第16話

「無事に戻ってきてくれたね。ターリブが支部への武器輸送をしていたのは、既に襲撃して阻止しておいた。素人ばかりでチョロかったよ」

「ああ、あれは主任がされてたんですか?」

 アリビツカヤは塒に戻ってきたジェミヤンを手当しながら、自分の仕事を報告する。ただ負傷して帰ってきたジェミヤンを見たアリビツカヤは、驚きと共に心配そうな顔を見せてくれた。

「しかし我が国でも超精鋭の君がここ迄負傷するとはね。日本の景山3佐か……噂には聞いていたけど、本当にとんでもない男だよ。私もさすがに衝突はしてないけど、同じく別班の近衛3佐が来ていたのを確認した。きっと彼等二人で勝手に動いてたんだろう」

「日本政府が命じたわけではないと?」

 考えてみれば、何に関しても慎重さや世論を気にする日本政府が、こんな作戦を命じるわけがない。アリビツカヤは持っていたノートパソコンを操作すると、ジェミヤンにあるデータを見せた。

「まだ調査中ではあるんだけどね」


 アリビツカヤがまとめていたデータは、まさしく今回遭遇した景山ら自衛隊の「別班」についてだった。

 何しろ表に出てくる情報自体が極めて少なく、防諜作戦部のエースであるアリビツカヤですら難航している。ただ、別班一の実力者であり、かつ問題児の景山と近衛についてだけは、かなり詳細なデータがまとめられていた。




 同じ頃ジェミヤンにバイクから蹴落とされた景山は、同じ場所から動かず近衛の迎えを寝転がりながら待っていた。

「早く来いよぉ〜……水飲みてぇ」

 それから十五分程経ち、モトクロスバイクのエンジン音が聞こえ、景山は立ち上がる。


「っせぇよテメー! 俺様が干からびて死んじまったらどーするつもりだったンだよ!」

 バイクを運転していた近衛が景山の直ぐ側に到着し、景山を乗せる。

「お前は殺しても死なないだろ。まぁ仮に死んだとしても、お前のタグだけ持って帰るさ。そうすればお前の嫁さんとこに、賞恤金がガッポリ入るからな。あ〜、おらって優しいなぁ。皆から仏の3佐って呼ばれてるだけあるだろ」

「っざけんなよマジで! 鬼! 悪魔! 人でなしの理不尽大魔王が! な〜にが仏の3佐だバカヤロー! バァ〜カバァ〜カ!」


 景山は文句を言いつつ、近衛が用意していた応急セットで自分の手当をする。

「クッソ……マジで強かったぜあの露助コサック野郎」

「戦闘狂のお前に手傷を負わせるとはな。さすが戦闘民族ロシア人の中でも、勇猛誉れ高いコサック……という事だな」

 景山の興味を誘うかの様に、近衛が何か知っている様な口ぶりで相槌を打つ。戦闘以外では単純な景山は当然の様に、近衛の情報を引き出しにかかった。


「おま、あの露助コサック野郎の事知ってンのか!?」

「新聞でな。戦闘以外でもちゃんと脳を使え、頭は帽子をのせる為だけにあるじゃないんだぞ。使ってこそだ。応急セットの鞄に資料を入れておいた」

 近衛が指し示す鞄には、確かに資料が入っている。

「まぁお前は脳筋バカだからな。着く迄その資料でも読んでろ、嫁娘、飯、戦闘、のシナプス三本だけのお前にもわかる様に直した」

 景山が手に取った資料は新聞記事のスクラップと、近衛が補足として追加した記述。スクラップには古い新聞のコピーもあり、通訳官による訳文もついていた。


「十七歳で優勝かよ……そりゃ弱ぇワケがねぇな」

「モスクワに潜入してた黒川によると、元々これは防諜局の仕事だったらしいが、ちょうど適任がいなかったんだと。で、おらと同じく文武両道のそのコサックに白羽の矢が立った、っつー事だ。その防諜局のねーちゃんには牽制しといたぞ、おら達の邪魔はしてくれるな、ってな」


 ジェミヤンとアリビツカヤが食事をした日本食レストランには、別班の「黒川」が店員として潜入していた。店自体は民間人が経営する健全なレストランだが、「まさか日本がそんな大胆な行動には出まい」と高をくくられているのを逆手に取らせてもらっていたのだ。

「多分気づいたかもしれねぇな」

 自分の能力だけでなく、相手の能力も見誤らない。これもまた、戦場で生き残れる者の条件と言える。




 防諜局からの依頼を終え、モスクワで普段の生活に戻ったジェミヤン。いつもの変わり映えしない訓練、変わり映えしない自宅と職場の往復。

 ジェミヤンは景山との邂逅で、自分の未熟さを痛感した。

「世の中には私が知らぬ強い者が存在しているのだな。私はまだまだ訓練も鍛錬も足りん様だ」

 そう言いはするが、あの時の景山と同じく、宝物を見つけた少年の様な顔になり、長らく持たなかった高揚感を久しぶりに覚え、休憩時間にコサック舞踏のステップを踏んでしまう。


「お! コサック舞踏かよ! おーい、アベルチェフがコサック舞踏見せてくれるぞ!」

 同僚達からの要求に応え、故郷クリュチェヴォイでよく踊っていたリズムを、コサックの歌に合わせ披露する。その体捌きはバレエダンサーの如くしなやかで、フィギュアスケート選手の如き雄大さを感じさせた。

「ああ、本当に楽しい」

 皆からの喝采を浴び、本当に久しく、心からそう感じられた。


 同時に、ボスニア紛争に出征する前以来帰ってない故郷に帰ってみようとも思い始める。両親とはよく連絡を取っているが、妹のタチアナは元気だろうか。ジェミヤンの元部下が婿入りしてくれ、脚が不自由な妹や、可愛い子供達を守ってくれている。

 ジェミヤン本人は職業柄、妹夫婦と積極的に会いに行けない事情があり、タチアナの結婚式以来、永らく会っていない。

 勿論大切な妹であり、決して嫌ってなどいない。自分の不注意で生涯にわたる不自由を負わせてしまった事を、毎日悔やんでいる。


「久しぶりに、タチアナにも会いに行こうか」

 次の休暇を確認し、元部下で現在は義弟のレナートに連絡を取り、短期間の帰省の計画を立てた。

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