第7話
状況が進展しないまま日付を跨ぎ、夜が明けると現場付近でヘリを飛ばすマスコミも現れ始めた。プロペラの旋回音が隊員達の耳に不快な騒音として届く。隊長は保安局を通じて政府に要請。
「ヘリを飛ばすのをやめさせてください。内部の状況が把握しにくくなりますし、犯人が苛立ってネゴシエーターに危害を加えかねません」
暫くすると、ようやくヘリの音は聞こえなくなった。付近を封鎖した警察の者から「配達の車が来た」と無線が入る。
配達の車は余計な事をせず、指定されている倉庫に荷物を入れると、すぐに去っていった。犯人グループは車が出て行ったのを確認した後、映画館職員に箱を持たせ、調理が必要な物を厨房に置かせようとした時だ。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
映画館職員が絶叫しながら、開けた箱に入っていた何かを放り投げる。映画館職員の監視でついてきていた犯人の一人は、床に落ちたそれを拾い上げると、すぐスヴャトスラフの下に走った。
職員が放り投げたインスタント写真には、還暦の男性が生きたまま解体される過程が写されている。しかもその傷口からの失血死にならぬ様、傷口を全て赤くなる迄熱したフライパンで焼きつぶしていた。
直接見てしまった職員と、犯人グループの下っ端らしき男は、あまりの残酷さに堪らずもどしてしまった。
「伯父貴【дядя】……!!」
さすがにスヴャトスラフも、武の師であり一緒に暮らす伯父がこの様な殺され方をし、激昂し絶叫しながら当たり散らし始めた。その様子を見た人質達は
「今度は我々人質に当たり散らすのではあるまいか」
と怯えたが、思っていたより早く冷静になる。
「リーダー、大丈夫ですか……」
犯人グループの一人が声を掛けると、スヴャトスラフは人質にとって意外な事を口にした。
「……女子供と老人は解放しろ。但し男と俺の女はまだだ。最終手段として残す」
対策本部にいる隊員達が、映画館出入り口を映すカメラに注目する。
「人質が解放され出てきている」
女性や子供、老人がフラフラになりながらも出てきたのを確認し、すぐ警戒に当たっている警官達に保護を要請する隊長。解放された人質達は、警官や救急隊員が走って向かって来る事に安堵し、その場にへたり込んだ。
「隊長! 大臣のご令嬢は解放された人質の中にいません!」
人質の人数を確認していたワーニャが、隊長に報告し「あー面倒なことになる……」と小さな声で天を仰いだ。
案の定大臣から警護役に電話がかかってきて、隊長に怒鳴り散らす。
「おい、私の娘が解放されていないじゃないか! 貴様等は何をしてるんだ、この給料泥棒供めが!」
「わかりました、強行突入します」
隊長が溜息と共に大臣に告げると、大臣は慌て始め「え、いや待て」等と態度を軟化させたが、隊長は無視して電話を切った。今度は自分の携帯で保安局の上層部に「催涙弾の使用許可を」と求めると、すぐに許可が下りる。
「全員ガスマスクをつけ、強行突入に備えろ」
スヴャトスラフは伯父が殺された事で気が立っていたが、大臣の娘も伯父によくしてもらっていた事もあり、彼女が涙を流していたことに気づく。その様子を見たスヴャトスラフは冷静になり、送りつけられた写真に写っていた刃物に注目した。
「俺の家にはない……これは別のボーリニツァが使うキンジャールだな」
保安局に自分と同じコサック出身者がいるとわかった途端、手下に指示を出し突入に備えようと映写室を出たその時だった。
人質の映画監督が激しく咳き込み、呼吸困難状態に陥る。それに続き、他の人質のみならず、自分の手下達も激しい目や喉の痛みを訴え、のたうち回り始めた。
「やられた……! 犬どもは催涙ガスを使いやがった!」
大臣の娘と再び映写室にこもり、ドアや小窓に急いで目張りを始める。映写室の外、つまり劇場では人質や手下達が苦悶の呻き声を上げているが、手下を助けに行ったら自分も催涙ガスの餌食になる。スヴャトスラフもコサックの戦士であり、兵役に行っていた男。そのぐらいの事はきちんと理解している。
同室で動揺している大臣の娘に告げ、機会を伺うことにした。
「外の呻き声が聞こえなくなる迄絶対に出るな。大丈夫そうだと俺が判断したら、用意していた車で逃走する。それ迄ここで大人しく待っていろ」
スヴャトスラフの先程迄娘を冷たく見ていた目が、楽しかった思い出の中の様に、優しかった様に感じた。
一方隊員達はガスマスクを装着し、強行突入の準備を整えた。隊長が皆に振り向き突入の合図を送ろうとした時、最後尾にジェミヤンが戻ってきた事を確認し、警察が解放された女優から聞き出していた情報をもとに指示を出す。
人質
八
急げ
隊員たちは指示通り、速やかに突入していった。
館内に入ると、人が倒れているのが見えた。苦しそうに咳き込んでいる声は聞こえるが、遠くて人質なのか犯人なのかまだわからないが、慌てて近づく様な痴れ者は、アルファ部隊には存在しない。
「クリア」
銃を持って倒れている犯人グループを撃ち、そのまま進んでいく。それはまるで、何にも遭遇していなかったかの様に。
隊長とワーニャが人質が閉じ込められている劇場の扉を開けると、人質と一緒に犯人グループが群れて倒れている。隊員達にとって、犯人グループか人質なのか判別するのは苦ではなかった。何故なら人質は皆それなりの社会的地位を持っている人達が招待されており、来場にはドレスコードが設定されていた。ラフな普段着の犯人グループとの見分けは簡単につく。
「クリア」
劇場内にいた犯人グループの制圧が完了し、人質を急いで救出する。しかしここに大臣の娘はいない。彼女も急いで救出せねばならないが、人質の容体も気にせねばならない。
「エルショフ、アベルチェフはどこに行った?」
「突入後すぐに映写室に向かっています」
ジェミヤンが潜入した時に見ていたのは、首謀者スヴャトスラフ・ポポフがコサックである事、そしてそれなりの実力者であるという事。
「……奴に任せよう。首謀者がコサックであるなら、アベルチェフがどれ程の使い手なのか、身を以て知るだろう」
その場の隊員は全員納得し、作戦を制圧から人質の救出に切り替えた。
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