第7話 元パートナー、凩


「あれ?

シオン先生、出ていっちゃったね。」


エルザと、

サッカー乙女たちは、

露骨にがっかりした。

バトラー姿は、わりとかっこよかったからだ。


ミル姉と並んでるとこなんて、

彼女たちからしたら、ため息が出る状況だ。


サヤナやナギサだけじゃない。

他のクラスの、女子たちもそうだった。


今回のクラスⅠの四人は、テニス女子だった。

やはり十四才。スコート姿。

みんな緑色に金だった。

チームエルフ、だそうだ。


ドラゴンミントンとは、

勝手が違えど、反射神経のスポーツ。

シオン先生のテニス姿はかっこよかった。

アトラス先生と同じく、

五分程度のミニゲームで、

彼らの心を撃ち抜いていたのだ。


しかも、

衣装の呪いのためとはいえ、

みんな額を、ブーッと吹かれたのである。

美しい青年。繊細な瞳。

意識するなというほうが、無理だった。

エルザやクラスⅡは、

手に取るようにそれがわかり、

知ってる知識を、きゃっきゃと共有し始めた。

彼らはすぐに仲良しになった。



丘の邸宅一番の美人を、

巨悪である、

ドラゴンミントンの元パートナーから、

彼女を奪い取り、

片思いから竜医師になり、

想いを遂げたスーパースター!!

エルザは、先日の闇の竜討伐においては、

シオンにお姫様抱っこすらされたという!!


みんな、ほおーっ!!となった。

なにせ埴輪そっくりの彼女。

みんな嫉妬とは違う、

瀬戸物を大切に扱う男、のような、

よくわからないけど、

彼はいい人間なのだろうという、

不思議な感情に包まれるのだった。



そんな感じで、

あっという間に広まった、

その物語の虜になってゆくのだ。



ドタドタドタ!!

外で何やら大きな音がした。

「やあ。」


ミルダの元パートナーくん、

コガラシだった。


彼は体格の良い大きな青年だ。

たくましい顎をした海運業者の長男。

島の名士。スーパーヒーローの一人だ。


今日はお祝いに、

サロッポビールや緑茶葉のケースを大量に運んでくれた。

本当に大きな竜車だった。


大きすぎて森には止められず、

森の外に停めたそれは、

アプローチの入口に、

大きな大きな影を作っていた。



彼は、悪事など働いていない。



しかし。

笑顔のミルダは、緊張している。

瞬時に察するのだ。 

「ありがとう!」の声。

固い握手。

調子に乗って肩を寄せる凩。

やめてよっ、と肩を突き返すミルダ。

大人たちは、どっ!!と笑った。



子どもたちは、笑わない。

真っ青になった。


だって、

ミルダはわずかに震えている。

体が冷え、ガチガチに固まり、

笑顔が引き攣っていく。

自分で自分の二の腕をぎゅっとしている。


みーーーんな、

わかる。


シオンといるときと、ぜんぜん違う!!


己だけでなく、

まるで世界中の神さまの世界と繋がっているような直感インスピレーションを、

子どもは有しているのだ。


しかし、

今シオンはここに居ない。


どうするか?


だから、

スタスタスタと、

子どもたちは、ニコニコ笑って、

ミルダをぐるりと囲んだ。

羽のように柔らかい聖母を、

取り戻すべきだと、強く強く感じるからだ。

話し合いなんて一つもしてない。

彼らは、どうしてか、

その物語を共有しているのだった。



しかし分が悪かった。


アトラスもポーラも、

贈り物に大喜びだ。

食堂は一気に、

彼の色に染められてゆく。

赤ら顔の大人たちが増える。

老巫女さんたちもごきげんだ。

みんな、泣きそうだった。





救世主が現れた。





クラスIIのお隣さん。



第七船団所属の諜報部員、


葡萄ぶどうさんと、

その仕事仲間ビジネスパートナー

あんずさんである!!




島ではまず見かけない、

リボンでくるりくるりと装飾された、

ふわふわとした軽やかな衣装を、

幾重にも重ねられたの二人組。

ところどころ、つややかな肌が光った。


彼らは、

凩をまっすぐ見据え、

明らかにミルダを護っていた。


凩が立ち去るまで、

食事を取りながら、

横目で彼を見、

にっこりほほえみながらも、

子どもたちにアイコンタクトを贈った。



◇◇◇


大丈夫、わかってる。

心配するな。


◇◇◇



二人とも、そう語っていた。

シリウス直系の諜報部員。

彼らは、ミルダを守るための部隊なのだ。


二人は、

ミルダの皇国姫巫女時代の、

おぞましい出来事についても、

知識を入れざるを得なかった。


口外しない、

命がけの契約を交わしているから、

外に漏らすこともまずない。


【名の扉】のアクセスキーこそ、

各々が持ってはいるが、

さまざまな、

制約のもとに生きている。


そのことにより、

桁違いの膨大な魔力をシリウスサイドから、

与えられているのだ。



凩は、

ミルダが初めてアクセスキーを渡した相手なのだ。


それは彼女のすべてを捧げることを意味していた。



彼らの付き合いは長い。

気の遠くなるような、昔話だ。

取り返しのつかない失敗は、みんなあるものだ。



ミルダはわかっていなかったのだ。


島の名士。みんなの憧れ。

年上のドラゴンミントンパートナー。

誰もが、ため息とともにうらやましがる。


ときめく相手ではなかったけれども、

一度くらい、鍵を渡してもいいかな?と思った。


駄目なら、返してもらったらいいのだ、と。



そして、

【名の扉】の文様を、

こなごなに砕かれた。



巨悪ではあるが、少し分かりづらい話だ。


故人の関係する話。

〈目を貸した〉ということだ。



みるだが、

変容トランスフォームの回廊を、

抜けられたのは、

もう一人、鍵の交換をした人物がいたからだ。

白い水たまりになる寸前に、

彗星のように現れた彼の回廊へ飛び込み、

ショートカットでくぐり抜けた。






もちろん、シオンのことだ。


しかし、ホークを名乗る彼が、

あのモンラブン山で、ポーラの身体で出会った、

濃紫の竜だと、

どうして気づいたんだろう?


そもそも時系列が、矛盾している。


凩とのことは、大昔だ。

シリウスの手引だろうか?




今は、誰にもわからなかった。





ミルダ本人も、

変容メタモルフォーゼの回廊を超えている以上、

記憶に残っているのかは、わからない。





二人はただ、

ミルダの護衛として、

知識を与えられていたし、

それを踏まえて、

職務を全うするのみだった。

























 









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