第7話 ハウ・トゥー・ゾーンディフェンスⅠ

 ポジショニングを教えるにあたり、チームを二つに分けて九対九のゲームを行うことになった。

 

 このチームは元々十七人、そこに俺が加わったため十八人だ。 ちょうどチームが二つに分けられる。

 

 キーパーはレックスしかいないようなので、もう一チームのキーパーは俺だ。 キーパーやんのなんて何年ぶりだろうか?

 

 とりあえずこいつらの雑な作戦なら俺のチームは点を取られる気がしない。

 

 そこで、ポジショニングの大切さを教えるために俺のチームのメンバーには俺から指示を出し、もう一方のチームにはいつも通りに動いてもらうことにした。

 

「おいスコールド!」

 

 スコールドを呼ぶと、嬉しそうな顔で尻尾を振りながら駆け寄ってくる。

 

「どうしたんにゃーっすか? リヒャルトくんは僕とおんなじチームに……」

 

「いや、悪いがお前は俺と別のチームを指揮ってもらう」

 

 やや困り気味に返事をすると、尻尾をだらりと垂れさせてあからさまに落ち込むスコールド。

 

「おいおい落ち込むな。 おまえに頼みたいことがあんだ。 お前には今から、俺に確実に勝てるメンバーを選んでもらう。 お前のチームにはキーパーとしてレックスも固定だから、二人で相談して決めろ!」

 

 思わぬ指示だったのだろう、スコールドは、え? と動揺の声を漏らしながら目を見開いている。

 

「俺はキーパーやりながら自分のチームに指示を出していく、だから遠慮なくお前らの最強メンバーを選んでいいぜ?」

 

 スコールドは少しの間逡巡した後、こくりと小さく頷いた。

 

 選ばれた九人はそうそうたる顔ぶれだった。

 

 キーパー、一番のレックス

 

 キャプテン、四番のペルシャガル

 

 司令塔、十八番のシャルトリュー

 

 精密なパス精度、十一番のサイアミーズ

 

 抜群の運動神経、八番のシャマイル

 

 器用なバランサー、九番のラグドール

 

 あとはまだよく能力がわからない七番のベンガルト、二十番セーブル。

 

 そしてエース、十番のスコールド

 

 七番も二十番もシュート練習とかでは能力がよくわからなかった。

 

 昨日の試合にも出ていたのだが、いまいちパッとしない。

 

 俺はこの枠に持久力がずば抜けた六番のマオが選ばれると思っていたが、スコールドなりの考えがあるらしい。

 

「マオ、君の努力や持久力は確かにすごいにゃーっす。 だけど僕のチームには、君の持久力より得点力の方が必要だと思ったにゃーっす。 どうか嘆かないでくれにゃーっす」

 

 俯いて悔しそうに拳を握っていたマオに、スコールドは背中を向けて語りかけた。

 

 マオはギリと歯を軋らせながら、スコールドの背中を睨む。

 

 その様子を遠目に見ながら、俺は全員に聞こえるように声を張って指示を出した。

 

「チームは分かれたな、俺のチームは全員こっち来い! 五分後にスタートだ、作戦会議は自由にしていいぞ!」

 

 そして俺チームの九人を集める。

 

 練習を見ていた限りパッとしないやつが多い、おそらくこいつらはほぼ控え選手。

 

 十一人の枠に確実に入るメンバーはあっちサイドに、こっちにいるのはせいぜい数合わせ程度。 そういった感じになっているのだろう。

 

 だからこそ、誰よりも走ってチームに貢献しようとしていたマオは、この事実を認めたくないのだろう。

 

 得点を取るためにメンバーを選んだスコールドは正解と言ってもいい、だけど残念ながらマオの持久力はあいつらにとっては最大の敗因になるだろう。

 

 俺の見る限り、マオがこっちにきたのは十分過ぎるほど好都合だ。

 

 むしろ、マオはいないものと考えていたから、このチーム分けだとスコールドたちに余裕で勝てる自信すらできてしまうほどマオの存在はでかい。

 

「バカだなあいつら、マオがこっちにいたら俺ら余裕勝ちしちまうじゃねえか」

 

 俺の呟きを聞いたマオは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに鋭い狩人のような目つきに変わる。

 

「リヒャルトさん、今のセリフは本心かにゃん?」

 

「たりめーだろ、あいつらはまだまだサッカーをなんも分っちゃいない。 見せつけてやろうぜ? スコールドが選ばなかったお前らの本当の力をな!」

 

 俺の鼓舞は単純過ぎるものだったが、それでもこいつらのやる気に火をつけるには十分だったらしい。

 

 俺はやる気に溢れるこいつらに簡単な指示を出すと、全員心を踊らせるように瞳を輝かせながらポジションについた。

 

 

 ◉

「お前らにボールはくれてやるよ、さっさとかかってこい!」

 

「ふふ、お手並み拝見だにゃーっす!」

 

 俺がスコールドにボールを渡すと、自信満々の笑みでセンターラインにボールをセットした。

 

 ギプスでわかりやすいように色分けをしてある、赤が俺たちで白がスコールドたち。

 

 二つのチームが自陣に入り、ゴール前に俺が戻ったタイミングで指笛を鳴らす。

 

 するとスコールドがボールを軽く蹴り、隣にいたペルシャガルが後方に構えていたシャルトリューにボールを預ける。

 

 同時にスコールド率いる白チームは全員、俺らのゴールに向けてダッシュした。

 

 ものすごい速度で駆けてくる白チームに対し、俺のチームが対応し始める。

 

 その様子を見て首を傾げるシャルトリュー。

 

「にゃにゃ? あなたたち、ボール奪う気あるの?」

 

 ゴール前にダッシュする白チームに対し、俺たち赤チームはゾーンディフェンスを組み上げた。

 

 このディフェンス方法は素人には難しい。

 

 本来ならボールを持ってる相手、フリーの相手の位置を確認しながらポジションを変えなければならない。

 

 だが今回は非常にシンプルな指示しか出していないため、このゾーンディフェンスは成り立っている。

 

 いわゆる危険な相手にボールを渡らせないためのディフェンスだ。

 

 分かりづらくなるからゾーンディフェンスと称しているが、ただ似ているだけの紛い物。 俺の独断と偏見で勝手に組み上げた陣形だ。

 

 俺が危惧するのは十番スコールドと、九番ラグドール、そして最も危険なのが十一番サイアミーズだ。

 

 ずば抜けたパス精度を持つサイアミーズにボールが渡ってしまえば、一瞬でゴールを奪われても不思議ではない。

 

 そのため俺のチームメンバーたちにはスコールド以外の二人を数人で挟むように布陣させている。

 

 距離的には一歩で近づける距離で、必ず二人がかりで前後を挟む。

 

 スコールドだけはマオがマンマークについている。

 

 マンマーク、一対一でつきまとう、ストーカーのようなディフェンスだ。

 

 シャルトリューはボールを受けてから味方の位置を確認して戸惑ったのだろう。 パスを出せずに固まった。

 

 それもそうだ、パスを出したい連中の周囲には敵がいる。

 

 今までの猫チームはボールを取りに行く役目と、攻撃する役目の二種類に分かれていたようだ。

 

 ボールを持っている選手に一気に集まっていく、いわゆるお団子サッカー。

 

 得点力のある数人以外は全員がかりでボールの奪取、ボールを取れたらサイアミーズかラグドール、またはシャルトリューを起点に一気に攻め落とす。

 

 こういう流れだったのだ。

 

 しかし今、俺が仕組んだ偽ゾーンディフェンスを見たシャルトリューは、サイアミーズにもラグドールにもパスを出せない。

 

 無論、マオがマンマークについてるスコールドにも出せない。

 

 必死に動き回る攻撃の要を、囲い込むように選手たちが動き回る。

 

 今の相手チームはまるで鳥籠に入れられた鳥のように、何もすることを許されない。 ただパスを寄越せと泣き喚く小鳥でしかないのだ。

 

 じんわりと汗をかきながら、必死にパスコースを探したシャルトリューは、左サイドを駆け抜ける七番ベンガルトに長い浮き玉パスを送った。

 

 金色の髪に黒い髪束が数本入っていて、コートサイドを超高速で駆け上がるベンガルトはまるで豹のようだ。

 

 届くか届かないか、ぎりぎりゴールラインを割らないきわどいボールだったが、ベンガルトは追いついた。

 

 そのワンプレーで気がついた。 ベンガルトは足の速さが尋常じゃない。

 

 元々猫チームは平均的に足がかなり速いのだが、ベンガルトに至っては比べ物にならないほどの速さだった。

 

「にゃは、風の如く、一気に攻め落とす!」

 

 ゴールラインぎりぎりでトラップしたベンガルトは、得意のスピードで一気にゴールに駆けこもうとする。

 

 俺は近くにいた五番の女猫に、行け! っと指示を出す。

 

 すると五番は駆け込んできたベンガルトに体をピッタリとくっつけて動きを制御した。

 

 いくら足が早くても、ドリブルスピードと純粋な足の速さには大きな差が生まれる。

 

 ボールを持っているベンガルトに追いつくのは容易かった。 せっかくの足の速さを活かせていない。

 

 直接足を出してボールに触れてくると思っていたのだろう、体をつけられたベンガルトは動揺して足からボールがわずかに離れた。

 

 俺はその隙を見逃さない。

 

 ゴールラインから一気に接近して行き、スライディングしながらしっかりとボールを抱えこみ、ボールの奪取に成功する。

 

 足もかけていない、服も引っ張っていない、ファールを取らずにペナルティエリア内で見事にボール奪取に成功したのだ! なんか今の動き、キーパーっぽくて少しテンション上がる。 まぁおれ、今はキーパーだけどな。

 

 俺がボールを取った瞬間、マオはスコールドのマークを離れてゴール前に駆け出した。

 

 それを合図に他の味方もマオを追いかけ、逆三角形の布陣で駆け上がる。

 

 相手のゴール前にはシャルトリューしかいない、慌てて戻るスコールドたち。

 

「もしかして、はめられたにゃーっすか!」

 

「何が起きたかわかんなかったにゃ!」

 

 スコールドとラグドールが嘆きながらもいち早く自陣に戻り、三対四の状態になった。

 

 それを見た俺は一気にロングフィードで先頭を走っていたマオにボールを預ける。

 

 マオの一歩後ろを必死に追いかけるシャルトリュー。

 

「にゃにゃ! させないよ!」

 

「いいやシャルトリュー。 予想通りの動きだにゃん」

 

 マオはニヤリと笑い、猫人間特有の高いジャンプ力で飛び上がり、胸トラップをする。

 

 二メーター近い高さを駆けるようにジャンプしたマオを見て、シャルトリューも慌てて飛び上がる。

 

 シュートを防ごうと、必死に体をぶつけようとしたのだろう。

 

 しかしマオはシュートを打たず、空中で胸トラップしたボールを左の足先に引っ掛けた。

 

 まさかの行動に、ギョッと目を見開くシャルトリュー。

 

 ゴールまでの距離は離れていない、ペナルティエリアの一歩外くらいだ。 さっきの練習で撃っていた距離。

 

 それにもかかわらず、マオはボールを左サイドに送っただけだったのだ。

 

 次の瞬間、シャルトリューはマオがボールを送った先に、二十二番の女猫が走り込んでいたことに気がついたが……空中にいるシャルトリューは身動きが取れない。

 

 慌てて戻ってきたスコールドとラグドールは右サイド側にいた。 二十二番は左サイドでドフリー。

 

 当然だ、俺のフィードパスを送った時点で四対三だったのだから。

 

 ボールしか見ていないあいつらは、マオの近くを駆けていた二十二番に気がつくわけがない、マークをしているわけがない。

 

 二十二番が無慈悲に振り抜いたボレーシュートは、ゴール左下に突き刺さった。

 

 開始たった数十秒で一点を上げた赤チームの猫人間たちは、大喜びで二十二番に駆け寄っていく。

 

 それを見て呆然と立ち尽くすスコールドたち。

 

「これで分かったか? ポジショニングの重要性に。 さあ、一対零だ。 何点に押さえられるか、見ものだな?」

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