第8話 ぶちのめせ、シオン!!


「(シオン、大丈夫だ。)」


森の診療所の寝床に、

シオンを寝かせて、

兄貴分の神父は、テレパスで言った。


いつも売店にいる、

おちゃらけた彼。

瞳や右手には、青白い炎が灯っていた。

手も顎も汗びっしょりだが、迷いはまったくなかった。



「(俺が助ける!!)」



シオンは、

先日、圧倒的な外科手術で、

ちび白竜を助けた。


ミルダはもちろん、

立ち会った、サンバトラー三兄弟も、

ナースたちも、圧倒された。

息を呑む素晴らしさだったそうだ。

全てに無駄がなかった。

無理も矛盾もなかった。

美しさすらあった。

あのシオンが、まったく汗をかかなかったそうだ。

つまりまだまだ余力があった。

天才だ。


そうして、

島のみんなで、延命してきた小さな種火は、

再び、ごうごうぱちぱちと燃える炎に変わったのだった。


瑠璃色のボケナス小僧は、


表も闇も、シリウスも含む、


島のみんなの力で、

銀髪の天才外科医へと変容トランスフォームしたのだ!!


そのことは、

島のみんなをこれまで以上に、

強く、強く奮い立たせた。

白い喜びが身体中から立ち上った!!



シオンは、

身を削り眩しく輝く、

彗星そのものだった。




それは島の何名かの、

【名の扉】を明るく照らし、

直感の扉を行き来出来る力をもたらした。

兄貴分の神父もその一人だ。


解けなかったものが解け、

欠けていたものが埋まった。


だから、

シオンを蝕むものの正体が、

今は、

手に取るように見える。


それは、

恩寵でも、

変容でもない。



【覚醒】だった。




シオン。

お前は間違ってない。

お前の怒りはもっともだ。

あいつは最低だ。


ミルダちゃん本人は、

許してる。

すべてのドラゴンゾンビを救うことが、

彼女の矜持だからだ。

一人は島の名士。

もう一人の故人は音楽家だ。

神がかり的なお道化なんだ。

彼女は許さざるを得ないんだよ。

祖父のシリウスのせいだろう。

金とメッキと色香を兼ね備えた、

ドラゴンゾンビ人型。

彼を救うことが、

究極の目標なのだろう。


だがな。

それはそれ、

これはこれ。


いいぜ。

許されるわけがないじゃないか。


いけよ!いってこい!!

ぶちのめせ!!シオン!!



そして、


診療所の隣の寝床には、

凩がぐるぐる巻きになって眠っていた。

諜報員スパイの杏の力を借りて、 

葡萄が連れてきたのである。

アトラスと葡萄は旧知の仲だ。

というか、

葡萄は、アトラス軍団の一員のようなものだ。

葡萄が、組織に属するタイプではないだけで、

心はいつも、アトラスを追いかけていた。

アトラスは、葡萄の憧れそのものだ。

いつだって仲間に囲まれて、

熱っぽく笑うリーダー。

背中で語る、

かっこいい汗だく男、なのである。

彼に、やれ。とはっきり言われたのだ。

従わない理由はなかった。





シオンは、

凩の巨大な【名の扉】へするりと押し入った。

鍵は解錠されていた。


まるで、おぞましい美術館のようだった。

屋敷の中は、大小さまざまな文様で埋め尽くされていた。


シオンの脳裏に、

キリスの紅玉の瞳が過った。

ばらばらにされた紅いハイビスカスの欠片。


あらゆる文様に埋められたそれを、

回収しつくした。


今後、彼の文様は、

矛盾が生じるかもしれない。

そうでもないかもしれない。

それは、彼自身の問題だ。


じゃあな。


そうして、

扉から出る瞬間に、

首根っこを掴まれた。


!!



黒い影は影でしかない、

しかし、それは俺のものだと主張する。

ぎゅうううっと首を締めてくる。


シオンは、

顔を歪め、

半目になり、牙を舐めた。


おらっ、と、

ゴンゾーのように、

ずかずかと額で、影の額を押し返した。


眼をかっぴらき、

睨みつけながら、

ぐうぐう、くるくると、

人語と竜語の、

古いものと新しいものを混ぜて話した。

伝わるか伝わらないかは、どうでも良かった。


押すだけ押して、

油断した隙に、

フッ!!と、口から呪いを飛ばした。


ズバーーーンと、

その黒い影の首を飛ばした。どさり。


しかし、

再びむくむくと黒い霧があつまり、

黒い影が、辺り一面に増えた。



ちっ。

横目で彼らを見据えた。長い睫毛に光が走った。

直感インスピレーション


こいつの望む、理想の女トロフィーワイフ

俺は、お道化の天才だ。





置いていってやるよ。





聞いて驚け。



◆◆◆


アトラスや葡萄も似たようなモンだ!!


◆◆◆


何がいいんだ!?

こんな女。

俺にはさっぱりわからない。



言えることと、

言えないことがある。



マイルドに言って、

そいつは、バケモンだ。



一つの顔はニコニコ機嫌が良く、

一つの顔はくるくると抜け目なく、

一つの顔は鋭いプラチナの眼光で。


燃える身体で、

男の頭に噛みつき、

頭からピューピューと細い血を流させた。

腹を爪でかっ捌き、

中の臓物を口で引きずり出し、

ずるーっと引っ張って、

立ち上がり、

ペッとそこら一帯にぶちまけてゆく。

見下ろし、

顔面も腹も足も、

かかとで鋭く蹴って、

愉快愉快と、クスクスケタケタ笑うのだ。

そして、

ぎゅうむと抱きしめて、

その輪郭線をズタズタの血塗れにするのだ。

強く、

強く。

そうして、一面を血の海と化すのだ。



地獄の番犬ケルベロス女だ。







どういうことだよ!!





いいか?

一生、

ここから出てくるなよ?

現実にこんなやつはいないの!!

変態!バケモン!

バーーカ!!!





そして、


奪い返した、紅いハイビスカスの欠片。


俺の身体は、黄金の木の葉で清められた。

そして、

兄貴分の開いた金色の回廊を抜け、

遠き日の幼きミルダの元へ。

まっすぐと駆け抜けた。


彼らは、島の代表だった。

幼い頃から、ずっとずっとこの子を見てきた、

島のみんなの総意が、

まっすぐとこの金の回廊を繋げたのだ。


シオンは彼女に、紅い欠片を返した。

それは、

彼女の身体に吸い込まれていった。


項垂れる幼きミルダの頭を守りながら、

手を取り、

変容メタモルフォーゼの回廊の近道へと、

水先案内人を務めた。

顔は見ない。

振り返らない。

そして回廊の出口の扉を開けて、

彼女を扉の外へと、そっといざなったのだ。



ぷつん。





そうして、

解呪は終わった…。



「借りるぜ。」

兄貴分の神父はその合鍵を、

ミルダから受け取っていた。

おしまいまで彼がやり抜くつもりだったが、

へなへなと座り込んだ。汗が吹き出した。

ふとっちょの神父が、ああっ!と彼を抱えた。

「あとは、まかせた。」

目で合図して、彼は倒れた。

ばたん。



そして、

ふとっちょの神父と、葡萄は、

兄貴分の神父、シオン、ぐるぐる巻の凩、

三人を、

金竜ビルから借りた、

ラト毛たっぷりのもふもふアーマーの、

大型新人くん二人の背に乗せた。


そうして、

合鍵を受け取り、

森の皇国神殿の地下にある、

シオンが作った、巨大スパへと向かったのだった。









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