第6話 ハウ・トゥー・フリーキックⅢ

 全員二周目を蹴り終えた。 俺のシュートも合わせ、結果は十八本中十ゴール。


 泣きそうな顔で縮こまるレックスを、ペルシャガルが必死に励ましている。


 七本も止めたのは普通にすごいと思うが、レックス的には悔しいらしい。


 「あのレックスから……十得点取れたにゃん」


 呆然と立ち尽くすマオ。


 だが、一方外した連中は……


 「ちっくしょう! 調子に乗ってカーブキックなんてしようとしたから枠外に飛んでったみゃあ!」


 「ごろにゃあ、あんな難しいキックすぐできるわけないにゃあ!」


 シャマイルとサイアミーズのお調子者二人は、俺の真似しようとしてまんまと特大ホームランを打っていた。


 ここまでのやり取りでなんとなく分かってはいたが、この二人はすぐに調子に乗る傾向がある。


 他の連中は真面目に俺のアドバイス通り蹴っていたため、危なげなく枠内に飛んでいた。


 アドバイスと言っても簡単なものだった。


 レックスは特出した反射神経を駆使しているだけでなく、キッカーの視線、重心の位置を見てからボールに飛んでいたのは見ていれば分かった。


 それならありとあらゆる手段で騙せばいい。


 ゴール右隅を見ながら左隅を狙う、重心を右に傾けたまま左側に蹴る、キックする前に止まる。


 タイミングをずらしたり、視線でフェイントを混ぜていけばキッカーの意図が汲みずらくなる。


 そうして一瞬でも判断を遅らせてしまえば、こいつらの身体能力ならシュートは簡単に決まる。


 「なあレックス! 今のフリーキックは止めずらかったか?」


 「……ふしゃー!」


 無言で小さく頷くレックス。 こいつは無口であまり喋らないのだ。


 でも、かなりご機嫌斜めだな。 尻尾の毛を逆立てて俺を睨みつけている。


 こころなしか威嚇されている気もするが、そっとしておけば機嫌治すだろう。


 「とまあ、工夫一つでシュートは簡単に決められるが、試合では相手が体を寄せてきたり、シュートコースをブロックしてきたりする。 今の状況で七本も止められたんだ、これはレックスがやっぱりハンパないと誉めるべきだが、逆に言ってしまえばお前らのシュート精度はまだまだゴミカスだったとも言える」


 俺の指摘を受け、シャマイルとサイアミーズは鋭い視線を向けながら喉を鳴らしていた。


 悔しいと思うなら俺の助言通りに蹴ればいいものを……


 「まあこのシュート練習は今後のメニューに加えて行くから悔しいならまた明日挑戦しろ。 次は実践的なシュート練習をして行くから二人組を作って俺の方に来い!」


 猫人間たちはキーパーを抜けば十六人、二人組は八個できるはずなのだが、モジモジしながら俺の方に近寄ってくるやつがいた。


 「ぼ、僕はリヒャルトくんと組みたいにゃーっす」


 「お前男のくせにモジモジすんな気色悪いな! 後で練習付き合ってやるから今は他と組め!」


 スコールドのやつが俺と組みたがったてたみたいだったので、煙たがって追い返したつもりなのだが……


 約束にゃーっすよ! などと言って目をキラキラ輝かせながらペルシャガルの元に走っていった。 あいつ、本当に男だよな?


 二人組を作らせて行うのはキーパーと二体一のシュート練習。


 ただし、シュートは十秒以内に打たせるのがこの練習の条件。


 キーパーがペナルティエリアの外に投げたボールを二人のうちどちらかが取り、二人でパスを回したりドリブルしながらシュートを決める。


 二人組は連携を上手くとってキーパーに取られないように、キーパーは相手の動きを予測して動かなければならない。


 レックスにばかり負担がかかるため、俺がレックスと交代でキーパーを務める。 もちろん、タイムキーパーしながらだ、シャレじゃないぞ?


 この練習で分かったのはチーム内の連携が一部を除いてうまくいかないことだ。


 サイアミーズ、シャルトリュー、ラグドールの三人はパスや状況判断の精度が高いため、組んだ相手は気持ちよくシュートが打てるのだが、肝心のボールを受けた味方が慌ててシュートを打とうとするからレックスや俺にボールを簡単に取られてしまう。


 時間制限を作ったのは冷静さを鍛えるためだ、最初は慌ててしまうのは仕方がない。 ここはおいおい直していけばいい。

 

 とは言ってもコイツらはこういったコンビネーションの練習は初めてなのだろう、正解がわからない以上、動きがぎこちないのは仕方がないのは確かだ。


 俺はシャルトリューを呼んで耳打ちをした後、手本を見せることにした。


 なぜシャルトリューなのか、それはこの女猫が一番この練習に向いているからだ。 必要な技術はドリブルの上手さではなく、相手の思考を読む状況判断力。


 二人組になった俺達は、パスの受け手とキーパーの意図を先読みしたうえで、キーパーを騙すパスワーク。 あるいは相方がボールを要求している位置を把握し、そこへボールを送らなければならない。


 不貞腐れているスコールドはさておき、不安そうな顔のシャルトリュー。


 こいつの状況判断力は予想以上に精度が高い、今このチームで最も司令塔の役割に近いのは間違いなくこいつだ。


 これが、シャルトリューを相方に選んだ理由。 決して顔とかスタイルが好みだったから選んだわけではない。


 念を押して言っておくが、可愛いから選んだわけでは決して無い。


 雑念は振り払い、俺の指笛を合図に、レックスは俺たちがいない方向にボールを投げた。


 シャルトリューが即座にボールに追いつき、背面でトラップしながら左に開いていた俺にパスを出す。


 二秒。 パスを受けた俺はワンタッチで加速、キーパーに突っ込んで行くと、レックスはムキになって俺の方に突っ込んできた。


 こいつ、俺への敵意むき出しじゃねえか!


 三秒。 それを見た俺はシュートを打つ! ふりをして、少し離れて中央を並走していたシャルトリューにパスを出す。


 さすがはレックスだ、この程度は読んでいるのだろう。 俺への深追いはしてこなかった。


 五秒。 ドフリーだ、今打てば外す可能性は低い。 だがすでに、レックスは俺のパスに反応してすぐにゴール前に引き返そうとする。


 戻る速度も尋常ではない。 さすがは猫人の脚力。


 六秒。 そうしてレックスが俺から目を離したと同時に、シャルトリューは自分に出されたパスをワンタッチで俺に戻した。


 早いタイミングでの折り返し、絶対シュートだと確信していたのだろう。 レックスは驚いて目を見張っている。


 七秒。 慌ててゴール前に戻ろうと、体重移動していたレックスはまさかのパスに驚いたのだろう。 無理に方向転換しようとしたせいか、バランスを崩して尻餅をつく。


 尻餅をついたと言っても、こいつの身体能力ならすぐ立ち上がれるだろう。


 八秒。 まあ、すぐ立ち上がれるのかもしれないが、一瞬でも隙があるならそこが狙い目になるわけで。


 俺は尻餅をついたレックスの頭上を跨ぐようなループシュートを放った。


 十秒。 ふわりと浮かせたボールは、ゆっくりとゴールの木箱へと吸い込まれていく。


 レックスは、立ち上がりながら必死に横っ飛びしてボールに触ろうとしたが、尻餅をついたのが仇となった。 ボール一個分届かない。


 鮮やかな連携でゴールを勝ち取る俺たちを見て、周りで見ていた猫人間たちは喉の奥から間抜けな声を漏らしていた。


 「予想以上に完璧だったな。 シャルトリュー、やっぱ判断力といいパスのタイミングといい完璧だ。 お前にはチームの司令塔を任せたい」


 声をかけたシャルトリューは目を輝かせながら大きく頷いた。


 俺は自慢げに鼻を鳴らしながら、今のプレーを見ていた猫人たちを順繰りに見る。


 「どうだお前ら、これが理想の二体一だぜ? ボールを持ってシュートを打てるタイミングで打つのは確かに正解だが、こうしてキーパーの動きを封じ込めちまえば、確実にゴールを狙える。 肝心なのはキーパーやディフェンダーとの勝負になった時、近くに味方が何人いるか。 逆にディフェンス陣は、敵が何人揃ってるかを見極めることだ」


 猫人たちは目を輝かせながら何度も頷き、尻尾をぶんぶん振り回していた。 スコールドを除いて、だが。


 何か面白くないことでもあったのだろうか?


 「つーわけで、こういう状況を相手に作らせたらゴールが奪われるってのは分かったな? そこで次は、ポジションについて説明すっから全員フィールドに入れ!」


 俺の合図を聞き、猫人たちは目の色を変えてフィールドに入ってくる。


 いまだに悔しそうな顔で地面に座っているレックスや、目の色を変えて沸々とやる気を漲らせるスコールド、そして司令塔に任命され頬を赤くしながら喜ぶシャルトリュー。


 さて、このチームはもうこの時点でかなり強くなったのは確信したわけだが、確実に勝つために教えることは山ほどある。


 とりあえず今日は、得点の取り方を教えていかないとな。

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