第5話 ハウ・トゥー・フリーキックⅡ

 翌日、最悪の目覚めで体を起こす。

 

 予想通り、湖で水浴びした後は自然乾燥、寝床は空いてるところで適当に丸くなって寝ろとか言われた。

 

 毛布もなければ敷布団もない、硬い土の上にごろ寝だ。

 

 スコールドが妙に俺になついちまったせいで寝ている間もベタベタくっついてくるし、かなり寝ずらかった。 女っぽい可愛らしい顔だが、あいつ男なんだよなあ。

 

 最悪の食事に最悪の寝床、鼻につく獣臭にはいい加減慣れたが、こんな劣悪な環境じゃ耐えられるか心配だ。

 

 そんなこと思いながら寝ぼけ眼をこすり、猫人共の案内に従い移動して……ニャンクルキャットのホーム、カッツェスタジアムに訪れた。

 

 昨日の試合が行われていたスタジアムだ。 練習もここでするらしい。

 

 「にゃあ! みんなも知ってると思うけどにゃ、今日からリヒャルトさんがチームの一員として練習を監督してくれるにゃ!」

 

 チームキャプテンであるペルシャガルの言葉を全員真面目に聞き、息ぴったりに俺へワクワクした瞳を向けてきた猫人達。

 

 「お前ら多分、サッカー理論とかポジションの説明しても飽きちまうだろ? とりあえずトリカゴやってみてくれ」

 

 「ごろにゃあ! トリカゴってなんだにゃ?」

 

 予想はしていたが、トリカゴもわからないようだ。

 

 俺は頭を抱えながらも、簡単にトリカゴのルールを説明した。

 

 十七人いる猫チームを三つに分ける、力配分はキャプテンであるペルシャガルの采配に一任した。

 

 一チームだけ五人で残りは二チームは六人。


一人を鬼として除き、残りのメンバーが円形に囲む。 後は鬼にボールを取られないようパスを回していく、ミニゲームに近いトレーニング法だ。

 

 鬼にボールを取られた奴は交代して、ボールを取られたやつが新しい鬼になった状態でゲームを再開させる。

 

 早速トリカゴを始めてもらい、猫人間たちのプレーをじっくりと観察する。

 

 このゲームで分かるのはパスの正確さと一瞬の判断力。 鬼はボール奪取能力が試される。

 

 鬼はパスコースを予測してボールを取らなければいけないし、体を寄せるタイミングや足の出し方を工夫しなければ、いつまでも鬼のままだ。

 

 鬼以外のメンバーはうまく連携して、鬼にボールを取られないよう動かないといけない。

 

 数分間トリカゴを続けさせてわかったことがある。

 

 昨日の試合で二点目をアシストした十一番、サイアミーズ。

 

 ミルク色のミディアムヘアーに黒褐色のメッシュが何本か入っていて、尻尾の先にも同じ黒褐色のポイントカラーがある。

 

 身長が高いため、スレンダーな体型に見える女猫だ。

 

 気性が荒い割にこいつのパスはかなり精度がいい、浮き球でもゴロでも的確に味方の足元に送れる。

 

 要求されればしっかりと調整してパスをしているのが分かる。 だが熱くなってくると自己主張が激しくなりがちだ。

 

 二人目は十八番のシャルトリュー。

 

 水色の長い髪を後頭部で団子にまとめている女の猫人間。 何故かこいつはものすごくいい香りがする。

 

 さらには凹凸がはっきりしていてスタイルも良く肌も綺麗だ、見た目はかなり上玉。 モデル体型と言うのはこういうやつのことを言うのだろう。

 

 ファッションモデルというよりも、どちらかというとグラビアか? それはまあどうでもいい。

 

 こいつは判断が早い、ボールを受けた瞬間誰がどの位置にいるか、どんな体勢かを即座に判断している。 トラップも他と比べるとかなりうまいため、冷静に周りの状況が見えているのだろう。

 

 最後は四番、キャプテンのペルシャガルだ。

 

 蒼銀色の綺麗に切り揃えられた短い髪で、体格はすらっとしている。

 

 翠緑色の瞳はとても綺麗でエメラルドのようだ。 いわゆるさわやかイケメンというやつだろう。

 

 こいつはパスがうまいとか周りが見えているとかではなく、ボール奪取が非常に上手い。

 

 反射神経がよく、ボールの持ち手が少しでも足からボールを離せば奪ってしまう。 パスコースを読んでいるとかそう言った動きがないにも関わらずボールを奪えるのは非常に強い武器になる。

 

 トリカゴで分かったのはこの三人の特徴だ。

 

 今見た感じだと、この三人は中盤の要になるだろう。

 

 十一番、サイアミーズに関しては中盤だけではくサイドを任せても仕事ができる、動き方を教えればさまざまなポジションが取れる万能型だ。

 

 トリカゴが終わり、次はシュート練習をさせた。

 

 猫人間たちは普段練習と言っても紅白戦しかしていなかったようで、トリカゴやシュート練習に疑問を持っていたのだが、ボールさえ触れれば文句がないのだろう。

 

 キーパーの練習にもなるし一石二鳥だ、猫人間たちは嬉しそうにシュート練習をし始めた。

 

 「あらら、あたしのシュートはどうしても取られちゃうにゃ!」

 

 「にゃにゃ、大丈夫よラグドール。 リヒャルトさんがこれから教えてくれるから!」

 

 あまり目立った特徴はない九番のラグドールと、さっきトリカゴで真価を発揮していた十八番のシャルトリューはとても温厚で、話し方は雲みたいにふわふわしている。

 

 シュートのセンスは微妙だが、こう言った温厚なやつらは冷静で判断ミスが少ない。

 

 「ごろにゃあ! 後ちょっとだったのにゃ! ちっくしょう、もう一本打たせろにゃ!」

 

 「ちょっと、僕の番だから早く後ろに下がってにゃーっす!」

 

 シュートを弾かれて嘆いていたのは八番のシャマイル。 昨日ヘディングシュートで二点目をとった女猫だ。

 

 赤褐色のショートヘアーで、攻撃的な吊り目だ。

 

 運動能力は恐らくこのチームの中でもトップクラスなのだろう、シュートスピードが今のところ最も速かった。

 

 次にシュートを撃ったのは、昨日水浴びの時話していた十番のスコールド、このチームのエースだ。

 

 銀髪の垂れ耳で、男なのだが可愛らしい顔つき。 最初はずっと女だと思っていた。

 

 体つきもかなりスリムで一見弱そうに見えるのだが、ボールを持つと目の色が変わる。

 

 今打ったシュートもキーパーが届かないギリギリの角度で放っていて、一対一の場面では滅法強いのだろう。

 

 昨日のプレーを見ている限りでも、ドリブルをさせれば一対一なら必ず抜ける。 さすがはエースと言ったところだ。

 

 このシュート練習で分かったのは、このチームの弱点だった。

 

 弱点は簡単で、決定力不足だ。 スコールド以外全員枠外か、キーパーに弾かれていた。

 

 チームの動きを見る限り、超攻撃的サッカーが得意なのだろう。 全員が流動的に動いて点を取るため、必死に前へ前へとボールを運ぶが肝心の攻撃陣が決められない。

 

 ポジション云々よりまずはこの決定力不足をどうにかすれば、このチームは点を量産できる。

 

 今見た感じだと、こいつら考えなしに思い切りボールを蹴ってる感じだ。 シュートは枠内に入ればいいと思っていて、キーパーの位置やボールの回転など全く見ていない。

 

 反射神経がかなりいい一番のキーパー、レックス。

 

 砂色の縮れ毛をした男猫で、耳が他の猫より大きい。 顔の彫りも深く、細身だが手足が長いため、体型的にもキーパーに向いている。

 

 猫で例えるならスフィンクスってところだろう。

 

 こいつのシュートセーブ能力は非常に高い。

 

 シュートを打たせていたのはゴール正面の、ペナルティエリア一歩外の位置。

 

 こんな近距離にも関わらずどんなに早いシュートでも絶対に触る、逆を突かれない限り必ずセーブするだろう。

 

 このセーブ力なら普通に狙ったとしてもシュートは入らない。

 

 猫たちが一通りシュートを打ち終わったのを確認した俺は全員を集めた。

 

 「いいかお前ら、俺のシュートよく見てろ。 あと、身長が高い二人、壁やってくれるか?」

 

 「え? 壁なんか立ったらシュート打ちづらいにゃん。 しかもリヒャルトさん、そんな遠くから撃つ気かにゃん? 言っておくけどうちのキーパーはかなりセーブ率高いにゃん」

 

 「だろうな、見てりゃ分かるぜ? あのキーパー、すげーうめえ。 多分、今んところお前らの中で一番上手いのはあのキーパーだぜ?」

 

 六番のマオが心配そうに声をかけてくる中、俺はゴールから二十五メーター離れた地点にボールをセットしながらキーパーを絶賛する。 お世辞は一切ない、普通にあのキーパーはやばい。

 

 シュートを打ちまくってた猫人たちは唖然とした顔で一斉にキーパーのレックスに視線を集める。

 

 俺が褒めちぎったことで、レックスは少し頬を赤くしながら咳払いをしていた。

 

 「まあ、あいつは本気ですごいが、俺の相手にはならないぜ? 壁の位置、そこでいいのかよ?」

 

 二人の壁役、身長が高いペルシャガルとサイアミーズに確認を取ると、二人は無言で頷いた。

 

 「よし、じゃあ見てろ」

 

 ボールの横を軸足で三回踏みつけ、そこから五歩離れてキーパーの位置を確認する。

 

 ふーっと大きく息を吐き、片目を閉じて、理想のシュートコースにずれがないかを確認する。

 

 これがフリーキック前のルーティン。

 

 特に目立ったルーティンではない、気が付いたらいつもこの工程をしていただけだ。

 

 俺はいつも通り大股で踏み込んで、軸足の位置を固定、完璧な感触で利き足を振り抜く。

 

 ボールの横を、インサイドで擦るように蹴り上げた。

 

 壁の二人は小さくジャンプしながら、俺が蹴ったボールの軌道を見て目を見開く。

 

 俺が蹴ったボールは、壁二人の左側を抜けて飛んで行く。 もちろん、俺から見て左だ。

 

 レックスはボールの軌道が読めず、俺が狙った方と逆に飛んだ。

 

 壁の左側を抜けボールはゴール左側へと飛んでいく。 それを目視したレックスはゴール左に飛んでいた。

 

 その動きに対し、俺のボールが打ち抜いたのはゴール左ではなく……右隅。

 

 レックスが飛んだタイミングで、嘲笑うように軌道を変えてゴールへと突き刺さったのだ。 まるで、鎌のような曲線の軌道を描き、ゴールに吸い込まれるような勢いで。

 

 「にゃにゃにゃあ! なにが起こってるにゃあ!」

 

 「あんなシュートありえないにゃーっす! ボールが、空中で曲がったにゃーっす!」

 

 「ぐぉろにゃああああ! 意味わかんないにゃ! なんなんだにゃ!」

 

 一斉に大騒ぎし始める猫たちと、予想の方向と逆に曲がったボールを、呆然とした顔で見たまま固まるレックス。

 

 レックスは不思議なやつで、なに考えてるか分からないが、今はなんとなくわかる。

 

 なぜならゴール左隅で寝っ転がりながら涙目になっていたからだ。 まあ、そっとしておいてやろう。

 

 「今のはカーブキックだ、俺の蹴り方はオリジナルだがな。 回転をより強くかけられるようインサイドでボールを擦り上げるように蹴ってる。 普通、こんな蹴り方したら威力が死ぬが、俺の場合は球速を落とさずに超回転をかけて曲げられる。 基本は軸足の反対下側をインフロントで蹴るんだぜ?」

 

 ドヤ顔をする俺に、猫人たちは爛々と輝く瞳を向けてきた。

 

 「にゃにゃ! うちにも教えてよ!」

 

 「あたしもリヒャルトさんみたいにかっこよく蹴りたいにゃ!」

 

 「僕も! ぜひ教えてほしいにゃーっす!」

 

 にじりよりながら尻尾をぶんぶん振り回す猫たち。

 

 「わーったわーった! 教えてやるけどまずは聞け! 今、キーパーは逆に飛んでたよな。 あんなすげーキーパーから点を取るには予想の逆をつくしかねえ。 っとなると、普通に蹴ったら入るわけがねえ。 目線やボールの軌道、軸足の方向なんかでキーパーを欺かないとならねえ。 今のが一つの一例だ」

 

 尻尾を扇風機のように高速で振りながらうんうんと頷く猫たち。

 

 「そこでお前らには、次のシュート練習で一工夫してもらう。 全員集まって耳を貸せ」

 

 俺は猫人間たちを集めて円陣を組み、キーパーに聞こ終えないようにシュートのコツを教えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る