●◯ 消えた杏


闇の回廊の掟は、どこも似たようなものだ。


一、メッキを使え。

一、外套を羽織れ。


諜報員としての暮らしは、

もう乙女として生きた年数をゆうに超えていた。


だから、

シオンの映し出す文様を見たときには、

本当にびっくりした。


白銀の世界。

正午の杏林。

それは故郷の光景だった。



つぶさに見つめると、

文様は、雨に濡れる杏林ではなかったのだ。

雪だった。



いや、

文様は、変容メタモルフォーゼしたのだ。

以前にも似た感覚がしたから、

間違いないと思う。


そのときは、

白い回廊を潜り、闇の世界へと駆け抜けたのだ。

生きていくには、

それしかなかった。


今度は、

その逆のことが起きた。

闇から、光へ。


きっかけは、

よくわからなかった。

たぶん複数が、〈混じっている〉。



白竜を模した、

白銀の鈴。


杏はそれを掴み、

眼を覗き込んだ。

星空を思わせる瞳は、問いかける。



あなたは、どうしたいの?





葡萄にも、

その呼び鈴を渡してみた。








葡萄の瞳は、

紫色だった。





彼は、

愚かだ。

諜報員としては、年数が浅いのだろう。


メッキを、

忘れてはいけないのだ。



「あのさ。」


おずおずと葡萄に聞かれたとき、

私は、どんな顔をしていたんだろう?




それは、誰にもわからない。




彼は、私の目を見て話さないのだ。




島の名士くんを、連れてきて欲しい。


彼はそう言った。


まあ、そういうことだ。



素人相手だ。

なんてことない。

あんこクリーム大福を食べ、

緑茶缶を飲み干すよりも、容易かった。 





ぐるぐる巻きにした、

凩という青年を連れて、

彼らは出ていった。


「行ってくる。」

葡萄が言う。




「うん。言ってらっしゃい。」

杏がにっこり答える。キャミソール姿だ。

肩には小さな黒子が2つ。首元に擦り傷があった。

小さく手を降った。


「じゃあね。」



扉が閉まる。

ぱたん。






それが、

最期。




杏はぷっつりと、

姿を消した。


































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