異世界蹴球 〜ビーストリーグ〜

直哉 酒虎

第1話 幕間・Ⅰ

 バロンドール賞四回受賞、つい先日のワールド杯でも優勝し、UEFAチャンピオンズリーグでも優勝経験がある。

 

 この俺、リヒャルト・シュナイダーは世界でも有名なストライカーなわけだが。

 

 今、よくわからない場所で立ち尽くしている。

 

 サッカー関係でいろんな国を回ったが、こんなところ見たことがない。

 

 なんせ隣をすれ違った女から猫のような耳と尻尾が生えている。

 

 無論、人間のような姿形をしていて二足歩行してるにも関わらずだ。

 

 ……意味がわからない。

 

 あたりを見渡すと、ここにいる人間? 全員、一人残らず猫のような耳と尻尾を生やしている。

 

 生やしてないのは俺だけだろう。 念の為臀部を叩いた後、髪もわしゃわしゃと触ってみる。 尻尾も耳も生えていない。


 寝間着の半袖ハーパンと、スポーツサンダルも相まってか、俺の姿は悪目立ちしてしまっているのだろう。

 

 すれ違うやつら全員俺を二度見している。 まあ、気にしないが。

 

 もちろん言っておくが、俺が見ている不思議な人間たちはコスプレではないと断言できる。 なんせ、尻尾はふよふよ動いてるからだ。


 時折耳だってピクピクと動いているし、針金で作った作り物なんかではないのは見ればわかる。

 

 おまけにこの街はものすごく獣臭い。 ボロいペットショップの匂いを十倍くらいひどくした感じだ。

 

 そもそもなぜこんなことになったのだろうか?

 

 俺はさっきまで自分の家にいたはずだった。



 ——————夜中の三時ごろ、喉が渇いて目が覚めてしまった。

 

 飲み物を取ろうとしてキッチンに向かうと、黒尽くめの見知らぬ男が何かをあさっていた。

 

 俺は眠かったから何も考えずに「お前は誰だ?」と聞いたら、振り向き様にナニカを向けられた。

 

 この時ようやく目が覚め、同時に思った。


 向けられたのは、間違いなく銃だったからだ。

 

 ……こいつ、強盗じゃね?

 

 そう考えた次の瞬間、しぼんだ銃声が聞こえた。 カスタム銃とか、用意周到だなって思った。

 

 銃口が火を吹いた直後、胸の辺りが焼けるように熱くなり、恐る恐る胸を押さえた。

 

 生暖かくて、ドロドロとした手触りの何かに触れ、改めて状況を理解した。 ……理解したくはなかったが。


 体温が急激に奪われ、手足がしびれて力が入らなくなる。 銃で打たれた胸元は、激しい熱を帯びており、痛みというより違和感しか感じなかった。

 

 そして俺の意識は朦朧とし始め、プツリと目の前が真っ暗になり……今に至る。




 この街には現代風の建物は見当たらない、レンガや石壁造りの家が並ぶ。

 

 ガラスはない、電気もない、街灯も車も……鉄すらない。 どんな旧時代だよ。

 

 そんなこと思いながらトボトボと歩き出す。

 

 そこら辺の建物には蔦が伸びているし、雑草もひどい。 街道は全然整備された様子はなく、通路に敷き詰められたレンガはひび割れてるのが当たり前。

 

 普通に歩いてもボコボコだし、剥がれまくってたりしている。

 

 すれ違う猫みたいな人間たちは、チラチラと俺のことを見ているが、この際もはやどうでもいい。

 

 見たこともない場所だ、なにもすることがない。

 

 気晴らしにサッカーがしたい、現実逃避をしたい。 なぜ俺はこんなところにいるのだろうか?

 

 行く当てもなく、ただ歩いていたら、風に流され歓声が聞こえてきた。 歓声が起きている方に目を向けると、何やら闘技場のような物が見える。

 

 石造の大きな闘技場だ。 俺は自然とそちらに足を向けた。


 理由はない、そこに俺の求めるなにかがあると直感したからだ。

 

 この闘技場のような場所は、見た目的にコロシアムだろうか?

 

 ギリシャ辺りを観光した時、何度か見たことがある。 見た目的にも明らかにコロシアムで、中では野蛮な殺し合いがされていてもおかしくないような外見。

 

 文明レベルを考えれば罪人同士の殺し合いとかを見世物にでもしているのだろうと思いはしたが、おれは無意識に……まっすぐその場所へ足を向けていた。 さも当然のことのように。

 

 なにやら馴染み深い物が、そこにはあると確信したからだ。

 

 ゆっくりと石造のコロシアムに入る。 中に入っても近代的な道具はなく、ただ目の前にある通路をぼーっとしたまま歩いて行く。

 

 通路にある柱と柱の中間あたりには松明がついている。 踊るように燃える炎をちらちらと眺めながら歩いていくと、出口から光が差してきた。

 

 目をすぼめながら、光の中へと進んでいく。

 

 するとコロシアムの観客席に出た、ものすごい歓声と熱気。

 

 この歓声を、この熱気を、この雰囲気を——

 

 ——俺はよく知っている。

 

 あたりを見渡すと、観客たちは皆会場中心部を向いて必死に声をかけている。 俺も周りの観客たちに釣られて視線を送った。

 

 「後半開始早々ニャンクルキャットが得点ダァァァ! 現在三対一! ニャンクルキャット、負ければ二部降格がほぼ確定だが! このまま追いつく事はできるのか!」

 

 メガホンに怒鳴りかけているやつがいる。 実況をしているような声が聞こえてくる。

 

 この建物の中心に広がっていたのは、何度も見てきた光景だった。

 

 「いっけー! 後二点決めるのにゃあ!」

 

 「何がなんでも一部残留にゃ! 後三十分あるにゃ!」

 

 緑色の芝生、中心に引かれた白い線、両端に置かれた木製の箱。

 

 見間違えるはずがない、これはサッカーコートだ。

 

 角笛の音が響き、センターマークからボールが蹴り出された。 ボールを蹴ったのは蛇柄のユニフォームを着たヒョロながいやつら。

 

 皮膚のところどころに鱗のようなものが見えるし、時折細長い舌を高速で出し入れしている。 一言で言うと蛇のような人間だ。

 

 蛇柄ユニフォームのチームは全員蛇人間なのだろう。 俺は蛇とかニョロニョロ系が苦手だから少し身震いしてしまいそうだ。

 

 対する黒の縦縞ユニフォームは、この街にたくさん歩いてた猫人間。

 

 しかしフィールドにいる二十二人は男女混合だ。 猫チームは女の割合が高い。

 

 猫や犬は好きだった、小さい頃は猫も飼っていたし、周囲で歓声を送る猫人間たちはどこか愛くるしさすら感じる。

 

 それはともかく、試合に意識を戻す。 蛇チームは中盤でパスを回し、相手の様子を見ている。

 

 対して猫チームの前線は、蛇チームが細かく回したパスに食いついていて、縦横無尽に走り回っている。

 

 完全に翻弄されているようにしか見えない。 しかし、驚くべきなのは初速の速さだ。

 

 間違いなく世界一早いと断言できるほどのスピードで全員走っている。 あの初速なら、五十メーター三秒以内は確実だろう。

 

 サッカーでの初速は大きな武器になる。 ロングパスの際ディフェンスにつかれていても、初速が早ければ置き去りにできる。

 

 その上ファーストタッチで大きく蹴り出してしまえば、それだけでディフェンスは置き去りだ。

 

 過去、ドイツリーグで得点ランキング上位に食い込んでいた男は、当時世界陸上で金メダルを取っていた男より初速が早かった例もあるからな。

 

 しかし、蛇チームも警戒しているのだろう、なるべく距離を空けないように三角形を作り、うまくパスを回している。 まるで鳥かご状態だ。

 

 そんな中、キャプテンマークを巻いている猫の四番が、初速を生かし相手のパスカットに成功する。 ものすごい反射神経だ。


 四番の猫男は、蒼銀色の短い髪を風になびかせ、奪ったボールでドリブルを始めた。 鋭い若草色の瞳が見据えているのは、ゴールただ一つ。

 

 それを見た猫チームはディフェンスとかミッドフィルターとか関係なく、全員が最前線へ上がりながら必死にパスを呼び始めた。 はっきり言ってポジションもクソもない、グダグダだ。

 

 点差が開いているから必死なのだろう、全員が必死にゴールに向かって駆け出している。

 

 すると、四番の猫男は誰もいない左サイドにフィードパスを送った。

 

 普通なら絶対に届かない、しかし猫の十一番は驚異的なスピードでパスに追い付き、つたないトラップでボールを足下に収める。


 ミルクベージュのショートヘアーに、ところどころ黒いメッシュを入れている、スラッとした女の猫。


 シャム猫みたいなあの目立つ頭だというのに、ボールに追いつくまでマークすらつかれていなかった。


 正確には、マークにつけないほどの速さだったとも言えるだろうか? 女であの速さ、脅威以外の何物でもない。

 

 遅れて蛇チームが二人がかりで体を寄せるが、猫の十一番は間髪入れずにセンタリングをあげた。

 

 ボールの軌道が高すぎる、そう思った瞬間。 八番の女猫がものすごい高さをジャンプした。

 

 トランポリンにでも乗っているのかと錯覚するほどのジャンプ力。 ゴールの高さを軽々と超えている。

 

 あんなの反則だ、あんな高くジャンプできる選手がいたらそれだけで驚異だ。

 

 八番の女猫は高く上げられたセンタリンングに頭で合わせる。 ボールが額についた瞬間、高所から叩きつけるようにゴール右隅に向けて勢いよく首を振る。


 赤褐色の髪が揺れ、はしばみ色の鋭い視線はボールの行方を追っている。 まるで祈るような視線で。

 

 鋭利な角度で落ちていくヘディングシュートは、八番の女猫の期待に答えるかのごとく、ゴール右隅に吸い込まれていった。

 

 蛇チームのキーパーは横っ飛びで掴もうとするが、ボールひとつ分届かない。

 

 ゴールとして作られたであろう巨大な木箱の中から、鈍い音がガタゴトと響く。

 

 この国のゴールはネットではなく木箱で作られているため、中でボールがバウンドして暴れているようだ。

 

 追加点が入ったことで、闘技場は大歓声に見舞われた。

 

 「二点目! 二点目が決まりました! 決めたのは、八番のシャマイル選手! 激的なヘディングゴールダァァァ!」

 

 メガホンで拡声された声が闘技場内に響き渡り、俺の周囲にいた猫人間たちが飛び跳ねている。 観客たちのジャンプ力も異常だ。


 俺のほうがびっくりして大口を開けながら、ジャンプした客を見上げてしまった。

 

 ここにいる奴ら全員、観客ですら身体能力が高すぎる。

 

 敵を置き去りにするほどの初速、圧倒的反射神経に、目を疑うほどのジャンプ力。

 

 サッカーがうまい下手関係なしに、それだけでトップリーグでやっていけるほどの身体能力だ。

 

 

 

 すごすぎる!

 

 

 

 なんて羨ましいんだ。

 

 ゴールを決めた選手、たしかシャマイルとか呼ばれていたアビシニアンみたいな猫女が、ボールをセンターマークに急いで運んで行く。


 対して蛇チームは重い足取りでポジションに戻る。 猫チームは追いつく気満々なのだろう。

 

 俺はたった今さっき、強盗に撃たれて死んだかと思った。

 

 けど、何の因果か知らないが実際に俺は死んでいなくて、今こうしてサッカーの試合を観戦している。

 

 絶望的だった思考も、目の前で繰り広げられる試合を見ていると吹き飛ばされていく。

 

 サッカーをしたい、俺もあそこに混ざりたい、ボールに触りたい。

 

 また、ゴールを量産して観客や相手チームの奴らの度肝を抜きたい!

 

 興奮した状態の俺は、食い入るように試合を見続けた。

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