第4話 ハウ・トゥー・フリーキックⅠ
最悪の食事だった、この国には塩すらないようだ。
生魚をそのまま食うわけにはいかないため、木の棒をぶっ刺して松明の火で炙って食った。
猫人間どもは俺の申し訳程度の調理を見て不思議そうな顔をしていたが、こんなよくわからん魚を生で食えるかって話だ。
いい具合に焼けた魚をむさぼり、火が通ってるのを確認した。
一口食べたが俺の予想に反し、実はふっくらしてて臭みもなく、噛めば噛むほど味が深まって以外と美味いが、塩があればもっと美味かったのに……
俺の焼いた魚を見て猫人間たちは食事の手を止めていた。
不思議に思い、一口食ってみるか? と、聞いてみたのだが、一秒後にその一言を後悔する。
全部取られた。
そんな踏んだり蹴ったりな食事を済ませ、全員水浴びだとか言って洞窟の外に出ていった。
まさかシャワーすらないのか? 湖で水浴びとか言わないよな?
と、思っていた時期が俺にはあった。
現在、松明の明かりを頼りに真っ裸で湖に浸かっている。
男の猫人間は五人しかいなかったから、俺はその五人に混ざって湖に浸かっているというわけだ。
この湖は衛生的に大丈夫なのか? なんて事、浸かってから思っていたが、そんなことよりも気になることがある。
ここにくるまでの間、全員手ぶらだった。 なぜタオルも下着も持っていない?
まさか、自然乾燥とか言わないよな?
「ねーねー、リヒャルトさん? とか言ったかにゃーっす?」
十番だった銀髪の垂れ耳猫人間が、俺に声をかけてきた。
小柄な体つきで可愛らしい顔つき、くりくりした瞳。 今頃になって疑問に思ったが、こいつ男だったのかよ!
なんてことはさておき、こいつは俺が注目していた選手でもある。 むしろ声をかけられたのはラッキーだ。
「ん? なんだ? お前は試合終了五分前に、三点目決めた十番だよな?」
「そーだにゃーっす。 スコールドって呼んで欲しいにゃーっす。 僕はこのニャンクルキャットのエースだにゃーっす」
にゃあにゃあうるさいのも考えものだが、こいつは喋り方がとろいし、なんだか気が抜ける喋り方だ。
可愛らしい表情のくせに、試合終盤でこいつのプレーは神懸っていた。
中盤でボールを受けたこいつは、スピードと足元の器用さを駆使して蛇チームをドリブルで三人抜き、キーパーと一対一で逆をついた。
キーパーが手を伸ばした方向と逆方向にゴロのシュートを決めたのだ。
文句なしのスーパプレーだった、ボールがゴールに入る前に決まったとわかるほど綺麗なゴールだった。 こいつがエースってのも頷ける。
そんなエースのこいつが、俺にわざわざ声をかけてきた。 おそらく何かしら文句を言うつもりなのだろうか?
少し身構えながらスコールドを直視する。
「そんな怖い顔しなで欲しいにゃーっす。 僕にリヒャルトくんのボールコントロール技術を教えて欲しいだけにゃーっす」
「なんだそんなことか? 別に明日から教えるつもりだぜ?」
文句を言われると思ったのだが、意外にも素直にサッカーを教えてくれと頼まれたことに驚いていると、スコールドは少し俯きながら困ったように笑った。
「リヒャルトくんも聞いたと思うけどにゃーっす。 僕らは負けたら二部降格がほぼ確実に決まるにゃーっす。 なのにここまで八試合、一度も勝ててないにゃーっす」
「全部引き分けか? それもそれですげーとは思うけどな」
「正確に言えば二試合目から引き分けになってるにゃーす」
「どっちにしろすげーじゃねーか。 あのザマだと引き分けるだけでも一苦労だろう? 得点取られるのはしかたねーと腹くくって、攻撃陣が点取りまくらねーと引き分けるのですら難しいだろ。 誇っていいと思うぜ?」
「いいや、僕はそう思わないにゃーっす。 僕がしっかり点を取れていれば、勝てた試合も多かったにゃーっす。 それにここまでの八試合、去年のトップチームとは奇跡的に当たってないにゃーっす」
話の途中で、ゆらゆらと水面が揺れる。 なんかやばい生き物でも出てきたのかと思ったが、水音が聞こえた方向に視線を向けて安心する。
俺らが真剣な話しているのに気づいたペルシャガルがこっちに歩み寄ってきただけだった。
「にゃあ、俺たちは次の試合、そのトップチームと当たるんだにゃあ」
「トップチームってのは何組あるんだ? つーかリーグ戦なのかよ?」
俺の質問に、ペルシャガルが代わりに答えた。
要約すると、このリーグはビーストリーグと呼称されており、他にもインセクトリーグ、モンスターリーグと様々なリーグがあるらしい。
ビーストリーグに参加しているのは獣人で構成された十三チームだ。
試合の日程は七日に二回。 リーグ前半後半に分かれ、全部のチームとホーム、アウェイで一試合ずつ戦い得失点差で順位がつけられる。
試合の結果は毎朝鳥人間が運んでくれるらしい。 試合結果と現在のリーグランキングが記載された紙を、街の上空から盛大にばらまいていくのだとか。
ばらまくなよとか思ったと同時に、紙はあるのかと安心する。 ところで、俺はこの国の文字を読めるのだろうか?
まあそこら辺はおいおい調べるとしよう。
今は前半期のため、今日戦った蛇チームとは後半にアウェイで試合することになるらしい。
ニャンクルキャットの次の試合は、アウェイの上に、ビーストリーグのトップチームだ。 不安になる気持ちもわかる。
ちなみに、相手のチームは羊人間で構成されているシープランドというチームだそうだ。 トップチームとか言ってたからどんな凶暴な獣人間が相手かと思ったが、名前とか動物の感じ的に弱そうに思う。
こちらも明日になったら調べたほうが良さそうだ。
相手がトップチームだろうがなんだろうが、試合に勝てば勝ち点三、引き分けで勝ち点一、負ければ零、俺の世界とリーグ戦の仕組みは変わらない。
十三チームが二回ずつ戦うから、全試合で二十六試合。
全部勝てば勝ち点七十八、引き分けなら勝ち点二十六というふうになるのだが、どうやらこの猫チームは鼠チームに騙され、開会試合で不戦負けしたらしい。
鼠チームのキャプテン、ラスタルイーサとかいうクソ女に誤った試合日程を教えられていたらしく、なんの理由もなしに試合を欠場した猫チームには、罰則として勝ち点マイナス三十をつけられたらしい。
負けたら二部降格が濃厚だと言っていたのはそのせいだ。
次の試合は四日後、現在リーグランキング三位のチームが相手になる。
こう言っちゃあなんだが、このまま引き分けを続けていてもマイナスになった勝ち点は返済できない。 おそらくだが、確実に一部残留するのなら今後の試合は全勝したほうがいいだろう。
どうやらスコールドは、エースストライカーとしての責任感に駆られ、プレッシャーを一人で背負ってしまっているようだ。
「僕は名ばかりのエースだにゃーっす。 このまま僕がふがいないと、僕たちのチームは降格してしまうにゃーっす」
「にゃあ、一人で背追い込むなといつも言っているにゃ! お前だけの責任じゃないにゃ!」
湖に浸かっていた男猫たちは、俯きながら耳を垂れたせている。
そんな光景を見て、俺はついつい大笑いしてしまった。
大笑いし始めた俺に、ぐるるると喉を鳴らしながら視線を送るペルシャガル。
「悪いな、お前らが負ける前提で話してるからおかしくなっちまった。 そんな怖い顔すんじゃねえよ」
「にゃあ! お前はシープランドの強さをわかっていないにゃ!」
「落ち着くにゃーっすペルシャガル!」
熱り立っていたペルシャガルをスコールドが抑え込む。
「おいスコールド、お前の心配は杞憂に終わるぜ? なんせ今、お前らにはこの俺がついてるんだからよ!」
「たしかにリヒャルトくんはすっごく上手にゃーっす。 でも、サッカーは一人が上手くても勝てないにゃーっす」
「スコールド、明日からお前らは俺の指導を受けるんだ、シープランドとかいうチームがどういうチームかは知らねえが、全員俺の指導受けて上手くなれば、負けるわけねえだろ?」
俺の話を聞き、スコールドはほんのりと頬を染めながら、男らしくない可愛らしい笑みを浮かべた。
「それもそうだにゃーっす! リヒャルトくん! 明日からよろしくお願いするにゃーっす!」
ペコリと頭を下げるスコールドの頭をガシガシと撫でると、スコールドは嬉しそうな顔でにっこりと笑った。
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