第7話 元パートナー、凩
◇
「あれ?
シオン先生、出ていっちゃったね。」
エルザと、
サッカー乙女たちは、
露骨にがっかりした。
バトラー姿は、わりとかっこよかったからだ。
ミル姉と並んでるとこなんて、
彼女たちからしたら、ため息が出る状況だ。
サヤナやナギサだけじゃない。
他のクラスの、女子たちもそうだった。
今回のクラスⅠの四人は、テニス女子だった。
やはり十四才。スコート姿。
みんな緑色に金だった。
チームエルフ、だそうだ。
ドラゴンミントンとは、
勝手が違えど、反射神経のスポーツ。
シオン先生のテニス姿はかっこよかった。
アトラス先生と同じく、
五分程度のミニゲームで、
彼らの心を撃ち抜いていたのだ。
しかも、
衣装の呪いのためとはいえ、
みんな額を、ブーッと吹かれたのである。
美しい青年。繊細な瞳。
意識するなというほうが、無理だった。
エルザやクラスⅡは、
手に取るようにそれがわかり、
知ってる知識を、きゃっきゃと共有し始めた。
彼らはすぐに仲良しになった。
◇
丘の邸宅一番の美人を、
巨悪である、
ドラゴンミントンの元パートナーから、
彼女を奪い取り、
片思いから竜医師になり、
想いを遂げたスーパースター!!
エルザは、先日の闇の竜討伐においては、
シオンにお姫様抱っこすらされたという!!
みんな、ほおーっ!!となった。
なにせ埴輪そっくりの彼女。
みんな嫉妬とは違う、
瀬戸物を大切に扱う男、のような、
よくわからないけど、
彼はいい人間なのだろうという、
不思議な感情に包まれるのだった。
◇
そんな感じで、
あっという間に広まった、
その物語の虜になってゆくのだ。
◆
ドタドタドタ!!
外で何やら大きな音がした。
「やあ。」
ミルダの元パートナーくん、
彼は体格の良い大きな青年だ。
たくましい顎をした海運業者の長男。
島の名士。スーパーヒーローの一人だ。
今日はお祝いに、
サロッポビールや緑茶葉のケースを大量に運んでくれた。
本当に大きな竜車だった。
大きすぎて森には止められず、
森の外に停めたそれは、
アプローチの入口に、
大きな大きな影を作っていた。
彼は、悪事など働いていない。
しかし。
笑顔のミルダは、緊張している。
瞬時に察するのだ。
「ありがとう!」の声。
固い握手。
調子に乗って肩を寄せる凩。
やめてよっ、と肩を突き返すミルダ。
大人たちは、どっ!!と笑った。
子どもたちは、笑わない。
真っ青になった。
だって、
ミルダはわずかに震えている。
体が冷え、ガチガチに固まり、
笑顔が引き攣っていく。
自分で自分の二の腕をぎゅっとしている。
みーーーんな、
わかる。
シオンといるときと、ぜんぜん違う!!
己だけでなく、
まるで世界中の神さまの世界と繋がっているような
子どもは有しているのだ。
しかし、
今シオンはここに居ない。
どうするか?
だから、
スタスタスタと、
子どもたちは、ニコニコ笑って、
ミルダをぐるりと囲んだ。
羽のように柔らかい聖母を、
取り戻すべきだと、強く強く感じるからだ。
話し合いなんて一つもしてない。
彼らは、どうしてか、
その物語を共有しているのだった。
◇
しかし分が悪かった。
アトラスもポーラも、
贈り物に大喜びだ。
食堂は一気に、
彼の色に染められてゆく。
赤ら顔の大人たちが増える。
老巫女さんたちもごきげんだ。
みんな、泣きそうだった。
◇
救世主が現れた。
◇
クラスIIのお隣さん。
第七船団所属の諜報部員、
その
島ではまず見かけない、
リボンでくるりくるりと装飾された、
ふわふわとした軽やかな衣装を、
幾重にも重ねられたの二人組。
ところどころ、つややかな肌が光った。
彼らは、
凩をまっすぐ見据え、
明らかにミルダを護っていた。
凩が立ち去るまで、
食事を取りながら、
横目で彼を見、
にっこりほほえみながらも、
子どもたちにアイコンタクトを贈った。
◇◇◇
大丈夫、わかってる。
心配するな。
◇◇◇
二人とも、そう語っていた。
シリウス直系の諜報部員。
彼らは、ミルダを守るための部隊なのだ。
二人は、
ミルダの皇国姫巫女時代の、
おぞましい出来事についても、
知識を入れざるを得なかった。
口外しない、
命がけの契約を交わしているから、
外に漏らすこともまずない。
【名の扉】の
各々が持ってはいるが、
さまざまな、
制約のもとに生きている。
そのことにより、
桁違いの膨大な魔力をシリウスサイドから、
与えられているのだ。
◇
凩は、
ミルダが初めて
それは彼女のすべてを捧げることを意味していた。
◇
彼らの付き合いは長い。
気の遠くなるような、昔話だ。
取り返しのつかない失敗は、みんなあるものだ。
◇
ミルダはわかっていなかったのだ。
島の名士。みんなの憧れ。
年上のドラゴンミントンパートナー。
誰もが、ため息とともにうらやましがる。
ときめく相手ではなかったけれども、
一度くらい、鍵を渡してもいいかな?と思った。
駄目なら、返してもらったらいいのだ、と。
◇
そして、
【名の扉】の文様を、
こなごなに砕かれた。
◇
巨悪ではあるが、少し分かりづらい話だ。
故人の関係する話。
〈目を貸した〉ということだ。
◇
みるだが、
抜けられたのは、
もう一人、鍵の交換をした人物がいたからだ。
白い水たまりになる寸前に、
彗星のように現れた彼の回廊へ飛び込み、
ショートカットでくぐり抜けた。
もちろん、シオンのことだ。
しかし、ホークを名乗る彼が、
あのモンラブン山で、ポーラの身体で出会った、
濃紫の竜だと、
どうして気づいたんだろう?
そもそも時系列が、矛盾している。
凩とのことは、大昔だ。
シリウスの手引だろうか?
今は、誰にもわからなかった。
ミルダ本人も、
記憶に残っているのかは、わからない。
二人はただ、
ミルダの護衛として、
知識を与えられていたし、
それを踏まえて、
職務を全うするのみだった。
◇
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