第8話 ぶちのめせ、シオン!!
◇
「(シオン、大丈夫だ。)」
森の診療所の寝床に、
シオンを寝かせて、
兄貴分の神父は、テレパスで言った。
いつも売店にいる、
おちゃらけた彼。
瞳や右手には、青白い炎が灯っていた。
手も顎も汗びっしょりだが、迷いはまったくなかった。
「(俺が助ける!!)」
シオンは、
先日、圧倒的な外科手術で、
ちび白竜を助けた。
ミルダはもちろん、
立ち会った、サンバトラー三兄弟も、
ナースたちも、圧倒された。
息を呑む素晴らしさだったそうだ。
全てに無駄がなかった。
無理も矛盾もなかった。
美しさすらあった。
あのシオンが、まったく汗をかかなかったそうだ。
つまりまだまだ余力があった。
天才だ。
そうして、
島のみんなで、延命してきた小さな種火は、
再び、ごうごうぱちぱちと燃える炎に変わったのだった。
瑠璃色のボケナス小僧は、
表も闇も、シリウスも含む、
島のみんなの力で、
銀髪の天才外科医へと
そのことは、
島のみんなをこれまで以上に、
強く、強く奮い立たせた。
白い喜びが身体中から立ち上った!!
シオンは、
身を削り眩しく輝く、
彗星そのものだった。
それは島の何名かの、
【名の扉】を明るく照らし、
直感の扉を行き来出来る力をもたらした。
兄貴分の神父もその一人だ。
解けなかったものが解け、
欠けていたものが埋まった。
だから、
シオンを蝕むものの正体が、
今は、
手に取るように見える。
それは、
恩寵でも、
変容でもない。
【覚醒】だった。
◆
シオン。
お前は間違ってない。
お前の怒りはもっともだ。
ミルダちゃん本人は、
許してる。
すべてのドラゴンゾンビを救うことが、
彼女の矜持だからだ。
一人は島の名士。
もう一人の故人は音楽家だ。
神がかり的なお道化なんだ。
彼女は許さざるを得ないんだよ。
祖父のシリウスのせいだろう。
金とメッキと色香を兼ね備えた、
ドラゴンゾンビ人型。
彼を救うことが、
究極の目標なのだろう。
だがな。
それはそれ、
これはこれ。
いいぜ。
許されるわけがないじゃないか。
いけよ!いってこい!!
ぶちのめせ!!シオン!!
◆
そして、
診療所の隣の寝床には、
凩がぐるぐる巻きになって眠っていた。
女
葡萄が連れてきたのである。
アトラスと葡萄は旧知の仲だ。
というか、
葡萄は、アトラス軍団の一員のようなものだ。
葡萄が、組織に属するタイプではないだけで、
心はいつも、アトラスを追いかけていた。
アトラスは、葡萄の憧れそのものだ。
いつだって仲間に囲まれて、
熱っぽく笑うリーダー。
背中で語る、
かっこいい汗だく男、なのである。
彼に、やれ。とはっきり言われたのだ。
従わない理由はなかった。
◆
シオンは、
凩の巨大な【名の扉】へするりと押し入った。
鍵は解錠されていた。
まるで、おぞましい美術館のようだった。
屋敷の中は、大小さまざまな文様で埋め尽くされていた。
シオンの脳裏に、
キリスの紅玉の瞳が過った。
ばらばらにされた紅いハイビスカスの欠片。
あらゆる文様に埋められたそれを、
回収しつくした。
今後、彼の文様は、
矛盾が生じるかもしれない。
そうでもないかもしれない。
それは、彼自身の問題だ。
じゃあな。
そうして、
扉から出る瞬間に、
首根っこを掴まれた。
!!
◆
黒い影は影でしかない、
しかし、それは俺のものだと主張する。
ぎゅうううっと首を締めてくる。
シオンは、
顔を歪め、
半目になり、牙を舐めた。
おらっ、と、
ゴンゾーのように、
ずかずかと額で、影の額を押し返した。
眼をかっぴらき、
睨みつけながら、
ぐうぐう、くるくると、
人語と竜語の、
古いものと新しいものを混ぜて話した。
伝わるか伝わらないかは、どうでも良かった。
押すだけ押して、
油断した隙に、
フッ!!と、口から呪いを飛ばした。
ズバーーーンと、
その黒い影の首を飛ばした。どさり。
しかし、
再びむくむくと黒い霧があつまり、
黒い影が、辺り一面に増えた。
◆
ちっ。
横目で彼らを見据えた。長い睫毛に光が走った。
こいつの望む、
俺は、お道化の天才だ。
置いていってやるよ。
聞いて驚け。
◆◆◆
アトラスや葡萄も似たようなモンだ!!
◆◆◆
何がいいんだ!?
こんな女。
俺にはさっぱりわからない。
言えることと、
言えないことがある。
マイルドに言って、
そいつは、バケモンだ。
一つの顔はニコニコ機嫌が良く、
一つの顔はくるくると抜け目なく、
一つの顔は鋭いプラチナの眼光で。
燃える身体で、
男の頭に噛みつき、
頭からピューピューと細い血を流させた。
腹を爪でかっ捌き、
中の臓物を口で引きずり出し、
ずるーっと引っ張って、
立ち上がり、
ペッとそこら一帯にぶちまけてゆく。
見下ろし、
顔面も腹も足も、
かかとで鋭く蹴って、
愉快愉快と、クスクスケタケタ笑うのだ。
そして、
ぎゅうむと抱きしめて、
その輪郭線をズタズタの血塗れにするのだ。
強く、
強く。
そうして、一面を血の海と化すのだ。
どういうことだよ!!
いいか?
一生、
ここから出てくるなよ?
現実にこんなやつはいないの!!
変態!バケモン!
バーーカ!!!
◆
そして、
奪い返した、紅いハイビスカスの欠片。
俺の身体は、黄金の木の葉で清められた。
そして、
兄貴分の開いた金色の回廊を抜け、
遠き日の幼きミルダの元へ。
まっすぐと駆け抜けた。
彼らは、島の代表だった。
幼い頃から、ずっとずっとこの子を見てきた、
島のみんなの総意が、
まっすぐとこの金の回廊を繋げたのだ。
シオンは彼女に、紅い欠片を返した。
それは、
彼女の身体に吸い込まれていった。
項垂れる幼きミルダの頭を守りながら、
手を取り、
水先案内人を務めた。
顔は見ない。
振り返らない。
そして回廊の出口の扉を開けて、
彼女を扉の外へと、そっと
ぷつん。
◆
そうして、
解呪は終わった…。
「借りるぜ。」
兄貴分の神父はその合鍵を、
ミルダから受け取っていた。
おしまいまで彼がやり抜くつもりだったが、
へなへなと座り込んだ。汗が吹き出した。
ふとっちょの神父が、ああっ!と彼を抱えた。
「あとは、まかせた。」
目で合図して、彼は倒れた。
ばたん。
そして、
ふとっちょの神父と、葡萄は、
兄貴分の神父、シオン、ぐるぐる巻の凩、
三人を、
金竜ビルから借りた、
ラト毛たっぷりのもふもふアーマーの、
大型新人くん二人の背に乗せた。
そうして、
合鍵を受け取り、
森の皇国神殿の地下にある、
シオンが作った、巨大スパへと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます