第11話
保安局から予算がおり、すぐアリビツカヤと中東に飛んだジェミヤンは、到着次第動き始める。
「この組織はまだ出来て半年と新しい。世界各国からメンバーを募集しているよ。既に君が偽装して加入する申請はしてあるから、すぐに本拠地へ向かってほしい」
ジェミヤンは資料を読み込み、主要メンバーを頭に叩き込む。どうやらそれ程武闘派というわけでもなく、メンバーの経歴も大した事はない。なのに掲げているお題目だけは大口を叩いており、すぐに始末できるだろうと思った。
「……ん? 首魁の男はアメリカの大学で犯罪心理学の修士号を取得していますね」
「そうだよ。今うちの主要なメンバーは他の任務についているし、残っているのは新人だけ。だからセリョージャに君を貸してもらえないか頼んだんだ」
確かに新人には荷が重い任務だと言える。しかも中東の組織、男装して潜入したとしても、女性だとバレた後、どの様に扱われて殺されるかなど、元軍人のジェミヤンには分かりきっていた。
セルビアの戦場を思い出す。軍人は相手が敵方だとわかると、民間人だろうと構わず殺し、女子供でも容赦しなかった。
そんな地獄にいながら、知恵と処世術を駆使し、スペツナズに紛れ込み戦闘技術を覚えた、セルビアの少年。あの子供は、毎朝ジェミヤンが人知れずシャーシュカやキンジャール、ジギトフカの稽古を習慣にしていたのをじっと見ていた。
上流階級の御曹司を思わせる、一見品行方正そうな美しい外見をしている少年。だがその実、八端十字架を首に下げた正教徒だと明らかな外見で、タクビールや開端章を口にし狡猾に相手を惑わす。鹵獲したナイフや拳銃で相手が肉片になる迄憎悪をぶつけて殺す、子供ならではの残酷さをも持ち合わせていた。
「図らずも私の弟子として育ててしまったな……」
ジェミヤンが率いていた隊が救出した、セルビア人バイオリニストのドラガン・ミロシェヴィッチの事は、世界的なニュースとして報道されていた。その時生き残っていた彼の末子コヴァーチが、ジェミヤンの隊が保護した子供だった。
「ああ、君が保護したセルビアの子供か。その子が君の卓越した武術を引き継いでいるとはね。そういう逸材が防諜部にも欲しいよ」
アリビツカヤと別れ、目的地に到着する。彼等は廃ビルを拠点にしており、あまり綺麗にはしていない様子だった。
扉を閉めると、背の低いアジア人がアメリカ訛の英語で話しかけてきて、首魁のいる部屋迄案内してくれた。
「待っていたぞ。君は数少ない経験者でな、後で新規参入メンバーの訓練を頼む」
「構わねぇよ、それより火ぃくれや」
久し振りに使う、粗野で無教養さを装った言葉遣い。どうせこの手の輩には見破れまい、とジェミヤンは煙草に火をつけ、一服しながら他メンバーを観察した。
首魁はムジャヒディンの出身だと言っていた。ターリブと名乗っているが本名は不明。アメリカの大学にいた時も、ずっと偽名を使っていたことはわかっている。アリビツカヤの下調べでは、顔立ちやアラビア語の発音から、ベイルートの出身ではないだろうかとの予想だ。
また側近のイリヤという自称ベラルーシ人。ジェミヤンは「この人物は別の組織から派遣されている間者ではないか」と推測する。イリヤの行動に不自然な点が見られるからだ。
ジェミヤンはこちらへの到着前、アリビツカヤから注意された事があった。
「君は自分一人だけの時や任務中と、周囲に他人しかいない時で、煙草の吸い方を意識的に変えているね。今回の潜入では、ずっと君本来の吸い方をした方がいい。意識的に変えていると、誰かに見られた時、君が間者だとバレてしまうよ」
確かに潜入しているのであれば、故意に変える必要はない。敵に自分が間者であると見破られてしまうからだ。さすが潜入のプロだな、と改めてアリビツカヤに感心した。
そのおかげか、ジェミヤン自身がメンバーから疑われる事はなかった。 ただターリブ一人だけは、恐らく彼の習性なのであろう、相手がどんな者であろうと一定の距離を保ち、深入りしない様にしている。
正直戦闘力としては有象無象だが、ターリブはなかなか交渉事が上手く、上手い事相手を言いくるめ安く大量の武器を仕入れている。実戦経験が少ない新人でも勝てる様、性能がいい武器を選ぶのは重要である。
顔合わせが終わり、アリビツカヤが用意してくれていた
「……まずいな、これは間違いなく大変な手練れだ」
尾行されている事に気づいていないと装い、塒で捕まえることにした。塒に到着した所で尾行者を誘い込もうとしたが、相手は一切乗ってこない。とても手慣れている。気配は拠点にいた者の中からは感じられなかった。
「主任、間違いなく別組織から潜入している者がいますね。それも大変な手練れでした。何しろ私を尾行した挙句、正体を掴ませなかったぐらいですから」
「……それはとんでもないな。君自身が潜入者だと気づかれない様、くれぐれも注意を頼む」
「こちらシャッテン、新たに加入してきたメンバーに、要注意人物あり」
「こちらナー、対象の特徴を」
「こちらシャッテン、四十代白人、身長一八十弱、恐らく軍人、高度な手練れ」
「こちらナー、了解。対象との衝突は極力避け、組織の調査に専念されたし」
衛星電話を切ったシャッテンと名乗る男は、冷蔵庫に入れてあった炭酸飲料を飲み干し、ベッドの上で天井に向かって呟く。
「この俺に衝突は極力避けろだぁ? 強ぇ野郎とは殺しあいたくなるだろうがよぉ! まぁどうせあの組織は俺が潰しちまうんだ、 そん時にあいつが残ってたら、拳の一つでも交えておきてぇなぁ」
そんな事を言っていたら、再度衛星電話が鳴った。ナーと名乗った男だ。
「くれぐれも余計な事はしてくれるな。上から何か言われた時、言い訳がたつ様にしておく必要がある」
「いや、ってかお前見てたかの様に電話してくんなよ、監視してんのかよ怖ぇな」
「おらがお前さんの手綱をとっておかないと、お前はいつも余計な事しかしないからな、脳筋だし」
「うるせっ、引き続きサポートだけ頼むわ」
今度こそ電話を切り、本当に眠りについた。
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