第9話 ハウ・トゥー・ゾーンディフェンスⅢ
サッカーとは非常に複雑なスポーツである。
常にフィールド上では二十二人の選手たちが動き回り、各々それぞれの武器を活かすためにあらゆる策を弄する。
それぞれの思惑が交錯するフィールド上では、秒単位で状況が変化し続ける。
戦術において大切なことは、チームの方向性を決め、複雑な戦術をいかに簡略化出来るかだ。
一瞬の迷いは行動を遅れさせる、最悪の状況を即座に判断し、それを防ぐためには先んじて行動しなければならない。
しかし体を動かしながら複雑な作戦を考えるのは至難の業だ、単純化しなければ咄嗟の対応は不可能に等しい。
リヒャルトがチームメンバーに出した指示はとても簡略化されたものだった。
「スコールドを封じ込めろ」
エースであるスコールドは、たった一人で戦況を変えてしまうほどの力を持つ。
卓越したドリブル技術、精密なシュート精度。 文句なしで一流のプレイヤーと呼べる。
たったワンプレーで状況をひっくり返すことができる希望の光。
ではそのスコールドを封じるために何をするのか、リヒャルトが出した作戦は二つ。
一つ、自由に動くスペースを与えない。 マオを常にマンマークさせているのは、相手に気持ちよくボールを持たせないためだ。
二つ、スコールドにパスを出させない。 簡単な話、どんな一流プレイヤーでも、パスがこなければ何もできない。
そのためにパスの出し手であるサイアミーズ、ラグドール、シャルトリューを数人がかりで止めに行かせた。
他のプレイヤーはほぼ個人技だ、セーブルは唯一ポストプレーが可能だったが、彼のポストプレーを見た瞬間リヒャルトはあらかじめ用意していた策を使って封じ込めた。
既にリヒャルトが仕掛けた罠は白チームを蝕んでいた。
スコールドにプレーさせるために、白チームはみんなボールを受けたらシャルトリューとスコールドの位置を確認する。
マオがピッタリとくっついているスコールドにパスを出すのはリスクが高い、そうなると出し手はシャルトリューしかなくなる。
全員の脳裏にはボールを取ったらとりあえずシャルトリュー。 こういった意識が勝手に刷り込まれている。
蜘蛛の巣にかかった獲物のように、シャルトリューたちは今までボールを持たされていただけだったのだ。
だが今、シャルトリューの起点によりその事実が相手チーム全員に伝わった。
ここからが本当の戦いになる。 そう読んだリヒャルトはすぐさま行動に移した。
シャルトリューの提案で急遽作戦タイムを終え、リヒャルトが赤チームの二十九番、ヤマトにボールを預けると、攻撃のリズムがガラリと変わる。
ヤマトはボールを受けてすぐにドリブルを始め、白チームの中央に切り込んでいく。
咄嗟に声をかけたラグドールの指示に従い、ボール奪取が得意なペシャガルが止めに向かう。
ヤマトはチラリとペルシャガルの位置を確認すると、後一歩で追いつかれると言うタイミングで他の仲間にパスを出した。
ペルシャガルはそのままボールを追いかけようとするが、そこでシャルトリューの叫ぶような指示が飛ぶ。
「にゃにゃ! ペル! 早く戻って!」
驚いた顔で振り返るペルシャガル。
彼がヤマトのボールを取るために動いたことで、中央の防衛ラインにポッカリと穴が開いてしまっていたのだ。
そして、そこに走り込む一人の影。
「にゃあ! なんで君がそんなところに!」
そこにはありえない光景が広がっていた。
キーパー、リヒャルトがまさかのオーバーラップ。
リスクしかないキーパーのオーバーラップに、白チームだけでなく赤チームも動揺する。
「なんでって? 俺がゴールしちまえば、カウンターの心配ねえだろ?」
邪悪な笑みを浮かべるリヒャルト。
それを見たシャルトリューが必死に声を上げる。
「にゃにゃ! 全員で止めて! ファールでもいい! 転ばせてでもとめて!」
声を裏返しながら叫ぶシャルトリューの声を聞き、白チームは慌ててボールを持ったリヒャルトに襲い掛かる。
持ち味の速さを生かし、真っ先に戻ってきたベンガルトの悪質なスライディングを軽々とかわし、そのまま滑らかな足捌きで一気にペナルティエリア内に突っ込んでいく。
既に前線に走っていた攻撃陣は間に合わない。 この状況でマークに行けるのはシャルトリューとラグドールしかいなかった。
二人がかりでファールしてでも止めようとユニフォームに手を伸ばすが、リヒャルトはそれを見越していた。
必死に手を伸ばしていた二人の重心の位置を確認しながら、ぎりぎり手が届かない所で身を翻し、ラグドールの股を抜く。
「最高峰のストライカーはな、ファール覚悟でも止められねえんだよ」
冷酷な一言を告げ、無様に転んでしまう二人を一気に抜き去った。
レックスとリヒャルトが一対一になる。
キーパーとキーパーの一対一、異様すぎる光景。
もう間に合わないと足を止めてしまっていたサイアミーズやシャマイルが祈るように手を合わせるが、その祈りは届かない。
リヒャルトが振り抜こうとした足が、ボールの手前でぴたりと止まる。
思わずリヒャルトの利き足である右側に重心を傾けてしまったレックスは、目を見開いて悔しそうな顔をしながらバランスを崩した。
重心がずれ、膝をついてしまったレックスを嘲笑うかのように切り返し、リヒャルトは左足で誰も守っていないゴールを撃ち抜いた。
「今のはな、キックフェイントっていうんだぜ?」
ピクリとも動けなかったレックスが、歯を食いしばりながら地面に拳を突きつける。
二対零、圧倒的なプレイ技術を目の当たりにしたシャルトリューたちは、顔をこわばらせながら拳を握りしめる。
だが、この状況でたった一人、動揺の色を微塵も見せていない男が誰よりも早くセンターラインにボールをセットした。
悔しそうに歯を食いしばる仲間たちを虚な瞳で睨みながら、一本の指を立てる。
「すぐに取り返す。 俺に出せ」
背筋が凍るような、低い声音。
普段の可愛らしい外見からは想像もつかない気迫を纏い、ニャンクルキャットのエースはコートの中央に立っていた。
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異世界蹴球 〜ビーストリーグ〜 直哉 酒虎 @naoyansteiger
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