第5話 1+1+1=1
奥に進むにつれ、静けさが増していく。俺の耳に届くのは、岩肌がゴツゴツとした歩きにくい道を歩く音。鉄で作られた防具と布が擦れる音。腰につけたランタンが防具とぶつかり合う音。そして、背後を歩く仲間の足音。
「止まれ」
俺は背後に手を伸ばし足を止める。聞こえていた音が鳴り止み、辺りを静寂が包み込む。ランタンや魔法で周囲を照らしていなければ一寸先も見えぬであろう闇が、静寂と共に俺たちに襲いかかる。
「見えるか、アキ?」
俺が指を指し示す前方、一方通行だと教えられたはずの洞窟内が明るく照らされている。背後で足を止める仲間に声をかけると、『見えるで〜』と場に合わない呑気な声で返してくれる獣人族のアキ。
「ナツキは?」
もう一人の仲間、魔法使いのナツキにも声をかける。
「み、見えます! 見えてます! 見えてますから! だ、だから、この紐解いてくださいぃぃ……!」
震える声で俺の問いに答えるナツキ。
というか、この紐ってなんのことだ? あっ、もしかして俺たちの『絆の糸』のこと言ってんのか? これをもし手放せば、ナツキを洞窟に一人残すことになる。ナツキは大切な仲間だ。そんなこと絶対にするもんか。
「やつはこの先にいるはずだ。いくぞっ」
手にしていた絆の糸を強く握り直し、俺たちは奥へと駆けて行く。進むにつれ闇は消えていき、壁にかけられたランタンの灯が辺りを温かく照らす。
ガチャガチャと激しく音を鳴らしながら等間隔にかけられたランタンの道を抜け、俺は足を止め息を整える。
細長く伸びていた道はドーム場に大きく開き、目の先には小さな湖と表現できるほどに広がる水。周囲の気温が一気に下がり、俺は絆の糸を再び強く握り直す。
「ん? げっ! あんたは……!」
会いたくない奴に会ってしまったみたいな表情を浮かべる一人の女性。透き通るほどに肌は白く、一度見たら忘れることのできない青紫色の唇、額に生える立派な一本角──
「お前だな? ここ近辺で悪さしてるっていう魔族は」
「そのセリフ前に聞いたわ! もしかして、初めて会いましたのやつ本気にしてるの⁈ キモッ! マジでキモいッ!」
自身の身体を抱き寄せ、気味悪がる魔族の女。俺たちは初めて出会ったはずだ。なのに『そのセリフ前に聞いたわ!』ってどういうことだろうか? あと、なぜ俺はキモいキモい言われているのだろうか? 不思議で仕方ない。
俺は魔族の女の足元に視線を落とし、ゆっくり、ゆっくりと視線を上げていく。
視線が重なる。女が警戒心をさらに強める。
「なんでまた来たの⁈ ねぇ、なんで⁈ マジでキモい! あと、マジマジと私の身体見るな! ほんとキモイんだけど!」
キモイキモイと精神攻撃を連発してくる魔族の女。もう戦いは始まっているということか。
数々の死戦を潜り抜けてきた俺だから耐えられているが、一般の男性であればここでもうお陀仏だろう。やはり魔族は恐ろしい。格上の相手だ。こちらも初手から全力で行かせてもらう!
「おっぱい!」
俺は力強く叫ぶ。洞窟内に俺のおっぱいが反響する。
静まり返る洞窟内。なぜか目を見開き俺を見つめてくる魔族の女。俺の支援魔法を喰らい、動きを止めている! このまま手を緩めずに……!
「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
俺は何度も何度も支援魔法を唱える。魔族の女は、俺に負けじと『キモッ!』と大きな声で攻撃魔法を仕掛けてくるが、その程度の魔法、俺には効かんぞ。
「なにこいつ⁈ マジでキモイんだけど! なんでいきなりおっぱいおっぱい言ってんの⁈ 今まで来た冒険者の中で一番キモい! ダントツでキモい!」
「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
「やめろ! いつまでおっぱいおっぱい言ってんだ! 年頃男子だからって許されると思ってんのか⁈ 許されるわけねぇだろ! さっさと口閉じろ!」
「おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
「あんたもしかして、私の胸見て言ってる⁈ そうだ、間違いない! 明らかに視線が私の胸見てるもん! 私を倒した後に色々と楽しむ気だわ! いやぁぁぁ! キモいキモいキモいぃぃぃ!」
支援魔法なのになぜかダメージを受けている魔族の女。よくわからんが、奴が動きを止めている今がチャンスだ。もう充分力は溜まっただろう。
「いけっ、ナツキ! 世の平和を乱す魔族を、懲らしめてやれぇぇ!」
勢いよく絆の糸を前へ引っ張る。……あれ? ナツキってこんなに軽かったっけ? まるで空気を引っ張っているようだ。いやいや、あいつは華奢な身体に似合わんおっぱいの持ち主だ。これほど軽いわけが──
「……あれ?」
絆の糸へと視線を向ける。どうしてだろう? あれほど強く結んだはずなのに、なぜか地面に力無く垂れ下がっている。
「アキィィィ!」
もう一人の仲間を鬼の形相で睨みつける。可哀想だからと、また甘やかしたのかこいつは!
恐ろしい顔を向けられたにも関わらず、相変わらずの呑気な顔で『ちゃうちゃう』と言いながら頭を左右に振る。
アキでなければ一体誰が? 紐は解けぬほど硬く結んだはずだ!
俺は大慌てで垂れ下がる絆の糸を回収する。糸の先が黒く焦げている。まだほんのりと温かい。まさか、あいつ……!
「炎魔法で、焼き切ったのか……⁈」
この俺が魔法の発動に気づくことができなかった……つまりナツキは、呪文を詠唱せずに発動させたことになる。バカな! 詠唱無しで魔法を発動させるなど、限られた人間にしかできぬ芸当! それを、あのクソ汚ねぇプライドを持つナツキが……⁈
「あんた、また見捨てられたの?」
魔族の女が攻撃魔法を唱えてくる。またとは一体どういう事だ? 俺とあの人は初対面なのに。
「もしかして、どなたか別の方と勘違いしてます?」
「してねぇよ! 間違えるわけねぇだろ! いい加減にしろよ、お前! 私をバカにしてんだろ!」
「バカになんてしてませんよ! あなたがよくわかんない事言うから! あと、俺は見捨てられてません〜! ほら、俺の後ろちゃんと見ろ! 獣人族の女の子が──」
いない。いるはずのおっぱい大きい可愛い獣人族の女の子がいない。おかしい……おかしいぞ……!
「貴様、俺に幻影魔法を──」
「使ってないわ!」
鋭いツッコミが洞窟内に響き渡る。幻影魔法を使われていないとすれば、アキが突然姿を消したことに説明がつかない! 一体なぜ⁈ アキはどこに⁈
「ナッちゃ〜ん。一人で洞窟ん中歩き回るんは危ないで〜。私が側で守ったるから待ってや〜」
細長く伸びる道からアキの声が響いてくる。なるほど、アキの言う通り。女の子が一人で洞窟内を探索なんて危ないもんな。アキは仲間思いのいい奴だ。
「おっぱい星人、あんた他の仲間にも見捨てられ──」
「見捨てられてないわ! 聞こえなかったのか⁈ アキは一人逃げた仲間を心配して追ってくれている! 決して俺を見捨てたわけではない!」
「つまり、おっぱい星人のあんたのことは心配してないと」
「違う! 俺は強いから一人でも大丈夫という……というか、おっぱい星人言うな! あれは支援魔法だ! 魔法の一種だ! 勘違いするな!」
指を指し力強く発言する俺。
劣勢に立っていたはずの魔族の女が、余裕の笑みを浮かべ始める。
「ふーん、勘違いねぇ〜。つまり、あんたは仲間に見捨てられてないと」
「そうだ! 見捨てられてない!」
「おっぱい星人ではないと」
「そうだ!」
「強いから一人でも大丈夫と」
「そうだ!」
力強く発言する──言い終わると同時に、細長く伸びる道の入り口が青黒い炎に包まれる。
「あんたは強い。仲間に見捨てられてない……つまり、あんたは一人で私を倒しに来たと。そういうことでしょ? ハルトくん……!」
「え? あ、いや、それはその……」
魔族の女の両手が青黒く燃える。俺の額から、汗が滝のように流れ始める。
「おっぱい星人のハルトくんは強いんだもんね〜? 仲間に一人にされても大丈夫なくらい強いんだもんね〜? 強いから、もう逃げ出したりはしないよね〜?」
「……あの、申し訳ないのですが、この後用事がありまして──」
「二度目はないわよ……! このおっぱい星人がぁぁ!」
目をカッと開き、次から次へと青黒い炎が投げつけられる。
俺は新調した防具と武器を投げ捨て強く地面を蹴り、入り口を塞ぐ炎を駆け抜ける。裾を焼く炎を走りながら消し去り、俺は後ろを確認することなく走る走る走る。
「ちくしょうがぁぁぁ! 仲間増えても俺一人じゃんかよぉぉぉ!」
俺を見捨てた仲間たちに聞こえるよう大きな声で洞窟内に響かせる。
俺の思い、仲間たちに届くといいな。いや、届いてもらわないとこの先も同じことを繰り返すだろう。
冒険者ハルト、まずやるべきことは世の平和を乱す魔族を倒すことではない。
パーティの見直し、そして『仲間を見捨てない』という当たり前のことを仲間たちに叩き込む、教育だ。
仲間はいるのに仲間がいない⁈ きとまるまる @kitomarumaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます