第3話 二度あることは三度も四度も何度もある


「よかった……! 私、捨てられないんですね……!」


 安堵の表情を浮かべ、涙を手で拭うナツキ。泣きたいのはこっちだよ、こんちくしょう。

 どうやらナツキは『仲間を集める=自分は用済み。さようなら』と勘違いしたらしく、あのような行動に出たのだそうだ。まず行動する前に説明しろこんちくしょう。あと逃げ出す時もな。


「もっと安心しろ。感謝しろ。俺じゃなかったら捨てられてるぞ、絶対」


 捨てるという単語に反応して、ナツキの瞳がまたも潤みだす。背を向け、俺たちのことが見えてないはずの高身長女性冒険者が歩みを止めて鬼の形相で俺をまた見つめてくる。


「他のやつは見捨てるかもしれん! だがしかし、俺は絶対にお前を見捨てたりはしない! 安心しろ、ナツキ!」


 必要以上にデカい声でナツキに伝える。これ以上両頬を腫れさせるわけにはいかん。

 高身長女性冒険者さんに『こちらは大丈夫ですよ!』という思いを込めたニコニコ笑顔をお届けする。なぜか唾を吐き捨てられる。なぜだ? あっ、背を向けた。よし、鬼は去った。

 一つ大きく息を吐き出す俺。ナツキに視線を戻すが、捨てないと言い聞かせたというのに表情は曇ったままだ。


「どうしたんだよ? まだなんかあるのか?」


 ナツキは顔を俯かせたまま、拾ったリンゴを詰め直した紙袋を強く抱きしめる。もし不満があるなら早めに言って欲しい。これ以上俺がダメージを受けるのはごめんだ。


「……私、やっぱりダメなやつですよね」


 小さな声で、言いづらそうに言葉を呟く。


「そんなことねぇって。ナツキはナツキで頑張ってるよ。ほら、そのりんごも、俺が帰ってきた時に疲れてるだろうからって思って買ってくれたんだろ?」

「は、はい。あと、私が食べたかったので……」


 それは今言わなくていいんだよ。


「ナツキだって、色々と考えて仲間のために行動してくれてるじゃんか。だからさ、そんな落ち込むなよ。何も言わずに逃げ出すのはダメだけどな。何も言わずに逃げ出すのはな」


 大事なことなので二回言っておく。これで伝わってくれればいいのだが。


「ハルトさん、ありがとうございます。やっぱりハルトさんは優しくていい人ですね」


 顔を俯かせたまま、ナツキは言葉を続ける。


「私、ドジばっかりのダメダメなやつなんで、運良く仲間にしてもらえても、すぐ捨てられてばっかりで……」


 ドジとかじゃなくて戦闘から勝手に逃げ出すからだぞ。


「周りからも『可愛いだけ』とか『置物』とか『可愛いだけ』とか『可愛いだけ』とか、散々な言われようで……」


 みんな思ってることは一緒なんだな。


「だからきっと、優しいハルトさんに見捨てられたら、私……わたしぃ……」

「泣くな泣くな泣くなって! 俺は絶対に見捨てないから! 安心しろ! な!」

「ハ、ハルトさぁぁん……!」


 慌ててナツキの潤む瞳を手で拭い、紙袋からリンゴを一つ取り出して食べさせる。

 シャリシャリと食欲をそそる音を発しながら笑顔で咀嚼するナツキ。さすが可愛いだけの置物と言われるだけのことはある。実家で飼ってる愛犬のペロを思い出すな。

 実家の愛犬を思い出した俺はナツキの頭を優しく撫でる。『にへへ……!』と嬉しそうな笑みを浮かべ、また一口りんごを齧る。まぁこんな可愛いことしても、逃げ出した件はチャラにならんがな。


「よし、そろそろ酒場に行こう」


 俺は撫でた後に軽く一発ナツキの頭を叩く。

『あぐっ』とまたも可愛らしい反応を見せるが、俺は気にせず酒場へと歩みを進めた。

 俺に遅れないようにと後をついてくるナツキ──躓き、拾い集めたばかりのりんごをまたも豪快にぶちまける。


「あ、あぁぁぁ⁈ ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!」


 あわあわと四方八方に転がっていくりんごを拾い集めるナツキ。こんなことでは怒りなど湧いてこない。むしろ可愛く見えるさ。


「この程度では怒んないから。安心しろ──」

「つ、次からはこんなしょうもないミス起こさないようにします! しますから! だから、見捨てないでぇぇぇ!」


 泣きながらリンゴを拾う目の前の少女──嫌な予感しかしない。

 俺は恐る恐る背後を確認する。鬼の姿は見えない。よかった。流石にもう来ないか。


「おい」


 背後に向けた顔を、ゆっくり、ゆっくりと戻していく。腕を組み、俺を睨みつける鬼の姿。

 俺の目から一雫の涙が零れ落ち、俺は宙を舞った。






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