第18話 奈落へ その2
翌日、消防と警察による現場検証があった。
「火災の原因は照明器具が落下した不慮の事故ですかね。一応工事現場の責任者には業務上の責任は問われることになるでしょうが・・・」
重役の策はまんまと成功した。会社は火災保険を満額受領した。その際に調べられた設計と施工との関連では違反の指摘は無かった。
?
細い鉄筋、うろ抜き、海砂などの話は全て重役の嘘だったのか。
しかしその結果を和菓子屋の倅は知るよしもない。
その事故から二日後のことだった。倅は重役から例の小さな会議室のような所に呼び出された。
「あの日、現場で君のことを見かけたという人が出てきてね。ちょっと困ったことになっているんだよ」
倅は何を言われているのか初めはその意味が理解できなかった。
「俺のこと見た奴がいる!?」
倅はやっと重役が何を言っているのかが分かり始めた。
「自分が放火犯として疑われている、ってことですか?」
「ん~! まだそこまでには至っていない様なんだが・・・」
重役は言葉を濁した。しかしその素振りは近いうちにそうなるだろうことを察知させるに十分だった。
倅は
「自分はこれからどうしたらよいのでしょう?」
すがる思いだった。
「そうだな。取り敢えず今とは別の研修に精を出したらいいかな。うん、それがいい。何を研修したらいいかを考えて手配してあげよう」
重役は自分のことを気遣ってくれていると感じた。
「何かあったら私の方から連絡する。君が私の所へ出向くのは好ましくない。絶対それはしないように。悪いようにはしないから」
倅は頷いた。重役はあの日のことは絶対誰にも話すなと強く念を押して戻って行った。
翌日、研修の担当者から足場の組み立ての研修を受けるようにとの話があった。
倅は早速重役が手をまわしてくれたのだと思い有難いと思った。
作業着に着替え研修の担当者に連れられて建設現場に向かった。足場を組む作業は鳶の職人が担う。その
しかし職人たちの反応がやけに白々しい。
「鳶さんは概ねそんなもんだよ。まぁ頑張れよ」
研修の担当者はそう言って倅の肩を叩いて帰って行った。
その場から少し離れた所にいた何人かの職人たちは倅の方を見ながら何やらひそひそ話をしている。その視線が異様に冷たいと感じた。
「もしかして俺のことを見たって人がこの中にいるのか!」
疑心暗鬼になった。
「高い所は大丈夫か?」
鳶の頭がやや強い口調で聞いた。高所は余り得意ではなかったがそう答えることなどできる筈もない。そう考えて倅は黙って頷いた。
「お前、声が出せないんか! ちゃんと返事をせんかい」
叱責のようにも取れる強い物言いで頭が言った。
「俺は好きでここに来たんじゃない!」
倅はそう叫びたがったがそこは一応堪えた。しかし表情は赤みを帯びその反抗する気持ちが頭に伝わってしまった。
「こっちは忙しいんだ。本来お前なんかに付き合っている暇は無いんだよ!」
突き放すように言った。
「おい! こいつに資材の担ぎ上げを指示してくれや」
少し離れたところにいた職人に頭の指示が出た。いきなり資材を担いで足場を上らせるようだ。
ニヤッと笑った職人が近づいて来た。
その後は試練としか言いようのない作業内容だった。何度も何度も重い資材を担いで足場を上がっては降りるを繰り返した。
「なんで俺はこんなことしなくちゃいけないんだ」
倅は途方に暮れた。
「いいか。特にこの
一人の職人が言った。もしこれが抜けたら足場全体が崩れ大事故になるという。それを聞いた倅は下を見た。
「ううっ! た・か・い」
ここから落ちたら必ず死ぬと思った。足が震えた。
やっと昼の休憩時間となった。職人たちはそれぞれ持参の弁当を開けた。職人たちはもくもくと箸を運び食べ終わるまで余り会話を交わすことがなかった。
倅は当然のように職人たちの近くでこの時間を過ごすことなど出来ない。少し離れたところから職人たちの方をちらちらと見やった。すると寡黙だった職人たちが何やらまた倅の方をちょこちょこ見ながらひそひそ話をしているように見えた。
「また俺のこと何やら言ってやがる」
不安感がどんどん募って来る。
「よぉ こっちに来て少し話でもしないか!」
職人の一人が大きな声で倅に声をかけた。
「火付けのことを聞かれる!」
倅はそう直感した。
倅は首を振ってその場から一人で組み上げ途中の足場を上って行った。
倅は何故だか職人から注意された
「俺は放火犯として逮捕されるのも時間の問題だな!」
倅の思いはそこまで行ってしまった。
「くそっ!」
倅は何を思ったか、楔のある資材を思いっきり蹴り上げた。
すると何ということか、楔が抜けてしまった。と、何故か同時に突風が吹き足元が大きく揺らいだ。
「うわぁっ!」
倅が大声を上げた。やがて足場は大きな音を立てて崩れ出した。職人たちはその光景になす術がなかった。
これは事故なのか・・・ 自殺なのか・・・
結局現場検証では判断が出来ず、事故扱いとなったのである。
「絶対にあの
警察からの事情聴取に職人はそう証言した。
「重役から自己中の彼に社会人としての教育を厳しめにしてやって欲しいと頼まれまして。それで一寸きつい仕事をさせました」
営業の職にあるものが何故この作業をしていたのかとの問いに鳶の頭がそう答えた。
職人達は火付けのことを知っていたのではなかった。しかし彼らの対応ぶりで倅は窮地に落とし込められていったのだった。
重役の計画は完璧だった。
「思った以上に上手くいった。奴は虫けらの単なる捨て駒だ。もうこれで何一つ証拠は残っていない」
重役はほくそ笑んだ。ひと一人の命など何とも思っていないようだった。
それにしても何故こんな手の込んだことをしたのか。そこには底知れない重役の執念が渦巻いていたのだった。
続・八幡戦士(HACHIMANSENSHI) やまのでん ようふひと @0rk1504z7260d7t
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