『小説』

たなべ

『小説』

 机上にはコーヒーの空缶とノオトブックがあって、それを眺めながら私はさながら貧乏であった。さっきから電話が鳴り止まぬ。恐らく、私の原稿を取り立てる編集者であろう。空っぽの家中にコール音がトンネルみたいに響いて、逃げ場のないようである。彼には勘弁である、敵わぬ。取り立てて急かす癖して、何を書こうが一言文句のような言葉を吐いてくる。嫌味と言ったらよいか、薄汚い文言である。それが的を射ない変口へんくちならいいのだ。それなら私もなあなあでやっていける。敵う。しかしそれが惨いことに、何もかも理に適って、この、巷で大先生などとおだてられている私を、閉口せしめるに十全たるものであるから、いけない。まさに一を聞いて十を知ると言った感じで、私の文学にここぞとばかりにダメ出しをしてくる。彼が私の編者になってからは、私の文章の書くのが随分遅くなった。それに私は肺を悪くした。ゴホゴホと咳き込んでは、たまに発作のようなのが来て、激しく身体を揺らす。一度、部屋の汚いのがいけないのかも知れないと思って、隅から隅まで念入りに掃除したのだが、効果は無かった。むしろ、何の防護も無しに掃除をしたので、肺は悪化した気さえする。その甲斐あって、肺は一向に悪いが部屋は綺麗さっぱりである。友人などがたまに立ち寄って来ると、「所帯でもあるのか」と問われるほどである。ただそう言われなくなるのも時間の問題である。気分転換に外へ出ることも屢々であるが、なんの収穫もなく終わることが多い。今日も遠く、小石川まで行ったが、何も無かった。唯一、街灯の木の葉に隠されて、後ろから葉が照らされ、ネオンのようだったのが詩美だった。そのくらいのものである。帰りの省線電車は混み合っていた。日曜だからなのか、何なのか分からぬが、家族連れの姿も大いに散見された。子供の無邪気に喋る様子を見て、私は私の過去を思い出そうとした。一番活き活きしていたのは大学時代だろうか。そんなことを思った。友人と一緒に文芸雑誌なんかを出して、でもそれがあまりに尖って思想の強いものだったために、大学側から発禁をくらった覚えがある。大学は堅苦しくていけない。試験なんかも大学は行うがそれも、大変お堅い。「以下の等式を示せ」「Debye-Hückelの式を用い、、、」云々。私は理科であるから、文科の事情は知る由もないが、文科の友人曰く、それ程大差ないとのことだった。やはり大学はお堅い。初めて大学の授業を聴いた時もそうだった。教授がいきなり自分の思想を語り出して「諸君は、、」だとか何とか言っていた。だから大学は。今の大学は如何どうなのか。卒業してもう十年くらい経つが、あの時のままなのか。だが知る由もない、知りたくもない。ただ大学時代は往々にして良かった。

 帰ると、家は窮屈に見えた。電車で家族連れを見たせいかも知れない。家に帰って、間も無く、見透かしたように電話が鳴った。私はまた部屋の隅で蹲ってやり過ごした。こんな惨めはいい加減卒業したいもんだが、長らくは出来そうもない。外套を掛けると私は、考え込んで、それで、また外套を手にして、今度は銭湯へ出掛けようと決めた。銭湯は二街区ほど先にあって歩いて行くのが普通だが、何を思ったか私は大いに遠回りをして、最寄りの電車駅から、銭湯の近くの駅までまた電車に乗ることにした。先程のリベンジを決め込んでいたが、呆気なく私は打ち砕かれた。電車はまた家族連れだらけだった。余計に惨めになった。持っていた着替えを投げ捨ててしまいたくなった。しかし私はただ立ち竦んだまま、目の前に座る、ご婦人の顔を一瞥したきり、呆然とした。電車はたっぷり三十分かけて銭湯最寄りに到着した。どっと疲れた。最寄りといっても、この辺は鉄道網が粗いので、二十分少々歩かなければならない。何の為に私は、という言葉を頭の中で巡らした。銭湯なんて馬鹿らしく思えた。その辺の田圃にでも浸かってやろうかと思ったが、季節も季節で田圃に水はなく、枯れた地面が剥き出しであった。しょうがないから私は、銭湯までしょぼしょぼ歩いた。住宅街が虫食い状になっていて、畑やら砂利があるだけの駐車場やら寂しいものばかりであった。夕方見たような街灯もここには無かった。詩美ということもなく、漠然としている。そんな光景が私の眼を過った。そしてついぞ銭湯に着いた。それは荒屋あばらやだった。幼い時に来たことがあった筈だが、それは多分違う銭湯だろうと思えた。時間が悪く作用している。木造なのが良くない。石造りでヨーロッパらしくすれば幾分かましだろうと思った。入り口の引き戸の奥から灯りが漏れていた。辺りに照明は無く、月明かり、星明かり、そしてこいつだけが光っていた。それを私は恐る恐る開いた。中はこれといった瑕もなく、上品とさえ感じさせたものであった。番頭も実にちんまりと座って、私のやって来るのを待っている。私は何やら申し訳ないのと、待たせるのがいけないと思ったのとで、いそいそ履き物を脱いで、さっさと番頭台へ向かった。バスタオルとフェイスタオルを受け取った。代金は原稿一枚分にも満たなかった。脱衣所は活気があった。それが一々肺に響いた。私は所の隅の籠に衣服を入れ込んで、速やかに湯場へ向かった。扉を開けると、壁面に富士。彩色が実に俗物だった。これだったら今夕の街灯を飾った方が余程いいだろうと思った。ただ銭湯は久しく来ていなかったので、こういうものなのかも知れない。私は丹念に身体を洗った。自分の汚れを落とすよか、湯を汚してはならぬとの思いであった。二回私は大きく咳き込んだ。湯は熱かった。体温よりずっと高い。炬燵かストオブの熱気とは異なって、多分、人肌に近いと思った。ふと、学生時代の或る女が思い浮かぶが、考える前に忘れてしまった。

 銭湯の帰りは空気の清冽なのと、星空の乾き切ったのが、上手く作用して良い心持であった。周りがよく見える。さっきとは違う道を選んで家路に就いた。まず電車は使わないと決めた。選んだ道は偶然、坂道であった。勾配が3%くらいの緩い坂だった。しかし、私の肺を苦しめるには十分だった。明日か明後日医者に行こうと思った。坂道を登った先は、入り組んだ住宅街で、今度は階段だった。手摺もしつらえられてない、矮小な階段。登るのには苦労した。そしてはあはあと息を切らせ、最後の段に足を掛けた時だった。何故か猛烈に後ろを振り向きたくなった。何かの気配であろうか、運命であろうか。私は振り向かざるを得なくなった。そうして首をゆっくりと動かすと、星の降るのが見えた。一条、二条、いや何条。手前から奥に向かって、すっすっと幾条の星が流れて行った。そういえば、今日、ラヂオでふたご座流星群が最盛期だと言っていたような気がする。それだ。こんな大都会の灯りにも負けず、自らの存在を明らかにする。「ここにいますよ。通りますよ」と言っている。街灯りも健気に、煌々と光っている。暗くて真っ黒のところ、橙色のところ、黄色、赤。それらが点々とドット画のようになっている。星降る夜も、星が降るような特別な夜も、何もそれを祝福することなく、光っている。誰の為でもない、ましてや私が高所から眺める為でもない。ただ自らの為に光っている。この点光一つ一つに意味があって、要らない光なぞ何処にもなくて。これに気付いた時、私は私を美しく思えた。夕方のネオンの如き木の葉よりも、抒情的な流れ星よりも、私の方が美しい。美しいのだ。そうして歩く家路は希望の路だった。



 この文章を編者の彼に渡すと、珍しく何の文句も言って来なかった。彼も彼で自分のことを美しいと思っているのだろう。



<了>

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『小説』 たなべ @tauma_2004

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