第16話 因果応報 その2

「和菓子屋の倅はこいつらにうまく話しに乗せられて、誰もやりたくないことをやらされた。でもそれがうまくいって倅は有頂天になった」

「それなら何も・・」

 倅の死に疑問が深まった。

「しかしその案件には裏があって、それが暴露すると結局その責任を倅が取らされされることになった。実はその暴露も計画の中にあったようで、挙句倅はとんでもなく追い込まれて通常の判断が出来なくなって、常識ではありえないミスを犯したというか故意に起こしたというか、まだそこはよく分からないが、建設現場の足場の崩落事故が起こり、それに巻き込まれた・・・? 

 そんなところかな」

 神妙な顔つきでヒンジが言った。

「なんだか複雑そうですね。では自殺の可能性もありなんですか?

 それにしてもその首謀者ってやつは相当の悪ってことですよね!

 ところで先生に一つお聞きしたいことがあるんですが」

 バンが父親を連れてきた時の案件について尋ねた。

「ああ、そのことか・・・」

 ちょっと言い渋った。少し間が空いた。でもそこは話しておいた方がいいと考え口を開いた。

「あの時に千手さんからあの倅の在り様は『虫けら』だと言われたんだ」

 続けて虫けらは紗々の動の対象となるとも付け加えた。

「その紗々の動とは如何なるものなのでしょうか?」

 初めて聞く言葉に二人は興味を持った。ヒンジは雪が降ったあの山での話を聞かせた。

「二人に改めて言っておくが、この動はあくまでも本尊が担う分野であることを忘れるなよ」

 二人は大きく頷いた。そしてバンがまた倅の死について呟いた。

「やっぱり天罰が・・・」

「それは口にしない方がいい。人の不幸に関することだからね。

 ことの在り様を現実のものとして認識すればいいんだ」

 バンは父親と同じことをヒンジに言われてしまったと、うな垂れた。

「まだ修行が足りなかったな・・・」

 バンが呟いた。

「これ、悪霊の気配を感じる」

 目つきの変わったヒンジがそう発すると、そこにいた全員に緊張感が走った。


 時は3週間程遡る。

 和菓子屋の倅は知り合いから紹介されて、地元大手建設会社の営業の仕事をすることになった。ただ社員として採用されたのではなく請負という形だった。そのためノルマを課せられることはなかったが完全歩合制であるため契約が取れなければ収入は勿論ゼロである。それどころか経費は自分持ちのため収支はマイナスになってしまうのだ。

 この業界の仕事は初めてだった。従って知識も殆どなく、そのような状況で営業などできる筈がない。そのためその会社の営業職を長年務めている社員の下で暫く研修することとなった。

 和菓子屋の亭主はこのことを大層喜んだ。

「自分本位で人付き合いの悪い倅が営業を勉強すれば、それを克服できるかもしれない・・」と。

 淡い期待だった。おまけにそこに仕掛けられた罠があることなど知るよしもなかった。


「失礼するよ」

 和菓子屋の倅が営業課の執務室で営業社員からレクチャーを受けている最中、小太りで眉間に深い皴の入った一見偉そうで怖そうな面持ちの五十がらみの男性が入って来た。

「実は君を見込んで頼みたいことがある。これは君にしか頼めないことなんだ!」

 重役が突然現れたことに営業社員はびっくりして慌てて起立し最敬礼をした。そして倅に声掛けをした人物が重役であることを伝えると、またその重役に深々と頭を下げたのである。

 倅はその光景があまりよく理解できないでいた。

「何でしょう?」

 きょとんとした表情で軽い反応を示した。

「一寸ここでは話せないことなんだ。場所を変えようか」

 突然のことで状況を把握できない倅は一寸不安な気持ちもよぎったが、営業社員の対応ぶりが尋常でない会社の重役からの誘い。しかも「君にしか頼めない」との言葉に何故だか意味不明のまま嬉しさが込み上げて、その重役の後に付いて行った。重役の後ろを歩きながら倅は考えた。

「重役という大層偉い人が俺のこと知っててくれたんだ。おまけに俺のことを買ってくれているなんて、まるで夢のようだ。やっぱり勤めるならこういう会社でなくちゃ!」

 倅は浮足立った。


 小さな会議室のような部屋に連れていかれた。

「これは君だけに話すのだが、実は当社は今経営の危機に直面しているんだ」

 重役はそう切り出した。

「このことは社員とか部外者には絶対内緒なんだが、秘密は守れるか?」

 低く小さな声で耳打ちするような話し方だった。

「俺を評価してくれている!」

 倅は顔には出さなかったが興奮する感情を覚えた。軽く頷いた倅に重役は核心に触れることを話し出した。

「郊外に都市開発のためのニュータウンを建設していることは知っているな?」

 営業を指導してくれている社員からそれとはなしにおぼろげにだが聞いていた。

「はい」

「そこには今あちこちから注目を集めいている近代的な集合住宅を建設している最中なんだが、大変まずいことが起こってね・・・」

「何ですか? それ・・」

 重役はわざと口ごもって間を開けた。

「言いにくいことなんだが、設計と違う施工をしてしまってね・・」

「違うって、何を違えたんですか?」

 聞いても訳が分からないだろうとは思ったが聞き返した。

「鉄筋が図面で指定されたものより細く、おまけに本数もかなりうろ抜いてしまったようなんだ。更に洗浄していない海砂を使用してしまってね・・」

「意味がよく分からないのですが・・」

 倅は正直に反応した。

「そうだよな。でも君は意味なんか分からなくてもいいんだ。ただこのことが世間にばれたら会社の責任が追及され、結果として会社が潰れるかも知れない。どうしてもこれだけは避けたい。それほど重大な案件なんだよ」

 重役はうな垂れるようにして力なく言った。

「分かります。それは分かります。自分が重役のお力になれるのなら何でもします。言ってください。自分は何をしたらいいのでしょうか?」

 会社との契約をしたばかりの自分のことを評価してくれて、他の人に漏らしてはいけない重要な案件を打ち明けてくれた。この重役はとんでもなくいい人だと思えた。そして何とかこの重役の役に立ちたいと思ってしまった。

 倅がはかられた瞬間である。


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