第3話 幕間・Ⅲ
「後五分! 後五分欲しいにゃん!」
六番の三毛猫以外は全員バテてぶっ倒れている。
猫たちはあれから四十分間、ずっと俺のボールを取ろうと必死に飛び掛かってたが、誰一人触れることすらできていない。
最初は十五分って言ったのに、後五分! が五回続いている。
呆れ果てた俺はため息をつきながら三毛猫女をじっと見た。
「もう走れるのお前だけだぜ? お前一人で勝てると思ってんのか?」
俺も流石に疲れているのだが、この三毛猫女だけは肩で息をしていない。 驚異的なスタミナだ。
ずっとこいつらの動きを見ていたが、それぞれ得意な武器が違うらしい。
例えばキャプテンマークの蒼銀髪の四番、確かペルシャガルとか言ったか? あいつは反射神経がずば抜けていい。
ボールが足を離れた瞬間に足を伸ばしてきたりスライディングをしてきていたり、体を入れてボールキープをしようとしてきたり。
俺からボールを取れる可能性があったのはあの四番だけだった。
しかしその四番も体力の限界なのだろう、仰向けにぶっ倒れていて顔色も悪くなっている。
「にゃあ、マオ! 無理しちゃだめにゃ。 そいつはとてつもない化け物だにゃあ!」
その四番が、今なお俺のボールを取ろうと必死に走り続ける六番の三毛猫……マオとか呼ばれた女猫に息切れしながら声をかける。
この六番、所々にメッシュが入っていて、インナーカラーもしているせいか、三色の髪色はノルウェージャンフォレストを彷彿とさせる。
更に付け加えると、もふもふのショートボブ。 猫好きな俺からすれば見た目は完璧と言ってもいいだろう。
しかも女だからだろうか、余計に愛くるしく感じてしまう。 おっとまずい、どうでもいいことを考えてしまった……
「キャプテン! 勘違いしないで欲しいにゃん。 うちはちゃんと負けを認めてるし、こいつの要求は飲むにゃん。 だけど、こいつの動きを見ていれば、こいつからボールを取れさえすれば、うちは今よりもっと上手くなれると思うにゃん! 体力が続く限り、諦めたくないにゃん!」
翻弄されながらも、必死に足を伸ばし続け、転び続け、泥だらけになりながら食らいつくマオ。 向上心の高さが、俺をもっとワクワクさせてくれる。
けれど髪の毛や尻尾の毛が泥で汚れるのは少々もったいない。 せっかくもふもふなんだからしっかり洗ってブラッシングしてやらないと……
俺のバカ野郎、今はそんなこと考えてはいけない。
「よーしわかった! マオとか言ったか? 明日から色々教えてやる。 俺からボールが取れたらブラッシングも……今のナシ、忘れてくれ」
きょとんと首を傾げるマオ。 琥珀のようなくりくりした瞳で凝視され、居心地が悪くなった俺はすぐに真面目な話でごまかす。
「お前のそのスタミナ、驚異的だぜ? 磨けば絶対にこのチームの武器になる! ちなみに、お前のポジションはどこだ?」
「……ポジションってなんだにゃん!」
耳を疑う返答に、思わず言葉を失う。
「ほら、フォアードとか、ボランチとか、ディフェンスとか……色々あるだろ?」
動揺した俺のうわずった声を聞きながら、すっとぼけた顔で再度首を傾げるマオ。
「なんのおやつだにゃん?」
俺はこの瞬間、初めて膝から崩れ落ちた。
こいつらは、ポジションなんて概念などなく、ただ適当に走り回ってサッカーしていたというのか?
それで三点しか取られなかったのはもはや奇跡!
さっきロッカー室でこいつらが話していたのを聞いていたが、理由はわからんが負けたら二部降格が決まるというのに、ポジションすら知らないなんてお手上げだ。
絶望的な事実を知り、俺は芝生に両手を突きながら思考を整理する。
ってことはボールの正しい蹴り方とか、リフティングすらもまともにできるか怪しいものだ。
どこまで素人なのか、果たして知識がないだけでボールコントロールは最低限できるのか?
そもそも、オフサイドとかそういった細かいルールは網羅してるんだろうな?
プロなのに、オフサイドって何? なんて聞かれたあかつきには、拳がとんでもおかしくないだろう。
だめだ、動物虐待はよくない。 って言うかコイツラは動物じゃなくて人間なのか?
それに、さっきから思ってたんだが一人ひとり語尾がちげーのが気になって仕方がねーし、にゃんみゃんと期待通りの語尾を連発してくるところが愛くるし……間違えた憎たらしいっ!
あー、ちくしょう! そもそもここどこだ? 猫と蛇以外にも動物人間はたくさんいるのか?
ダメだ、思考がどんどん反れていっている。 面倒なことを考えるのは後回しだ。
まあなによりも、疲れたから飯食って寝たい。
「とりあえず、俺に寝床をくれ。 この国に来たばっかりで右も左もわからねえんだ」
俺の言葉に疑問を持ちながらも、ついてくるにゃん、と一言告げ、マオに続いて猫人たちは重い足取りでロッカー室に戻っていった。
◉
ロッカー室で着替えた猫人たちは帰路につきながら、この国についてさまざまなことを教えてくれた。
簡単に説明すると、ここは猫の国で猫人族しか住んでいないらしい。 ちなみに、国の名前はリビアプロスらしい。
国の名前なんてどうでもいいから覚えるに足らないだろう。
他にも色んな国の名前がポンポン出てきたが、どれも俺の知らない国の名前ばかりだったし、俺が住んでた国やヨーロッパの国名を片っ端から言っても首をかしげられた。
俺の故郷のドイツすら、お菓子かなんかと勘違いされた。 別に、俺の名前も国も知られてないからって、ショックだったわけでは無いが……
多分俺は前世の記憶を持ったまま他の世界に来たのだろう。 それにしては俺の格好は妙だが……
なんせ強盗に打たれた時の寝巻きジャージ、半袖短パンだ。 言っておくがちゃんとスポンサーのものを着ている。 後々問題になりたくないからな。
それに足元は室内用のサンダルだ。 むしろ、サンダルでボールコントロールしてても余裕で猫人たちをかわせた俺を褒めてほしい。
ジャパンの奴らによく勘違いされるが、外国だからって外履きのまま室内をうろつくわけではない。 基本的に綺麗好きなドイツ人は、室内用の内履きで移動するやつだっている。
言うまでもないだろうが、こちらももちろんスポンサーのものだ。 斜めに長さの違う太い線が三つ並んでいる、シンプルなロゴがスポンサーのマーク。
一体何で死んだ時の格好で違う世界に来てしまったのだろうか、考えてもさっぱりわからない。
そんなことはさておき、衝撃的だったのは文明レベルの古さだ。
家電もないし鉄製品もない。 街は夜になったら街灯もないため暗闇だ。
こいつら全員松明持って帰路についている。 この光景が一番衝撃的だ。
空を見上げれば月みたいな淡く輝いている惑星が複数浮かんでいる。 お陰で夜でも思ったより明るいが、あれを月と呼んでいいのかすら不明だ。
隣を歩いていた六番、確かマオとか呼ばれてた三毛猫に、「月は一体何個あんだよ」って聞いたのだが……
「つき? 何の話だにゃん?」なんて返されて、返す言葉も見当たらない。
まあ月みたいな明るい惑星がたくさんあるせいか、思ったより暗くはないのだが、せめて懐中電灯、はちょっと欲張りか。 ランプの一つでもあれば安心できる。
「ランプとかないのかよ?」っという俺の質問に対し、
「そんなもの聞いたことないにゃ」と九番の猫人に返されて絶望した。
さらに不思議なのは、この猫チーム十七人の帰路が全員一緒で、誰一人別れて帰ろうとしない。
全員同じ地区に住んでるのかと思ったのだが、案内された先を見て言葉を失った。
なんせ案内されたのは家ではなく、横穴式の洞窟に案内されたのだ。
「おい、まさかこんな横穴で寝泊まりしろとかいうのか?」
「にゃあ、俺たちニャンクルキャットのチームメンバーはここで一緒に住んでるにゃ。 選手はみんなこの家に住んでるから、お前も俺たちと同じチームに入るなら、ここで住むしかないにゃ!」
ペルシャガルがさも当然と言った口振りで告げると、そそくさと洞窟の中に入っていく。
家もそうだが、この文明レベルだと食事も心配だ!
まさか、生肉食わされたりしないよな? という俺の不安は見事に的中してしまった。
夕食だと言って出されたのはよくわからん中魚。 丸ごと一匹だ。
「処理してねー生魚とか食えるか! 確か、ジャパンでは刺身とかいう食いもんがあるみてえだが、俺の国では生で魚食うならカルパッチョとかスモークにしねーと腹壊すんだよ! つーか、内臓取って血抜きくらいはしてくれよ!」
「にゃにゃ? なんで怒っているのこの人? こんなに美味しいお魚をもらって怒る人、初めて見たよ?」
十八番……温厚そうな垂れ目で、水色の長髪を後頭部で団子にまとめた女猫が不思議そうな顔で見てきたため、他の猫も驚いて俺に視線を集めている。
「お前は変わったやつだみゃあ」
「ごろにゃあ! そもそもなんで尻尾も耳も、角もないんだにゃ? 鱗もないから爬虫類には見えないし、匂いも初めて嗅ぐ匂いだにゃ。 お前何族なのにゃ?」
「にゃあにゃあうるっせえな! 普通に喋れようざってえ!」
俺の叫びを聞いて、猫たちはまたにゃあにゃあと怒り出した。
この調子じゃあ気が狂っちまいそうだ。
まったく……何がどうなってんのかさっぱりだ。
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