水平線の向こうの「どらくえ3」
矢木羽研(やきうけん)
水平線の彼方に
立冬を迎えた海は静かだ。長すぎた夏が終わり、つかの間の秋の気配が防砂林を覆っている。海水浴客で賑わっていた日々の面影は消え失せ、砂浜の風紋には足跡一つない。鰯雲が浮かぶ空は青く、水平線の彼方で海との境界が交わっている。
あの海の向こうには友がいる、……と思う。30年以上前に転校で別れて以来、大人になってからも音沙汰は無いままではあるが。健在であると人づてに聞いてはいるものの、それすらも十年以上前のことだろうか。そもそもとっくに帰国しているのかも知れないが。
いま私の手元には、ボロボロの赤い表紙の本がある。『どらくえ3 謎の魔王をやっつけろ』のタイトルのそれは、まさしく『ドラゴンクエスト3』の攻略本である。メーカーの許諾を受けない非公式のものなので、商標権や著作権をすり抜けるための涙ぐましい工夫で満ちており、妙なタイトルやイラストからもそれが伺える。
人よりだいぶ遅れて『ドラクエ3』をプレイして謎解きに詰まっていると話したら、その攻略本を貸してくれ、最終的にはプレゼントしてくれた。当時はRPGの攻略本という概念自体に馴染みがなかったので違和感はなかったのだが、(ラストダンジョンを除き)マップもデータリストもなく、ひたすら文章で攻略手順を紹介し、ときどき著者の感想などが挟まれているという、スタンダードからは大きく外れた異様なスタイルである。
ネット上では酷評する声もしばしば見られるのだが、私はこの本にずいぶんと助けられた。ダンジョンなどはマップはなくともピンポイントに注意点を指摘してくれている。特に船を入手してからは行けるところが一気に増えるにも関わらず、イベントの進め方で迷うのである。マップもない大海原(見下ろし型画面の全域が海のマップチップで覆われて、まさに見渡す限りの水平線を疑似体験できる)に漕ぎ出したあとは、この攻略本という名の航海録が頼りであった。
また、ゲームプレイの様子や感想を文章化して、さらに他の人が読むための手引にするというメソッドもこの本で覚えた。後にインターネットに繋いで様々な文章を書くようになるのだが、この本の影響を非常に強く受けているということを、久々に読み返すことで改めて思い出させてくれる。
久しぶりの完全リメイクの発売により、かつての「勇者」たちがざわめいている今日このごろである。君もまた冒険の旅に出るのだろうか。それともそんな暇はないほど……あるいは必要もないほどに充実した日々を過ごしているのであろうか。いずれにしても、人生という航路に幸多からんことを。
水平線の向こうの「どらくえ3」 矢木羽研(やきうけん) @yakiuken
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます