第5話【アイスピック】接近中

 今、おれは群馬県のへと向かっている。その場所には人類の敵であり俺にとっては一言では言い表せないような複雑な感情を抱かせる者、異常存在者イグジストがいる。

 俺は彼らのことをもっと知りたい。いや、彼女達と表現するべきか。何故なら、人間と深く結びつくことで得られる姿が軒並み女性型だからだ。その姿こそが元凶を差し置いて世間の注目を一身に浴び続けている存在、魔法少女だ。


 先程から我等われら、通行人から見られてないか?

 まさか正体がバレたのではないだろうな?


 今となっては契約したことで相互に自由にテレパシーを送ることが出来るのでリオンが質問してきたが、理由は明白だ。俺が地球儀を抱えて街中を走っているからだ。地球儀は実に持ち運びに適さない形状をしていて、根元の部分を掴みながら大きく腕を振って走ればたちまちに体力がなくなってしまう。しかし、それでも俺は一刻も早く彼女リオンを連れて現場へ向かわなければならない。


(お前、契約する気はないか?)

 そう言われたのももう1週間前のことだが、あの時の衝撃は今でも心に残っている。あの後、何故いきなり異常存在者イグジストが全世界に現れたのか、何故どこからともなく魔法少女が現れて戦うのかなど、今まで起こっていた事象の答え合わせが行われた。そして俺達おれたちは協力し合うことにした。

 裏切り行為をすることについて彼女リオンは、

(我は、誰の敵にもなりたくないだけだ。)

としか答えなかった。おれはそれを聞いて、最強のコウモリとなり戦いを止めることを目標にした。


 現場に到着すると、そこには八寒地獄があった。具体的には、辺り一面が氷に覆われていて、その中心には、球体状の氷が4個も連結されて胴体を形成しており、そこからペンギンの頭の形をした脚と苔に覆われた獣の脚が2対ずつ交互に生えている、不気味な姿の異常存在者イグジストが氷を増産していた。

 どうやらペンギンの鋭いくちばしを模した脚を突き刺した場所に氷が張っていくらしい。このまま自我領域エクメーネが成長すればこの場所は知的生命への精神汚染よりも前に我々にとっての非居住地域アネクメーネとなってしまうだろう。


 ここで、ずっと手に持っていた地球儀が光を帯び始めた。その光は次第に強くなり、屋外であるにも関わらず、太陽光にも負けないほどの輝きを発していたが、不思議と眩しく感じなかった。




 地球儀のサイズが大きすぎるので、まずは持ち運び可能なキーホルダーに変形するところから始まる。そして、そのキーホルダーを提げるためのベルトと、それを身につける人をイメージする。

 星浦ほしうら福獅ふくしはどうやら、数年前に神話にどっぷりハマっていたらしい。本人は「小学生は誰でもこうゆーのが大好きになる時期が来るもんなんだよ」と語っていたが、今でも人間と人外の関わり合いに惹かれているのには変わりない。きっと彼のルーツはそこにあるのだろう。しかし、それが何故皮膚にぴったり纏わりつくボディスーツの上に分厚いアーマーを着込んだ宇宙人スタイルとして出力されたのかだけは謎である。

 その分厚いアーマーは一部分を切り取ってみると宇宙服のように見えるが、関節部分や腹部が動きやすいようにアンダースーツが露出していたりして、ユニークな形状をしている。

 アンダースーツと髪の毛はラメが入ったようにキラキラと輝き、宇宙を想起させる。ちなみに髪型はウェーブのないロングヘアーである。

 瞳にも輝きが宿る。見つめる先は無限に広がる宇宙である。




 こうして、【占星魔法少女リオン】が初めて物質世界に顕現したのだった。


「一体何だこの場所は、まるで冷蔵庫じゃないか!」

(なんだとてめぇ!例えるなら冷凍庫にしやがれってんだ!)


 怒りの基準が分からない。そもそも冷凍庫にこだわりがあるのに驚きだ。やはり近くにいて初めて分かることもあるということなのだろうか。

 ちなみにおれは少し離れたところからスマホのカメラで映像を撮りつつ、テレパシーで現場の情報を手に入れている。このスタイルも魔法少女活動にあたって事前に決めておいたことだ。


「何故そうやって他人に迷惑をかけるのだ!」

(迷惑?こっちがかけられてんだわ!おれの邪魔すんなっての!)

「この土地に住んでいた人達はどうなる?」

(だから邪魔すんなって!こうやって一人でやってっから!)


 話が噛み合わないが、想定内だ。彼、彼女?…彼の話をまとめると、自分以外が近づかない場所で一人でいるから迷惑にはなっていないという論理だろうか。やはり魔法少女を選ぶ者は相当な異端らしい。


 とりあえず、周りで凍えている人の捜索と救出が先だ。


 一応指示を出しておくが、うまくやれる自信がない。というのも…


「よし!【ドキドキ星座占い】!多くの人を運びたい!」


 リオンと異常存在者イグジストとの間に複数の光の玉が浮かび上がる。その光の玉がとある形を描き出す。動きが止まると今度は点と点が線で結ばれ、特定の図形を作り出す。これこそが彼女の能力なのだが、この能力がかなり厄介で…


【今のあなたは〜?うしかい座・末吉で〜す!頑張ってくださ〜い!】


 リオンの口元に拡声器付きのマスクが装着される。どうやら大声を出せるようだ。

 一度運勢が確定すると、2時間は固定されてしまううえに、完全にランダムなので、役に立つかどうかも分からないのだ。


 救助に大声を出す能力を活かす方法を考える。しかし、この能力は別の機会にとっておこう。

 人探し自体は元々備わっている魂の感知によって行える。この近く凍った部分には3人が取り残されているようだ。


 救助をしている間の異常存在者イグジストの監視はおれの役割だが、相手は自分の自我領域エクメーネから人がいなくなること自体には賛成なのか、静かに見つめるだけでなにかアクションを起こすような素振りは見せなかった。


「お前、これからどうするつもりなのだ?」

(はぁ?そりゃもう氷に囲まれて冷静に過ごすに決まってんだろ?)

「なら、別の場所に移ればよいのではないか?ここには大勢の人が住んでいたんだぞ?」

(そんなこと言ったら、この次元に居場所なんてなくなるじゃないか!お前、なんも分かってないね!魔法少女だっけ?誰かを傷つけるなとかさあ、自分がそうだからって相手もそうだって思い込んでる奴等から逃げるためにここに居るんだよ?なんでこっちに来てまで誰かのこと考えなきゃいけないんだよ殺すぞ!)


 先に攻撃を仕掛けたのは相手の方だった。ペンギンの方の脚で串刺しにしようとしてきたのだ。避けようとするが咄嗟に動いたせいで氷に足を取られ転んでしまう。結果的に避けること自体はできたが、相手の脚は1本だけではないのだ。すでに次の攻撃の準備をしている。

「ああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 リオンは叫んだ。うしかい座・中吉の能力によって音量が何倍にも増幅されて、周囲の空気が揺れた。テレパシー無しでもはっきりと聞こえるほどの大音量で、一般人があの場にいたら無事ではすまないだろう。

 一瞬だけ動きが止まった隙に体勢を立て直す。なんとか立つことが出来たが、やはり氷で覆われた場所ではうまく踏ん張ることが出来ない。せめて地面の氷だけでもどうにかしなければ…、いや、可能性ならある。時計を見ると、最初に能力を使ってから1時間40分が経過していた。後20分耐えることができれば、新たな能力を得ることが出来る。リオンもそれを理解しているようで、体を氷に慣らしつつ攻撃を避けていた。

 リオンから伝えられる情報を整理するうちに、あることに気がついた。大声を出した時、氷面が少しだけ融けていたらしいのだ。能力を使う前後で地面の濡れ具合が変わっているように感じたことを共有してくれた。


 15分後、表面の氷の層が薄くなり、充分とは言わずとも、先程より戦いやすくなっていた。


 さっきの情報で分かったことは、大声を出すメカニズムが周囲の分子を無理やり振動させるというものだということだ。その性質を利用して音を地面に向かって放ち、氷の分子をできる限りピンポイントで振動させて生みだした熱で氷を溶かした。

 相手も負けじと凍らせなおすが、大声の扱いにも慣れ、こちら側が優勢となった。


 後5分で次の能力が手に入る。そう思っていたのだが。


(君、そうなるんだ。)


 新たな異常存在者イグジストが現れた。


 この感じ、まさか!


 リオンの知り合いらしい。だがこの反応を見ると、彼女をおれの家に送り込んだ奴本人だろう。


「お前は!あの時の、お前!」


 エネルギー生命体は個人を識別するのに名前を用いない。呼び方に困ってしまうのは仕方ないのだが、どうにかならなかったものか。


(別に、裏切ったからって何かすることはないから、そこは安心してほしいね。)

 意外だ。てっきり粛清しに来たのかと思ったが。

(じゃあ、君の持ち場だった場所はこの子に譲るってことでいいよね?)

 いいわけないだろ!おれの家だぞ!

「それはわれへの嫌がらせか?」

(別に?じゃあもう行くから。わしと君は一切関係ない赤の他人だからね。)


 突如、リオンの身体に圧力がかかる。きっと奴の能力だろう。氷の異常存在者イグジストには効いていないようで、二体は遠くへと去っていく。


(なんかよくわかんないけど、ざまあみろってんだ!ハハハ!)


 ま、待て…!


 全身にかかる圧力のせいでうまく声を出すことが出来ない。これでは星座占いも発動できないだろう。立てなくなるほどの重圧がかかりながらも必死に伸ばした手は、届くことがなかった。


 こうして、リオンの初戦闘は、黒星となってしまったのだった。


つづく


アイスピックアイスピック異常存在者イグジスト




全長サイズ/230cm

重量ウェイト/213kg

実体核ヨリシロ/鋭いアイスピック

侵略実績レベル/☆☆


 氷を砕くためのアイスピックに宿った人間の感情を利用して誕生した異常存在者イグジスト

 ペンギンの頭部を模した2対の脚【ビークピッカー】を使い、突き刺した地点を中心に氷を張ることが出来る。また、もう2対の脚【グリーンマウンテン】は滑り止めの役割を果たしており、氷の上でも摩擦力を維持することが出来る。

 こだわりの強い性格であり、自分の能力に絶対の自信を持っているうえ、口で自慢するより行動で自慢するタイプでもある。

 突然現れた異常存在者イグジストとは初対面であり、助けてもらったことは理解しているものの、そもそも他者の存在が苦手なのでどう接すればいいのかイマイチ掴めていない。

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魔法少女の妖精係 如月 初明(きさらぎ はじめ) @kisaragi-hajime

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