第8話 ハウ・トゥー・ゾーンディフェンスⅡ
どうやら俺らのチームにもうまい選手は多かったようだ。
例えばさっきゴールを決めた二十二番のメショット。
マオの話によると、彼女はボレーシュートやダイレクトシュートを得意としているらしく、ワンタッチでパスやシュートを打てる。
続いて二十九番、ヤマト。
この女猫はドリブルがうまい、と言ってもここでいうドリブルは相手を一対一で抜き去るようなドリブルではなく、中盤でボールを受けてそのまま前線に運ぶタイプのドリブラーだ。
攻撃のリズムを作ったりショートカウンターなどで非常に有効。
やはりこのチームはそれぞれ得意分野がうまく分かれていてバランスが取れている。
それだけに昨日の試合の様子を思い出すと歯痒くなる。
こいつらは必ずと言っていいほど強くなる素質が揃っているのだ。 それをうまく使えていない。
ポジショニングやそれぞれの役割がうまく噛み合っていないせいで、ぐだぐだなサッカーになってしまっている。
一点を取られたというのに相手チームの動きは変わらず、シャルトリューからのパスを適当に受けて近くにいたやつに回す。
この雑なプレーが続けば一瞬にしてボールを取られてカウンターになる。
試合が始まってたった五分にも関わらず、白チームは枠内シュートを六本打たれている。
一点目以外は完璧にレックスのファインセーブのおかげで助かっているようなものだ。
俺はシュートを弾かれた選手たちに、「キーパーの位置をよく見るように」とか「周りの味方をもっとうまく使え、慌てなくていい」とアドバイスをしていく。
そのおかげか枠内シュートはどんどん精度が高まっていき、俺らのチームはもう三分もすれば大量得点間違い無いだろう。
にも関わらず、白チームは何が起こっているのかを全く理解していない。
いや、正確に言えばシャルトリュー以外のメンバーが、状況を全く理解できていないのだ。
俺たちのシュートは全て相手のパスミスからショートカウンター。
シャルトリューはマークを気にしてペルシャガルやシャマイルなど、比較的マークが弱い味方にパスを出しているのに、そいつらが自分にパスが来た理由を全く考えず、サイアミーズやラグドールにパスを出してしまいそのボールを奪われている。
シャルトリューが一言メンバーに指示を出せばすぐに解決するのだ。
『二人はマークされているから、パスを出したら取られてしまう』……と。
しかし彼女は温厚で気が弱いのだろう、何も言わずにただただ一人で悔しがっている。
このままでは才能の持ち腐れだ。
ボールが外に出て、スローインになったわずかなタイミングで、俺は背伸びをしながら独り言を呟いた。
「あーあ、ボールキープをしてくれる味方がいれば、俺らももっと楽に攻められんのになー」
「ボールキープってなんだにゃ?」
俺の少しばかし大きい独り言に、マオが首を傾げながら問いかけた。
「パスを受けたら相手を背中で背負って、ボールを取られないように楔の役割をするんだ。 そんでパスを出したやつはパスを戻してほしい位置に移動してまた受けるっていうプレーができる。 一人そういう選手がいると攻撃陣はクッソ楽だぜ?」
こういったプレーヤーをポストプレーヤーとも呼ぶ。 中盤にほしいプレーヤーでもあるが、センターフォアードとしてポジショニングしても攻撃にバリエーションを作れる。
一人いるだけで潤滑油のように攻撃のリズムを組み上げ、多彩な攻撃を仕掛けることができる。
要は便利屋だ。
俺とマオの会話を、シャルトリューは訝しげな顔で聞いていた。 思った以上に賢いやつだ、おそらくこの一言で答えに辿り着く。
もし相手チームに、ポストプレーヤーがいればの話だが……
スローインでボールがフィールド内に戻り、俺チームが攻めている最中だったが、十四番から二十九番へのパスをペルシャガルが掻っ攫う。
俺チームからボールを奪ったペルシャガルは、すぐにシャルトリューにパスを送った。
パスを受けたシャルトリューは、ボールを奪われないよう器用にコントロールしながら眼球運動で誰かを探す。
すると、目的の人物を見つけたのだろう、瞳孔をわずかに開いた。
「にゃにゃ! セーブル! こっちに来て!」
「みゃーお! なんであたしなの?」
セーブル、未だ能力不明の二十番を呼ぶと、セーブルは首を傾げながらシャルトリューの元に走った。
意図がわからないらしく、サイアミーズやラグドールは何度も何度もパスを呼んでいる。
スコールドに関してはマオのマンマークを振り切れず、疲労ばかりが溜まっている状況。
手詰まりのこの状況を打破できればチャンスはどんどん生まれてくる。
この攻撃がうまくハマれば、白チームにとって大きな足掛かりとなるだろう。
シャルトリューは駆け寄っていったセーブルに優しくパスを出した。
俺はすかさず味方の二番に追いかけるよう指示。
するとセーブルはボールを受けながら迫り来る二番の存在に気が付き、ボールを取られないように背中をぶつけた。
セーブルは利き足をボールに乗せた状態で、背中に二番のタックルを喰らうがびくともしない。
これで確信した、あいつは間違いなくポストプレーヤーだ。
ポストプレーの重要な点は相手にボールを奪われずにキープすること、クリアボールをいち早く拾ったりすることもポストプレーと呼ばれる。
より長い時間自分たちのチームがボールを保持できるよう楔の役割を果たすのだ。
意を決した表情で、前にできていたスペースに走るシャルトリュー。
「にゃにゃ! 戻して!」
「みゃーお! なんだかよくわからないけど、はい!」
セーブルは背中に二番を背負ったままシャルトリューにボールを返すと、シャルトリューはわずかな隙間を一人でドリブルした。
いつもはドリブルなどせずにパスに徹するシャルトリューの動きを見て、白チームは目を見開く。
そして白チーム全員、そのプレーを見てようやく気がついたようだ。
シャルトリューは何かの異常を察知して、一人で解消しようとしているのだ、と。
恐らくパスを出さないのではなく出せない。 その事に気がついたサイアミーズはすぐさまボールを持って駆け上がるシャルトリューを補助しようと接近していった。
「サイアミーズ! 補助じゃない! 左サイドを駆け上がってにゃ!」
ラグドールが逆サイドから声をかけ、サイアミーズは一瞬表情を曇らせたが、すぐさまシャルトリューから離れる。
こうすればサイアミーズをマークしてる選手をボールから遠ざけることができる。
俺が指示したなんちゃってゾーンディフェンスは、サイアミーズとラグドールが自由にプレーできるゾーンをカバーするためだけの特殊な形。
故にラグドールの指摘通り、サイアミーズがボールホルダー(現在はシャルトリュー)から離れてしまうと、嫌でも大きなスペースができてしまう。
「セーブル! シャルトリューと並走するにゃ!」
続いてラグドールからセーブルに指示が出される。
それを聞いて安心したような顔で小さく頷くシャルトリュー。
感心してしまったのだが、ラグドールもプレーにこれと言った特徴はないが、相手の意図を察して的確な指示を出すことができる。 こいつはシャルトリューの相方にぴったりな存在だろう。
ここまでしてきたラグドールの指示はおよそ正解に近い。 だが、好きにはさせない。
「ポジション変えるぞ! パターンCだ!」
俺の合図を聞き、チーム全員が小さくうなづいてポジションを変える。
サイアミーズをマークしていた選手たちが位置を大きく変えていくことで、大きく空いたスペースは埋まってしまった。
空いたスペースをドリブル突破しようとしていたシャルトリューは一度止まって様子を見る。
ラグドールはシャルトリューの反対サイドに陣取りながら敵の陣形が変わった事に気がつき周囲を観察し始めた。
シャルトリューとラグドールが視線を忙しなく動かしながら、時たま二人でアイコンタクトをかわす。
おそらくこの二人は何が起きているのか分かっている、しかしどう指示を出せば対応できるのかがまだ分かっていないのだろう。
しかしずっと止まっていれば、それこそ相手にボールを取られてしまう。
とりあえずといった形で、ようやく自由に動けるようになったラグドールにボールを預けるシャルトリュー。
判断力的にこいつに預けておけばまずバカなプレーはしない。
ボールを受けたラグドールは、自分にピタリとくっつき回っていた選手がいないことを確認しながら、味方を探した。
俺チームが変更した守備陣形、はこれまた俺流に改造したゾーンディフェンスもどき。
マオのマンマークはそのまま続けさせ、今度は五人がかりでシャルトリューとラグドール(またはサイアミーズ)を捕まえるボックスディフェンスだ。
距離は先ほどよりも離れるが、俺のチーム五人がお互いの位置を確認しながら目標の二人を五角形の中に拘束する。
どちらか一方がボールを持てば、一人がボールを奪いに体をよせ、空いたスペースに別のメンバーが流動的に入っていく。
周囲の状況をいち早く察知できる選手だけを、徹底的に潰す変則的なボックスディフェンス。
こうすることで二人からのショートパスは通り辛くなる。
こうなってしまうと解決策は限られる。
一番いいのはラグドールたちを助けるために他の白チームメンバーが空いたスペースで動き回ってボールを受けることなのだが、他の選手は何が起きているか全く分かっていない。 この状況では全く頼りにならないだろう。
ラグドールは意を決し、コート中央右寄りの位置からシャマイルを狙ったアーリークロスを上げた。
アーリークロスとは、サイドから上げるクロスではなくコート中央から、ゴールへ向かって送るシュート気味のクロス。
シュート気味にゴールへ向かって飛んでいくクロスボールに、得意のジャンプ力で合わせようとするシャマイル。
しかし、そのプレイは計算の内だった。
昨日、蛇チームとの試合でシャマイルのジャンプ力とボールへのミート力がやばいと言う事は既に把握済み。
ミート力とは、シュートを打つ際、確実にボールの芯を捉える力のことを言う。 ミート力が低いと、ダイレクトでシュートを打とうとした際空振りしたり、スカってへなちょこシュートになってしまう。
その点、昨日のヘディングシュートからも分かるように、シャマイルのミート力はかなり高いとみていいだろう。
まあ来ると分かっていれば、キーパーに慣れていない俺でもシュートコースは容易に予測できる。
シャマイルのヘディングはキーパーである俺の目の前に飛んできた。
悔しそうな顔のシャマイルを見ながら、俺は何食わぬ顔でシュートをキャッチする。
「いい判断だったぜラグドール! あのままショートパスをカットされるより、無理矢理にでもシュートで終わらせればカウンターの脅威がなくなる。 これでポジショニングの強さが痛いほど分かっただろう? ま、分かってんのはお前とシャルトリューだけだろうがな」
「そうだにゃ。 モンキープーキースパンキーと試合してるような感覚になったにゃ。 ものすっごくやりずらいにゃ」
もんきー、ぴーきー? よくわからないが、どうやらビーストリーグ内にもポジショニングをしっかり考えているチームがあるらしい。
初めて聞くチームの名前だったから何を言いたいのかわからなかったが、結局のところ白チームはラグドールとシャルトリューしかポジショニングのヤバさに気がついていない。
このままでは二対九で試合しているようなものだ。
後で詳しく説明してやろうとは思うが、流石に少しは自分たちで解決策を考えて、仲間と知恵を絞りながらこの苦境を乗り越えてもらいたいもんだ。
そう思いながら俺は掴んだボールを味方に投げようとしたのだが……
「にゃにゃ! リヒャルトさん!」
シャルトリューに名前を呼ばれて慌てて動きを止める。
真剣な顔で俺を見ていたシャルトリューが、ゴクリと喉を鳴らした。
「にゃにゃ、本来の試合でこんなことありえないし、許されないとは思うのだけど……少しだけ、仲間と作戦を立て直す時間をもらえないかな?」
俺はシャルトリューの提案を聞いて、少し安心しながら眉尻を上げた。
「いいぜ? 五分やる。 その代わり、こっちも味方に指示を出すぜ?」
「にゃにゃ! ありがとう!」
どうやら心配は杞憂に終わったらしい。
真剣な顔つきで仲間たちを集めて何かを話し始めるシャルトリューを横目に見ながら、俺の元に駆け寄ってくる赤チームのメンバーたち。
俺の言葉を待っているらしく、水をちびちびと飲みながら尻尾をゆらゆらさせている。
「多分向こうは俺らのゾーンディフェンスに気がついた。 これからきつい戦いになるぞ? 最悪の場合はマンツーマンのディフェンスに変えるからな」
小さく頷いてポジションに戻っていくメンバーたち。
一方、ここまで何もできていないスコールドはこの休憩中、肩で息をしながら大量の水を飲んでいた。
汗の量も尋常ではない。 虚な瞳で辛そうに息を吐き、シャルトリューの話をじっと聞いている。
「にゃにゃ? スコールド? 大丈夫? 少し休む?」
その様子を見て心配したシャルトリューは、困った顔でスコールドに駆け寄ると、スコールドが纏っていた空気が急激に変化する。
「次、シャルトリューがボールを持ったら——————俺によこせ」
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