第17話 奈落へ その1

 建設現場では鉋屑かんなくずなどの廃材が大量に発生するためそれらを収集する大きなごみ箱が設置される。廃材は毎日の作業終了時にそこに集められ、満杯になると処分場へと運ぶ。また建築資材である木材などは一元的に管理するためこの収集場所近くに積み上げられていることが多い。燃料の保管も然り。

 和菓子屋の倅が関わろうとしている集合住宅の建設現場もこのような状態だった。重役はここに目を付けた。

 重役のその計画とは・・


 廃材が満杯になった時点で収集場所を「火事にする」だった。

 その為この収集場所に火を点ける方法をいろいろ画策したが勿論足がついてはいけない。そこで思い至った方法は、高温を発する照明器具を取集場所の中で点灯しておくというものだった。そうすれば鉋屑などに火を点けることが出来る。一旦火が付けばその火力は相当なものになる。そして近くに保管されている建築資材や燃料などにも燃え移る。つまり大火災になる・・・と。

 その結果として建設中の集合住宅が燃えてしまえば、不正な施工の証拠がなくなり、更に火災保険も受け取れる。燃えた集合住宅は解体し保険金で新たな集合住宅を建設する、というものだった。

 重役は倅に懇願するように話を続けた。

 これで会社は潰れないで済む。この役は「君にしかできない」とまた耳元でささやかれた。そして最後にこの計画がもしばれでもしたら、それこそ二人ともただでは済まない。つまり犯罪人になってしまうと。だから誰にもこのことは絶対に言うなと何度も何度も念を押された。

 計画を打ち明けられた和菓子屋の倅は、自分が火付け役をするのかとの思いから体が震えた。頭が真っ白になって暫く言葉が出なかった。しかし重役から何度も言われた言葉に自らを奮い立たせた。


 決行日は二日後だった。

 その当日、重役から言われたが儘に建設現場に行き建設中の集合住宅が火災になるよう仕掛けを施した。

 指示された準備が完了し、後は照明器具のスイッチを入れるだけだ。

 スイッチを見つめた。

 躊躇ためらう気持ちが沸いて来た。暫くそこでボーッとしていたが突然重役の言葉が脳裏に蘇ってきた。と、我に返ったようにスイッチを入れた。倅はすぐさま物陰に隠れるようにして、後は事の成り行きを見守った。

 やがてもやもやと白っぽい煙が立ち上がった。

「やった!」

 大事をやり遂げた達成感から大きな喜び感が沸き、興奮した。

 火は瞬く間に大きな炎となって周りの物にどんどんと燃え移る。

「すっげーっ!」

 間もなく燃料に引火して爆発が起こった。

「やべ!」

 先程の歓喜の興奮は一瞬にして消え去り、恐怖心に駆られた倅はその場から逃げ出した。わき目もふれず一目散に走った。暫く走って息が切れそうになって現場の方を振り返った。倅の目に映ったものは集合住宅全体が炎に包まれている有様だった。

「とんでもないことをしてしまった!」

 そう思ったが、既に後の祭りである。体全体がブルブルと震えているのが分かった。


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