●◯ 消えた杏
◇
闇の回廊の掟は、どこも似たようなものだ。
一、メッキを使え。
一、外套を羽織れ。
諜報員としての暮らしは、
もう乙女として生きた年数をゆうに超えていた。
だから、
シオンの映し出す文様を見たときには、
本当にびっくりした。
白銀の世界。
正午の杏林。
それは故郷の光景だった。
つぶさに見つめると、
文様は、雨に濡れる杏林ではなかったのだ。
雪だった。
◇
いや、
文様は、
以前にも似た感覚がしたから、
間違いないと思う。
そのときは、
白い回廊を潜り、闇の世界へと駆け抜けたのだ。
生きていくには、
それしかなかった。
今度は、
その逆のことが起きた。
闇から、光へ。
きっかけは、
よくわからなかった。
たぶん複数が、〈混じっている〉。
白竜を模した、
白銀の鈴。
杏はそれを掴み、
眼を覗き込んだ。
星空を思わせる瞳は、問いかける。
―
あなたは、どうしたいの?
葡萄にも、
その呼び鈴を渡してみた。
葡萄の瞳は、
紫色だった。
彼は、
愚かだ。
諜報員としては、年数が浅いのだろう。
メッキを、
忘れてはいけないのだ。
◆
「あのさ。」
おずおずと葡萄に聞かれたとき、
私は、どんな顔をしていたんだろう?
それは、誰にもわからない。
彼は、私の目を見て話さないのだ。
◆
島の名士くんを、連れてきて欲しい。
彼はそう言った。
まあ、そういうことだ。
素人相手だ。
なんてことない。
あんこクリーム大福を食べ、
緑茶缶を飲み干すよりも、容易かった。
◆
ぐるぐる巻きにした、
凩という青年を連れて、
彼らは出ていった。
「行ってくる。」
葡萄が言う。
「うん。言ってらっしゃい。」
杏がにっこり答える。キャミソール姿だ。
肩には小さな黒子が2つ。首元に擦り傷があった。
小さく手を降った。
「じゃあね。」
扉が閉まる。
ぱたん。
◆
それが、
最期。
杏はぷっつりと、
姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます