オロロンライン
葵葉みらい
オロロンラインを抜けて
国道231号線、通称「オロロンライン」。
札幌から石狩を通って
私も一度だけオロロンラインを走ったことがあった(もちろん車でね)。そのときに見た光景が忘れられなくて、また行きたいと思っていた。
11月中旬、とある土曜日。冬に入る前の、ぎりぎり手前。天気予報を見たら、その日は一日晴れだった。
最後に、もう一度だけあそこに行こう。そう思い立って、旅に出た。
前日は早く寝て、日の出と同時に出発した。朝日に照らされる札幌の街を抜けて、石狩湾沿いの風車を横目にひたすら走る。
厚田の道の駅でちょっとだけ休憩。
恋人の聖地とか言って、ハートの石像やたくさん吊り下げられた南京錠がある所にも行った。高台になっていて、朝焼けが映る石狩の海を一望できた。
私以外誰もいなかったので、もちろん恋人の鐘も鳴らした。
不思議と
それから、海の見える場所にちょこちょこ寄りつつ、留萌の道の駅に行った。
……こうして振り返ってみると、道の駅ばっかり行ってるな私。だってしょうがないじゃん、この辺道の駅くらいしか行くところが……海が見えるだけですごいよね!!!
海が見えるだけで、海なし県出身の私にとっては特別だった。「
どこまでも続く、深くて青い海。でも波打ち際に近づいてみれば、すっと透き通ったエメラルドグリーンのようにも見えて。
不思議な海。きっと入ったら氷のように冷たくて、流されたら死んじゃうんだろう。海は怖いけれど、美しい。
当たり前だけど、11月の留萌は寒い。日差しが出ているとは言っても、風が吹けば肌を突き刺す。
だから、そんな中食べるあったかいそばは美味しい。
ニシンそば。一度食べてみたいと思ってた。
甘く味付けられたニシンとダシの利いたそばつゆは、合わないことはなかったけれど、なんで一緒にしちゃったんだろう感は否めなかった。
でもおいしかったからよしとした。
なんでも、昔は留萌駅で営業していた立喰いそば屋だったらしい。
それから、ウォッシャー液がなくなったからホーマックに行って、黄金岬に行って、
最後にはスーパーに寄って買い物をして、私の生活はいつもの日常に戻った。
道中は、好きなラジオや音楽を聞きながら運転していた。たまに熱唱したりキツネを見かけたり、なんかよくわからないものをタイヤで踏んだり(一瞬焦ったけど全然大丈夫だった)、いつも通り平和にドライブしていた。
でも、ときどき……というか結構、嫌なことを考えてしまっていた。
……仕事のことだ。
私は夢を持って北海道にやってきた。やりたいことがあって、ここに来た。
でもそれは、半分くらい達成できて、半分くらい達成できなかった。
説明するのが難しいから、どんな夢だったのかはここでは言わない。でもとにかく、私は志半ばだった。志半ばで、北海道を去ることになった。
――つまり、仕事をやめるということだ。
私は北海道が好きだった。だから仕事のせいで、職場の人間のせいで、この場所が嫌いになるのは嫌だった。私の好きな北海道のままでいて欲しかった。
なにを言っているかわからないかもしれないけど、それが私の本心だった。感情がごちゃ混ぜになって、自分でも何を考えているのかわからなくなっていた。
こんなことで北海道を離れることになるなんて……正直悔しかった。
会社自体は、私がずっと入りたかったところだった。就活は上手くいった方だった。
でも、入ってみないとわからないことだってある。「配属ガチャ」とか「上司ガチャ」とか、そんな言葉で片付けちゃいけないとは思うけど、私の場合は人間関係がうまくいかなかった。
私にも問題はあったのかもしれないけれど、今はそんなことを考えたくない。全部会社が悪くて、あのおっさんたちが悪い。そういうことにしてほしい。
それだけが理由ではないけれど、とにかく私は会社をやめることにした。これ以上そこにいても、ただ私の精神が削られていくだけだと思った。
私の選択が正しいかどうかはわからない。でも、今の会社に居続けることが正しくないということだけはわかる。理屈じゃなくて、直感、本能が「ここにいちゃだめだ」って言ってた。
これからどうなっちゃうんだろうって不安はある。でも、本当に悩んでいるのはそこじゃない。やめるのはもう決めたことだし、後悔はしないってわかってる。
私が気がかりだったのはやはり、人間関係だった。
「今度忘年会やろうと思うんだけど、来れる?」
会社の同期から、そんなラインが届いていた。予定は空いていたので行けないことはなかったけど……行きたくないと思ってしまった。
その子と仲が悪いというわけじゃない。むしろたまにお昼を一緒に食べることもあるし、何度か一緒に飲みに行った仲だ。私が会社をやめることだって知っている。
でも、なんだかもう気まずかった。彼だけでなく、他の同期に会うのも苦しくなっていた。別に私なんていなくても、彼らは彼らで仲良くやっていくだろうし、もうすぐいなくなる人間がなにを話していいのかわからなかった。
上司や会社の悪口とか、言いたいことはいっぱいあるけど、それをこれからもここで働いていく彼らに言ってもしょうがないと思った。失礼な気がした。
だから私は、みんなに気づかれないようにフェードアウトしていって、ここからいなくなろうと思った。ラインのグループからは抜けたし、職場でもあまり会わないようにした。
なのに、彼は気を遣って、わざわざ私に連絡をくれた。正直ありがた迷惑だ。
忘年会の予定日は、私の退職予定日の翌日だった。私が行けばほぼ間違いなく、お別れ会みたいな雰囲気になるだろう。
それが嫌……というよりは、彼らと会ってどんな話をすればいいのかがわからなかった。どんなことを言われるのか……怖かった。会ってしまえばまた変な感情が湧いてきてしまうんじゃないかと思えて……。
飲み会なんて、コスパが悪い。5000円、二次会まで行けばもっとお金がかかって、得られるものは特にない……。時間とお金を使って、ただ楽しむだけ。
じゃあ、楽しくない飲み会なんて、行く意味ある? ないよね?
――車の中で音楽を聞きながら、彼の誘いを断る言い訳を必死に考えていた。こんなことを考えている時点で、普通に行くべきじゃないと気づいた。
行かなくていい。私は行かなくていい。断ろう。だた一言ラインを入れるだけなんだから。さっさと断ろう。
そう自分に言い聞かせていると――なぜだか涙がこぼれてきた。
うそ……? 自分でもびっくりした。なんでこんなところで、ただ運転してるだけなのに……。
私はきっと、自分でもわからないくらいに追い詰められていたんだと思う。
彼の気持ちを考えたら、無下に断るなんて……そんなことを考えている場合じゃないって。無理せず逃げ出した方がいいんだって、心のSOSが涙になって出てきたんだと思う。
「その日は行けなさそうだから、他のみんなで楽しんできて!」
私は嘘をついて、ラインの通知をオフにした。
それから、ゆっくりと温泉に入った。湯船にはぷかぷかと赤いリンゴが浮いていて、お湯も心なしか赤かった。その一つを手に取ってみると、甘くておいしそうな香りが漂ってきた。
そういえば、増毛はリンゴが有名だったっけ。日本最北の果樹産地だもんね。
海を見ながら、湯船に入ったり出たりを繰り返して、嫌なことを忘れようとした。そう簡単に忘れられることではないけれど、だいぶ気持ちは楽になった。もう涙は出てこない。
旅の終わりは夕日で締めようと思っていた。でも、夕方になると西の空に雲が出てきて、結局夕日は拝めなかった。
前はきれいに見られたんだけどな、まあいいや。
そう思って、車を走らせようとした、そのとき――もう一度西の空を見ると、雲の隙間から漏れ出た光が、鮮やかなピンク色に染まっていた。まるで、雲の後ろにLEDがあるんじゃないかと思えるくらい、きれいな色だった。
「日出る国から日没する国へ」
昔のどこかの偉い人が、そんなことを言っていたらしい。
だから今日、私が夕日を見られなかったのは、
「あんたはまだ沈んじゃいけないよ」
っていう、天からのお告げだったのかもしない。
――そんなことを思いながら、私はアクセルを踏んだ。
きっと、いい未来が待っているはずだから。
オロロンライン 葵葉みらい @rural-novelist
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