母親の真実3

「お父様!」


 送迎車を降りたアイリーは、出迎えたメイドを通り過ぎた勢いのままオルダンの執務室へ駆け込んだ。

 領主として様々な書類の認可をしていたオルダンは、部屋に踏み入ってきた娘の怒りの形相に平然とした顔を向ける。


「どうしたアイリー。何か用か?」

「何か用か、じゃありませんわ。ハルヤとカティアから聞きましたわよ」


 具体的な話をしていないがオルダンは娘の言葉で察したらしく、書類を触っていた手を止めて椅子から立ち上がった。

 執務机を回りアイリーの前まで歩み寄ってくると、意味ありげに微笑みかける。


「メルディに関することだろう。信じられないんだな?」

「お母様がわたくしに嘘をつくはずがありませんもの」


 自信たっぷりにアイリーは言い切った。

 オルダンは静かに娘の言を聞き受けてからニヤリと口角を上げた。


「アイリー。君が言えた口かね?」

「どういうことですの、お父様?」


 尋ね返すアイリーにオルダンはじっと視線を送った。

 アイリーは父親の視線が自分の顔ではなく胴部分つまりはお腹辺りに見ていることに気が付き、慌てて腹部に腕に巻きつけて身をよじる。


「ななななな、なんですのお父様?」

「そう動揺するな。ハルヤから全て事情は聞いている」

「ななななな、なんのことですの?」

「コルセットで外見を細く見せていたのだろう。可愛い奴だな」

「……うぅぅ」


 愉快そうに笑い掛けてくるオルダンに対してアイリーは涙目になった。

 顔に笑みを浮かべたままオルダンはアイリーの胴部分を指差す。


「現にアイリーはコルセットで俺の目を欺いていたのだろう。ならばメルディが似たような手口を使っていてもおかしくはない」

「ズルいですわ、お父様」

「それに俺はメルディの夫だぞ。アイリーが生まれる前からメルディと愛していた俺が、妻の品位を貶めるようなデタラメを言うわけないだろう」

「でも、証拠がありませんわ。デタラメでないと言うなら証拠があるはずですわ」


 自身のコルセットの件まで言及されたアイリーは反撃のつもりで主張した。

 いいだろう、とオルダンは余裕の笑みを見せてアイリーの横を通り過ぎて扉へ足を進ませた。


「一緒に来いアイリー。証拠を見せてやる」

「……望むところですわ」


 虚勢を張って執務室を出ていく父親の後に付いていった。

 しばらく邸宅内を歩き、アイリーが出入りしたことない廊下にたどり着いた。

 いくつかの小部屋が連なる中、廊下の中央にひと際目立つ豪奢な作りの扉が現れる。オルダンはその扉の前で立ち止まった。


「この部屋が何かわかるか?」

「なんですの?」

「メルディが使っていた部屋だ。アイリーは入ったことがないだろう」

「……お母様の、部屋。ここにありましたの」


 初めて見る母親の部屋の扉に、二の足を踏むような緊張がアイリーの身体中に走った。

 目を見張るアイリーを尻目にオルダンはスーツの懐から鍵を取り出し、扉の取っ手傍にある鍵穴に差し込んだ。


「証拠はこの部屋の中にある。見たいのだろうアイリー」

「え、ええ。でもわたくしが入ってもいいのかしら?」


 今まで場所さえ知らなかった母親の部屋に入る許しを与えられても、急すぎて恐れ多くアイリーは躊躇した。

 変なところで臆病だな、とオルダンは呟いてからアイリーに告げる。


「いずれはアイリーにこの鍵を渡すつもりだったんだ。その時期が少し早くなったに過ぎない」

「それでは、お父様はわたくしにこの部屋を隠すつもりはないということ?」

「部屋にはメルディの形見がたくさん残っているからな。アイリーが相応の年齢になったら引き継いでもらわないといけない」

「どんなものが残っているの?」

「メルディがいた頃のままだ」


 それだけ短く答えると扉を開けてオルダンは中に入っていった。

 矢庭に緊張が高まるのを感じながらもアイリーは後に続いて扉を潜る。

 入った瞬間、アイリーの視界いっぱいに部屋の様相が飛び込んでくる。


「証拠はたしか、そこのクローゼットだな」


 オルダンは格調の高い調度品を揃えた室内の右手にある扉へ歩み寄る。

 室内を感慨深げに眺めていたアイリーは、父親がクローゼットに行くのを見掛けて慌てて追いかけた。

 その時にはもうオルダンはクローゼットの奥まで進んでおり、何かを手に持ってアイリーのもとまで引き返してきた。


「アイリー。これが証拠だ」


 オルダンは娘に肌色をしたシリコン製の薄い塊を差し出した。

 手に取るなりアイリーは目を見張る。


「お父様。これ」

「何か感じるか?」

「これですわ。お母様の胸と同じ感触ですわ」


 薄いシリコン製の塊に指を押し込んだ瞬間、これが母親の胸だとアイリーの中で確信に変わった。

 長い間使用されていないため記憶よりもひんやりしているが、アイリーには間違いようがなかった。

 手に持った胸パッドで母親との日々を思い返しているアイリーに、オルダンは勝ち誇った笑みを向ける。


「これで俺の話を信じる気になっただろう?」

「ええ、疑ってごめんなさいお父様」

「それでだ、アイリー。この鍵はアイリーに預けようと思う」


 オルダンは告げてメルディの部屋の鍵を摘まんでアイリーに見せた。


「手のひらを出してくれ」

「え、ええ」


 急に改まった父親にアイリーは胸パッドを右手にまとめて左手を空けた。

 空いた左手にオルダンが鍵を乗せる。


「これからは自由に出入りしていいからな」

「感謝しますわ、お父様」


 胸迫る感動のせいか、見た目以上に手のひらに置かれた部屋の鍵から重く感じた。

 部屋の鍵を握り、アイリーはオルダンに伺う目を送る。


「もっとお母様の部屋をいろいろ見てもいいかしら?」

「ああ、好きなようにしていいぞ」


 オルダンの許しを得たアイリーは、母親との思い出に導かれるまま部屋中を見て回った。

 知らない物を見つけては父親に尋ねるアイリーの表情は、夢の中よりも幸せに満ちていた。

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