第2話 幕間・Ⅱ
結果は試合終了五分前に、猫の十番が同点ゴールを決め三対三の引き分け。 観客の盛り上がり的に、猫の十番がエースなのだろう。
あの選手がボールを持っただけで観客はものすごい熱量で声援を送っていた。
銀髪で垂れ耳の十番は、猫好きな俺から見ればスコティッシュフォールドに似ている気がしたが……そんなことよりドリブルの上手さはあの中でピカイチだっただろう。
名前は確か、スコールド。 覚えておいて損はないだろう。
対して蛇チームは体の柔らかさを利用し、あり得ない角度や体勢からシュートを打ったり、猫チームの選手が少しでもボールコントロールをミスるとニュルリと体を入れてボールを奪ったりしていた。 蛇が苦手な俺にとってはあの動きは少し気味が悪い。
最初に見た八番のゴール。 確か、シャマイルとかいうアビシニアンみたいな女猫のヘディングゴールは、相手がルーズボールのインターセプトを得意としているから、その対策で速いタイミングでセンタリングを上げていたのだろう。
完全にフリーの状態でボールに触れれば、ディフェンスが来る前にボールを足もとに落ち着かせられるからだ。
何も考えてないのかと思ったが、以外にも理にかなったセンタリングだった。
ぶっちゃけた話し見ごたえがあったし、かなりいい勝負をしていた。 蛇チームもすごい体の柔らかさと身体能力だった。
明らかに俺は身体能力で劣っていると実感するほどのすごさだ。
それだけに惜しい、あの恵まれた身体能力を全員が持っていたのに——
———全員、俺よりも圧倒的に下手くそだ。
ボールを持った時の駆け引き、抜け出しのタイミング、ボールを持っていない時のポジショニング。
どれもお子様レベルだ。
十番、確かスコールドとか言うやつのドリブルはたしかに上手かった、それにキャプテンマークを巻いた四番。 あいつのボール奪取も見事と言えるし、シャマイルのゴールをお膳立てした十一番のシャム猫女、あいつのクロスもドンピシャだったかもしれない。
あの身体能力やキック精度、反射神経は確かにすごい。 けれどプレーはどちらもお粗末すぎるものだった。
あれなら、身体能力で圧倒的に劣る俺でも余裕で輝ける。
逆に言えば、俺がサッカーをあいつらに教えれば、一匹一匹が誰も止められない絶対的エースになる。
そうと決まればやることは一つ。
———あいつら全員、俺がしつけてやる。
◉
「にゃあ、今回もなんとか引き分けることが出来たにゃ。 でも、そろそろ勝点を重ねないと、残留すら難しい状況だにゃ」
猫チームのキャプテンマークを巻いていた四番は、試合後のロッカーでため息をついた。 蒼銀色の髪と同じ毛色の耳をシュンと垂れ下げ、尻尾も捨てられた毛糸のように地面に這っている。
「それもこれも、全部あのクソネズミのせいだにゃ!」
八番、シャマイルがロッカーを叩きながら憤る。 榛色の瞳は、怒りに燃え滾っていた。
もともとツリ目で人相が悪いせいか、怒る彼女はとても恐ろしい形相をしていたため、周りの猫人たちは気まずそうに距離を取っている。
「にゃあ、本当にすまないにゃ。 俺としたことが……あんないけすかない女の言葉をまんまと信じてしまったばっかりに」
四番は俯きながら、タオルを頭にかぶせて俯いてしまった。 失業したサラリーマンのような落ち込み具合である。
「にゃにゃ! 落ち込まないでペルシャガル! あなたは悪くないわ! 私たちを騙したラスタルイーサが悪いの!」
温厚そうな見た目の十八番が、キュッと拳を握りながら俯く四番……キャプテンのペルシャガルを慰める。
海のように美しい水色の髪の毛を団子にまとめ、優しく揺れる銅色の瞳が、俯いているペルシャガルを覗き込んでいた。
「ほう、その話詳しく聞かせろよ」
突然、聞いたことのない声が響き、びくりと尻尾を跳ねさせた猫人たちは声がした方向に視線を集めた。
呆然とする猫人たち。 数瞬の沈黙がロッカー室を支配したかと思えば、呆れたように肩をすぼめる謎の男。
「聞こえなかったか猫ちゃんたち。 お前らが負けたらヤバい理由を教えろって言ったんだ」
再度、ロッカー室に、沈黙が走る。
しかし今回の沈黙は、長くは続かなかった。
「誰にゃお前!」
「ごろにゃあ! ファンはロッカー室に入ってきちゃだめにゃ!」
「って言うかお前変な匂いだみゃ! 猿人? とはちょっと違う匂い、っていうかこいつ、尻尾がないみゃあ!」
にゃあみゃあと騒ぎ出す猫人たちを見て、突然現れた男は煩わしそうに鼻を鳴らした。
「俺が誰か知らねえのか? 聞いて驚け下手クソ共! 俺はリヒャルト・シュナイダー! ワールド杯で最優秀選手賞をもらった上に、バロンドールにも選ばれた世界最高峰のストライカーだ!」
腕を組み、堂々とした声音で名乗りを上げるリヒャルト。
しかし猫人たちは、互いに顔を見合わせながら首を傾げた。
「わーるどかっぷ? なんの魚かにゃ?」
「にゃにゃ! ばろんどーる? ってなに? お菓子かな?」
ぽかんとした顔の猫人たちをみて、やれやれと肩をすくめるリヒャルト。
「やっぱりな、お前らプロのサッカー見たことねえか。 道理でアマチュア以下のクソレベルが低いサッカーだと思ったぜ?」
近くに転がっていたサッカーボールに利き足を乗せながら、肩をすくめるリヒャルト。
その仕草を見たペルシャガルは、垂れ下がっていた尻尾をピンと逆立てた。
「にゃあ! 聞き捨てならないにゃ! 俺たちだってプロだにゃ! 一生懸命戦った選手たちに向かって、その言葉はあんまりだにゃ!」
勢いよく立ち上がりながら、リヒャルトを睨みつける。
しかしリヒャルトはうすら笑みを見せながら、ペルシャガルの若草色の瞳を睨み返した。
「そこまで言うなら格の差を見せてやる。 お前ら全員がかりで俺からボール取ってみろよ?」
まさかの一言に、唖然とする猫人たち。
「おらどうした? さっさとコート行こうぜ? 十中八九、このコートはお前らのホームだろ? それとも俺からボールを取れる気がしなくて怖気ずいたか?」
リヒャルトの挑発に対し、猫人たちは尻尾を膨らませ、グルルと喉を鳴らした。
「全員がかりでこいとか大口を叩いてたみゃあ? こんな何処の馬の骨ともわからない男、あたし一人で充分だみゃ。 速攻で終わらせて、縮こまらせてやるみゃあ!」
十一番の猫人が自信満々に前に出る、するとリヒャルトは指をくいくいと曲げながら十一番を挑発した。
「おう、威勢はいいな。 お前、二点目のセンタリングあげたやつか。 おもしれぇ! ま、別にコートに出るまで待たなくてもいいぜ? 今この瞬間からスタートだ。 とっとと来いよシャム猫女」
「あたしはサイアミーズだみゃあ!」
勢いよくボールに向かって駆け出すサイアミーズ。
しかしリヒャルトは、目にも留まらぬ速さで突っ込んできたサイアミーズを巧みな足裏タッチでひょいとかわす。
見事にかわされリヒャルトの隣をすれ違ったサイアミーズは、勢い余って廊下の壁に激突してしまう。
「おいおい? 威勢はいいが、予想通り……ヘッタクソだな?」
べたりと壁に張り付いてしまったサイアミーズを嘲笑うリヒャルト。
すると、顔面から壁にぶつかった衝撃で鼻を真っ赤にしたサイアミーズは、奇声と聞き間違えるような鳴き声と共にスライディングタックルをした。
リヒャルトは冷静に、ヒールリフトでボールを浮かせ、スライディングしてきたサイアミーズをボールと共にジャンプしてかわす。
案の定、サイアミーズはロッカー室に吸い込まれるように消えていった。
ロッカー室でベンチや棚が倒れる音がどんちゃんと鳴り、中からは猫人たちの悲鳴が聞こえてくる。
「おいおい、何してんだよ下手くそ。 無駄な足掻きはいいからとっとと全員係でこい。 十一人じゃなくていいぜ? ベンチメンバー合わせて十七人ってところか? 全員でこい。 多分お前らレベルなら、五十人以上いないと俺からはボール取れないぜ?」
埃が舞うロッカー室の中で倒れていたサイアミーズは、ぐるるると喉を鳴らしながらリヒャルトを睨みつける。
「あいつムカつくみゃ! みんなでとっとと倒すみゃあ!」
猫人たちはいっせいに飛びかかるが、エラシコ、シザース、ダブルタッチ、マルセイユルーレット。
さまざまな高等トリックで翻弄され、十七人係で突進しても次々とかわされる。
リヒャルトはボールをコントロールする際、不思議なことに足から全くボールが離れない。
足を出そうとすればひらりとかわされ、体をぶつけようとしてもするりと体がすれ違ってしまう。
ファール覚悟で服を引っ張ろうとしても捕まえられない。
動きを読まれているかのような、匠な身のこなし。
猫人たちは必死に足や手を伸ばすが、リヒャルトは水のようにつかめない。
ボールに触ることすらできず、いつの間にかサッカーコートまで誘導された猫人たちは、目をまん丸に広げながら、縦長になった瞳孔でリヒャルトを睨む。
リヒャルトは退屈そうな顔でリフティングしながら次の攻撃を待っている。
「お前らの弱点そのいち、集中力が低い。 気分屋なのか?」
額で器用にリフティングしながらつぶやくリヒャルト。
すると、背後にいた三色毛の六番が勢いよく突っ込んでくる。
リヒャルトはリフティングしていたボールをそのまま高くあげ、突っ込んできた六番とすれ違うように移動し、落下してきたボールを足の甲に吸いつかせるように止めた。
「お前らの弱点のそのに、連携へったくそ。 十七人もいんだから、全員の動きを連動させて、全方位から俺を取り囲めよ」
そのセリフを聞いた猫人たちは、ゆっくりと横移動しながらリヒャルトを五人がかりで取り囲む。
そしてペルシャガルのアイコンタクトを受け、全員が一斉に飛びかかったが、正面から突っ込んだペルシャガルの股の間をボールがすり抜けた。
股抜きされたことすら気が付かないペルシャガルの横をするりと抜け、足裏でボールをキャッチしたリヒャルトの背後では、五人の猫人達が顔面から衝突してもみくちゃになっている。
「お前らの弱点そのさん、ボールしか見てねえ。 動き単調すぎてわかりやすすぎ、騙されすぎ」
足の裏でボールをコロコロしていたリヒャルトは、やれやれと首を振った。
「もう五分経ったぞ? 仕方がねえからボーナスタイムをくれてやるが、お前らがボール取れなかったら俺が出す条件を飲んでもらうぜ?」
「にゃあ! 上等だにゃ! 相手に弱点を教えるなんて、駄策だったにゃ! もうお前の動きには翻弄されないにゃ!」
キャプテンマークを巻いたペルシャガルが、真っ赤に腫れた顔をつたう汗を拭い、リヒャルトを睨む。
「よし、じゃあおまえら後十五分でボール取れなかったら、俺をチームに入れろ。 あと住む場所もくれ」
キョトンとした顔でリヒャルトに視線を向けるペルシャガル。
「にゃあ? お前、猫人じゃないにゃ。 というかもしかしてお前、住処がない根なし草なのかにゃ?」
「そこをどうにかしてくれよ。 お前、キャプテンだろ? 蛇は苦手なんだ、あっちの蛇共には頼みたくねー。 頼むぜ?」
リヒャルトが挑発的な目でペルシャガルを睨むと、ニヤリと口角を上げながらゆっくりと頷いた。
「にゃあ! 上等だにゃ! 十五分間も俺たちから逃げられると思うにゃよ!」
弾かれたように飛び込む猫人たちを見て、リヒャルトはしめたとばかりに歯を見せて笑った。
「交渉成立だ。 手加減しねぇから覚悟しろ!」
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