事件後の穏やかな時間

 東ワパール共和国の秋は国家行事から地元の小さな祭りまで、最も祭典が執り行われる季節だ。

 コルセリート家が領主を務める地元も例外ではなく、頻繁に祭りが開催されていた。

 アイリーは地元の伝統的な祭りに出席する時の服装を決めるため、メイドのカティアと執事のハルヤを呼び出した。


「このドレスを着てみたいわ。カティア」

 アイリーの部屋に訪れたカティアに向かって、アイリーはいきなり桃色のワンピースドレスを見せつけた。虚弱体質のメルディが着ていただけあり、ドレスがだいぶ細身の作りになっている。

 カティアはしげしげとドレスを眺め、アイリーに疑問を投げる。


「アイリー様。このようなドレスお持ちでしたか?」

「お母様の部屋にあったものよ。お母様の着たドレスで出席したいわ」

「しかし……いえ」


 カティアは一瞬だけ嫌な予感が過った顔をしてから、すぐに真顔に戻った。

 しかしアイリーはメイドの表情の変化を見逃していない。


「さっきの微妙な顔はなに、カティア?」

「なんでもございません」

「わたくしではこんな細身のドレス着れないと考えたでしょう?」

「いえ、決してそのようなことは」


 アイリーの疑う目にカティアは目線を逸らして否定した。

 まあいいわ、とアイリーはカティアへの追及をやめてハルヤへ視線を移す。


「ハルヤはどう思う。このドレスわたくしに似合うかしら?」

「はい。お似合いでしょう」


 背中閉まらないだろうな、とハルヤも内心では思ったがアイリーが挑戦する姿を見たくてあえて請け合った。

 ハルヤの受け答えにアイリーは満足げな笑みを浮かべる。


「似合うならなおさら着たいわ。手伝ってくれるかしらカティア」

「わかりました、アイリー様」


 返事を聞いたアイリーは、カティアを連れてクローゼットへ向かった。

 ハルヤはクローゼットの外で待機する。

 痛い。痛いですわ、とか、それ以上は生地が傷みますアイリー様、とか、ぜんっぜん背中閉まらないですわ、とか騒がしい声が漏れ聞こえ、挙句にクローゼットからアイリーが申し訳なさそうな顔だけを出した。


「ハルヤ、もう少し待ってちょうだい。絶対に着てみせるわ」

「お嬢様。頑張ってください」


 クローゼットの中での騒ぎを想像していたハルヤは、ニヤニヤを隠すために微笑んで励ます。

 頑張るわ、とアイリーは意気込んで再びクローゼットに戻り扉を閉ざした。

 わたくしにはこれがありますわ、という希望に満ちたアイリーの声や、一番細いところまで閉めるのよカティア、という指示する声や、閉まりそうになかったら勢いよく引っ張るのよ、と助言する声がクローゼットの中から漏れ聞こえてくる。

 ハルヤはニヤニヤが止まらずクローゼットから顔を逸らして口に手を当てていると、クローゼットの扉が開き、アイリーとカティアが出てきた。


「どうハルヤ?」


 アイリーはそう言って、ハルヤの前で胸を逸らし気味に全身像を見せた。

 コルセットを着用しても若干ドレスの生地が突っ張っていたが、ハルヤは着こなせていると思い込んでいるアイリーが微笑ましくて、わざと両手を合わせて頷く。


「やはりお似合いです、お嬢様」

「そうでしょう。頑張ればお母様のドレスだって着られるのよ」


 ドレス着るのに頑張るっておかしくないか、とハルヤは疑問を覚えたが、アイリーの執事として私情は抑えて笑みを絶やさない。


「当日はこのドレスにするわ。手伝ってくれた二人には感謝するわ」

「アイリー様のためですから」

「お嬢様のお望みならば、いつでもお手伝いします」

ハルヤとカティアも恐縮するように礼の言葉を受け取った。


 着替え終えてうっとりとアイリーが姿見で自身の姿を眺めていた時、部屋の外からドアをノックする音が聞こえてきた。

 カティアがドアを開けて出迎えると、カナリアが緊張した面持ちで立っており、もじもじと視線を落とした。

 カナリアはアイリーの誘拐事件後に父セルシオが行方不明になり、以来セルシオの兄でありコルセリート本家当主であるオルダンの邸宅で暮らしている。

 そんな不幸のあったカナリアだが、コルセリート家の一員として式典に出席することになり、細身な身体に似合う直線的なデザインで水色のバブルドレスを着ていた。

 上目遣いにカティア越しのアイリーを見て口を開く。


「あの、ドレス選んだんけど、どう、アイリーお姉さま?」


 ドアを潜らずに尋ねるカナリアを見て、カティアが笑い掛ける。


「カナリア様。遠慮せずに部屋に入っていただいて構わないですよ。そうですよねアイリー様?」

「こっち来なさい、カナリア」


 カティアに水を向けられたアイリーは、目顔で部屋の中へカナリアを促した。

 恐れ多いという歩みでカナリアはドアを潜り、アイリーの前まで出てくる。


「お姉さま。ど、どう?」


 そう訊いてアイリーの表情を仰ぐ。

 アイリーはカナリアのドレス姿、とくにすらりとした胴部分を無言で見つめた。


「……うーん……」

「あの、お姉さま。お、おかしいですか?」


 アイリーの微妙な反応に、カナリアは不安そうな目になる。

 しばらくカナリアのドレス姿を眺め、急に柔らかい笑顔を浮かべた。


「とても似合っていますわよ、カナリア」

「ほんと、お姉さま?」

「自信もっていいですわよ」


 細いウエストへの羨望は押し殺して、アイリーは太鼓判を押す。

 褒められたカナリアは満面の笑みではにかんだ。


「えへへ、嬉しいお姉さま。お姉さまほどじゃないけど、少しはお姉さまに近づけた」

「カナリアだってコルセリート家の血筋ですもの。卑下することはないですわ」

「うん、お姉さま」


 大好きなお姉さまからの賛辞に溢れんばかりの笑顔を見せた。

 アイリーの方も素直に喜ぶ妹分のカナリアを、愛らしさを感じている目を返した。

 アイリーとカナリアの令嬢二人の談笑を部屋の隅で見ていたカティアは、近くに立ち同じ方向を眺めているハルヤの肩をつつき小声で話しかける。


「見比べて気付いたんだけど、カナリア様の方が細くない?」

「だな。コルセットで締め付けてるにも関わらず」

「カナリア様の方がすんなりメルディ様のドレスを着こなせそうなんだけど」

「それ以上は言うなよ」


 触れちゃいけない事実の発覚に、ハルヤは口の前に指を当てて釘を刺した。


 

 後日、百年以上続く伝統的な地元の式典に来賓としてアイリーは出席していた。

 アイリーの麗しい姿はかつてのメルディ夫人を彷彿とさせ、アイリーは式典の参加者たちから注目の的になった。

 気品溢れる笑みで周囲の讃美に応えるアイリーだったが、内心は相も変わらずコルセットの息苦しさに苦悩していた。

 そしてアイリーの左右に仕えるカティアとハルヤは、上品な物腰をするアイリーに口元が緩みそうになるのを必死に堪えながら思った。


 プロポーション詐欺するお嬢様(アイリー様)が可愛くて仕方ない!


 コルセリート家には日常が戻ってきた、と言っていいだろう。

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プロポーション詐欺するお嬢様が可愛すぎて仕方ない! 青キング(Aoking) @112428

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