第9話 神殿のスパへ


昼過ぎになり、

オリオリポンポス山は、

厚い雲に覆われ始めた。


雨だ。


いつの間にか、

シオンも、

神父たちも、食堂からは居なくなっていた。


レンたちは、あっと叫びながら、

キャッキャと窓の外を眺めた。

森で遊んでいた子どもたちは、

わあわあっと叫び、

南十字星やゲストルームにどやどやと入ってきた。

子どもたちの汗と、

森の木々が、

むわっと匂い立った。

薄暗い建物の中のテンションがぐんと、上った。


食事が終わってしまえば、

食堂は、

ただの会議室と変わらない。


ポーラもアトラスも、

手早くそこを片付け、ミルダは消毒をした。


隅っこでは、

まだ酔っているおばあさんたちが、

すっかりお茶会に移行していた。


三人だと思っていたおばあさんは、

いつの間にか、四人、五人と増えていた。

レンはびっくりして、

思わずサヤナに叫んでしまった。


「ふ、ふ、増えてるう!!」

サヤナも、ぎょっとした。


しかし、


それもそのはず。


ゲストルームのおばあさんたちは、

三交代制だからだ。


私も全然気づかなかった!と、

サヤナは、たはは、と笑った。

エルザとナギサは、

信じられない!

前回も朝と夕方とでおばあさんは違ったじゃない、と、

目をぱっちりして、

さぞ驚いた顔をした。


ミルダは嬉しそうに、

みんなに温かい緑茶を振る舞った。

さっきの凩が持ってきたものだろう。

ポーラたちも一息ついた。

子どもたちは、へんな心地だった。


凩は嫌いっ!

ミルダに誰がふさわしいか?

島の邸宅の美人竜医師。時期跡継ぎ筆頭。

押しも押されぬ大リーダーなのだ。

みんなのマドンナについての、

議論は尽きない!


大半が圧倒的シオン派。

次いでモーブくん。サンバトラー三兄弟。

まれにアトラス派。

そしてポーラ派が揉めるというのがお決まりの流れになった。


一応、

凩派だって、居なくはないのだ。

シブすぎる!と突っ込まれるから、

黙ってはいるものの、

同士はアイコンタクトで、

言葉には出さず、熱く語り合っていた。


そして彼らは、

シオンの誂えてくれた服を着て、

凩のくれた緑茶を飲み、

葡萄と杏のくれた、花林糖を食べた。



雨のせいで、

外でのレクリエーションは、

中止になってしまった。


しかし、

数々の魔法封書がいくつか飛び交っては、

大人も何人かは帰り、

代わりの大人がやってきたりした。


サンバトラー兄がギタールを演奏したり、

ナース長さんたちが、

シッターさんとともに、

面白い劇や、手品を披露したり、

それはそれは、

楽しく過ごした。

みんな笑った。


そして、

葡萄と杏がたっぷりくれた、

ふくらませる前のカラフルな風船を、

みんなで膨らませて、

飛ばしたり、

ぽんぽんと、キャッチし合って遊んだりもした。



レンたちは、部屋に戻った。

サヤナは、

シマシマエナガンのクッションを見て、

まっさきにモフりに行った。

ピョーーーンと飛び込んだから、

どかーんとひっくり返った。みんなびっくりした。

ボーイッシュなわりに、

かわいらしいものも好きなのだ。


エルザもサヤナも、

彼女を見て、

なんて子どもっぽい!!と言わんばかりに、

大爆笑した。


そして、

夕刻の鐘が鳴ろうとする頃。


みんなの部屋へ、

蜻蛉と彗星と白い風船の、

魔法封書が届いた。連盟だ。


それは、

神殿のスパへの案内状だった。


なんとなんと!!

前回より、

更に拡張したそうだ。

温水プールに、

ウォータースライダーもあるらしい!!


竜の姿で泳いでもいいし、

まあ半竜人の姿は、

水着みたいなものだから、

それでもかまわない、

とのことだった。


着替えのパジャマと、

タオルは、

部屋から持っておいで、

ということだ。

表には、バス型の竜車も来ていた。


みんな、

きゃあっと湧いて、

どやどやと、支度を始めるのだった。



そして、

森の皇国神殿の地下。

スパの階。


シオンは、

まだ眠っていた。

半分は覚醒していたが、

目を閉じていた。


遠くから、

子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。


だから一瞬、

ここが竜医院かと錯覚していた。


近頃は、

外科手術をしたり、

患者の資料を調べたり、

みんなに手技を教えたり。


そんな生活が続いていたからだ。


本に囲まれた、

竜医院の自分の部屋であり、

仮眠室だと思いこんで、

ここが、

スパの休憩室だと気づくまでに、

結構な時間がかかった。



そこは、

ミルダの膝枕の上だった。



目を開けたシオンに、

「おはよう。」

と、ミルダが声をかけて、

にっこり笑った。



鳶色の瞳。

鳶色の髪。


彼女の銀色の髪と、

紅玉眼はシリウスの命令で、

今は伏せられている。


代わりに、

シオンの銀色の髪、

紫水晶の瞳が晒されていた。


悪くなかった。

キリスはリラックスして見えたからだ。


まるで、

ホークとミルダだったころのように。


竜鎧屋と、

シオルの竜医師。

友人で、

ビジネスパートナーだったころのように。


それはそれで、

甘く胸を突き刺す瞬間なのだと、


彼女の頬を、

両手で包みながら、

シオンは思ったのだった。



それから、

強請るように見つめてみせる。



「ええーっ?」

彼女は躊躇する。

人前でそんなことは、しないからだ。


俺は、それを知ってる。

知ってて意地悪する。


だから、

彼女は、

髪をちらっとかきあげて、

意地悪で返すんだ。

ホラ。




「せんせー!!二人の世界に入るの、

やめてもらってもいいですかっ!?!」


お客さんが来てるんだぞっ!!っと、

スパに浸かりながら、

おどけて手を降る、

レンたちの姿が見えた。

腹ペコのチワも合流したのだ。

赤いちび竜が二匹、並んで手を降っていた。


















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