!
前回も朝と夕方とでおばあさんは違ったじゃない、と、
目をぱっちりして、
さぞ驚いた顔をした。
ミルダは嬉しそうに、
みんなに温かい緑茶を振る舞った。
さっきの凩が持ってきたものだろう。
ポーラたちも一息ついた。
子どもたちは、へんな心地だった。
凩は嫌いっ!
ミルダに誰がふさわしいか?
島の邸宅の美人竜医師。時期跡継ぎ筆頭。
押しも押されぬ大リーダーなのだ。
みんなのマドンナについての、
議論は尽きない!
大半が圧倒的シオン派。
次いでモーブくん。サンバトラー三兄弟。
まれにアトラス派。
そしてポーラ派が揉めるというのがお決まりの流れになった。
一応、
凩派だって、居なくはないのだ。
シブすぎる!と突っ込まれるから、
黙ってはいるものの、
同士はアイコンタクトで、
言葉には出さず、熱く語り合っていた。
そして彼らは、
シオンの誂えてくれた服を着て、
凩のくれた緑茶を飲み、
葡萄と杏のくれた、花林糖を食べた。
◇
雨のせいで、
外でのレクリエーションは、
中止になってしまった。
しかし、
数々の魔法封書がいくつか飛び交っては、
大人も何人かは帰り、
代わりの大人がやってきたりした。
サンバトラー兄がギタールを演奏したり、
ナース長さんたちが、
シッターさんとともに、
面白い劇や、手品を披露したり、
それはそれは、
楽しく過ごした。
みんな笑った。
そして、
葡萄と杏がたっぷりくれた、
ふくらませる前のカラフルな風船を、
みんなで膨らませて、
飛ばしたり、
ぽんぽんと、キャッチし合って遊んだりもした。
◇
レンたちは、部屋に戻った。
サヤナは、
シマシマエナガンのクッションを見て、
まっさきにモフりに行った。
ピョーーーンと飛び込んだから、
どかーんとひっくり返った。みんなびっくりした。
ボーイッシュなわりに、
かわいらしいものも好きなのだ。
エルザもサヤナも、
彼女を見て、
なんて子どもっぽい!!と言わんばかりに、
大爆笑した。
そして、
夕刻の鐘が鳴ろうとする頃。
みんなの部屋へ、
蜻蛉と彗星と白い風船の、
魔法封書が届いた。連盟だ。
それは、
神殿のスパへの案内状だった。
なんとなんと!!
前回より、
更に拡張したそうだ。
温水プールに、
ウォータースライダーもあるらしい!!
竜の姿で泳いでもいいし、
まあ半竜人の姿は、
水着みたいなものだから、
それでもかまわない、
とのことだった。
着替えのパジャマと、
タオルは、
部屋から持っておいで、
ということだ。
表には、バス型の竜車も来ていた。
みんな、
きゃあっと湧いて、
どやどやと、支度を始めるのだった。
◇
そして、
森の皇国神殿の地下。
スパの階。
シオンは、
まだ眠っていた。
半分は覚醒していたが、
目を閉じていた。
遠くから、
子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。
だから一瞬、
ここが竜医院かと錯覚していた。
近頃は、
外科手術をしたり、
患者の資料を調べたり、
みんなに手技を教えたり。
そんな生活が続いていたからだ。
本に囲まれた、
竜医院の自分の部屋であり、
仮眠室だと思いこんで、
ここが、
スパの休憩室だと気づくまでに、
結構な時間がかかった。
そこは、
ミルダの膝枕の上だった。
目を開けたシオンに、
「おはよう。」
と、ミルダが声をかけて、
にっこり笑った。
◇
鳶色の瞳。
鳶色の髪。
彼女の銀色の髪と、
紅玉眼はシリウスの命令で、
今は伏せられている。
代わりに、
シオンの銀色の髪、
紫水晶の瞳が晒されていた。
悪くなかった。
キリスはリラックスして見えたからだ。
まるで、
ホークとミルダだったころのように。
竜鎧屋と、
シオルの竜医師。
友人で、
ビジネスパートナーだったころのように。
それはそれで、
甘く胸を突き刺す瞬間なのだと、
彼女の頬を、
両手で包みながら、
シオンは思ったのだった。
それから、
強請るように見つめてみせる。
「ええーっ?」
彼女は躊躇する。
人前でそんなことは、しないからだ。
俺は、それを知ってる。
知ってて意地悪する。
だから、
彼女は、
髪をちらっとかきあげて、
意地悪で返すんだ。
ホラ。
◇
「せんせー!!二人の世界に入るの、
やめてもらってもいいですかっ!?!」
お客さんが来てるんだぞっ!!っと、
スパに浸かりながら、
おどけて手を降る、
レンたちの姿が見えた。
腹ペコのチワも合流したのだ。
赤いちび竜が二匹、並んで手を降っていた。
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