幕間4話

 探索者組合緋龍支部。支部長室。


「報告ありがとう。もう退室していいわ」

「分かりました。それでは失礼します!」


 依頼の報告を終え、受付――豊田千代子が退室する。

 その後ろ姿を見送った私――凪野宮姫は、溜息を吐いた。


「……まさかダンジョン教団が関わってるなんてね。とんだ厄日だわ」


 ただでさえ、武装貴族出身のダン高生が依頼に自身を捻じ込んできたりと面倒事があったばかりなのよ? これ以上の厄介事が出てくるなんて、どういう事?


 ほんと、出来れば聞かなかった事にしたいわ。何も無かった事にして。


 けど放置すれば何かしら酷い事件が発生する事が容易に想像できて、その選択肢を選ぶ事も出来ない。……まったく。半端に優秀な能力を持つ自分が恨めしいわ。



 ――ダンジョン教団。現代にその名前を知らない人間はいない。



 ダンジョン教団とは、大昔から存在する巨大な宗教団体だ。


 信者数は全世界に30億人超え。スローペースながらも確実に拡大を続け、近々新しい国にもその勢力を伸ばすのでは、という噂すら囁かれる大勢力。巨大過ぎて実態を把握し切れておらず、隣人が実は教団の信者だった、という事も珍しくはない。


 全世界で最も影響力を持った組織。――それがダンジョン教団だ。


 教義は、人類に様々な恩恵を齎すダンジョンへの信仰。


 出現以来、無数の悲劇と共に多くの恩恵を社会へ齎したダンジョン。その存在を絶対のもの。つまり神、あるいは無二の存在として祭り上げ、崇め称える事で感謝と敬意を示し続ける――それが表向き、教団が信者や世界に対して掲げている教義。


 それだけならまだ普通の宗教組織、と言ってもよかった。



 ――けれど。教団を普通の宗教だと言う事が出来ない事情があった。



「これ、絶対に『試練』か『運命』が関わってるやつじゃない……」


『試練派』と『運命派』。


 教団にはその名で呼ばれる二つの過激な宗派が存在すると言われている。



『試練派』とは、ダンジョンを神から与えられた試練だと考える宗派だ。


 目的はダンジョンを攻略する事。ダンジョンという試練を乗り越える事で神に人類の未来と可能性を示せると考えていて、宗派自体が強力にダンジョン攻略を推奨している宗派だ。その性質から、『試練派』には探索者を生業とする信者も多数いる。


 攻略者の八割以上が彼らではないか、と実しやかに囁かれたりもしている。


 また、『試練派』は人類に試練を与える事も教義としている。


 試練を越える事は人間に与えられた義務。試練を乗り越えてない者は一人前の人間ではないと考えていて、善意から教団以外の人類にも試練を与えてくるのだ。その難易度は様々。結果。分かっているだけでも数百万人以上の死傷者を出していた。


 善意で蟻地獄へと誘うイカレタ狂人集団。それが『試練派』だ。



 一方。『運命派』とはダンジョンを運命そのものと考える宗派だ。


 建物群がダンジョンへと生まれ変わるのは神が召し上げたから。『運命派』の人間はそう信じており、自宅がダンジョンへ生まれ変わる事を名誉だと思っている。


 故に、攻略とは神の所有物を奪い取る悪行。ダンジョンを攻略する探索者や、教団に属しながらダンジョン攻略を推奨する『試練派』を蛇蝎の如く嫌っている。彼らにとって組合や『試練派』は神敵。『運命派』は度々双方に対し攻撃を行っていた。


 民間人への被害こそないものの、危険度では『試練派』と大差ない。


 神の敵と定めた者を皆殺しにする狂信者集団。それが『運命派』だ。



 両宗派の存在は公然の秘密。――けど、教団は存在を認めていない。


『試練派』と『運命派』として語られた者達はあくまで教団の一信者。彼らは決してテロ行為など行っておらず、彼らがそのように語られるのは組合が我々を貶めるべくプロパガンダを行ったからだ。我々は必ず同胞を守る、と教団は公言している。


 そして教団は世界最大の宗教団体。当然、味方をする者も多い。


 つまり――テロを行う危険な集団が存在する事は明白なのに、教団に匿われている所為で捕縛も出来ない。この状況を厄介以外の言葉で表現できる気がしないわ。


 教団絡みのあれこれは、組合に所属する者が必ず直面する問題ね。


「……そういえば、高遠たちの行方も分からなくなったんだっけ?」


 高遠とその一派。アイアンプレートの探索者集団。


 彼らはここ緋龍支部でもそこそこ年季の入った探索者集団だった。けれど素行の悪さから長年アイアンに留まっていて、近々除籍処分すら考えられていた者達だよ。


 今回の依頼結果次第で対応を決めるつもりだった……ん、だけど。


「はぁ。まさか行方を眩ますなんて、ね」


 いえ、消えたところで惜しい人材ではないのよ? 優秀な人材でも無かったし。消えた事を喜ぶ者は居ても、悲しむ者は居ないでしょう。彼らは自分達が成功しない理由は他にあると常々不平不満を漏らしていて、組合の居心地も悪くしていたから。


 とはいえ一応彼らも組合の一員だった訳で。細々とでも、依頼は熟していた。大した量ではないけれど、幾つかの依頼が一時的に滞る事を思えばマイナスは大きい。


 消えるならせめて、誰かに依頼の引き継ぎをしてから消えて欲しかったわね。


「それと……桜江大輝。彼は一体何者なのかしら?」


 今回依頼への参加を要請した正体不明の探索者、桜江大輝。


『天眼』――私の二つ名の由来である未来視の力で視た結果、彼に協力を要請するのが最も良い未来へ繋がる道だと判明したから参加をお願いした、……のだけど。


 正直、今回の一件で最も得体が知れないのは彼ね。


 私の未来視はあくまで未来の私自身から情報を受け取るもの。未来の私が得られない情報は当然受け取る事が出来ないから、彼の全てを知っている訳じゃない。


 ……けれど。目にした数秒の光景が、今も脳裏に焼き付いて離れない。



 世界を埋め尽くす赤。赤。赤。赤。赤。

 大地が燃え。空が燃え。目に映る全てが緋色に染まったあの光景。

 肌を焼くあの熱が、今も残っているような錯覚さえある。



 あれをたった一人の人間が生み出した事実を、私は未だ呑みずにいる。

 ――しかし。あれは紛れもなく、未来の私自身が目にした光景なのだ。


「あんな人間が存在するなんて未だに信じられない。……けど幸い、彼は皇国で探索者になってくれた。なら、対応次第では友好関係を築く事は可能なはずよ」


 彼が皇国の生まれでないと知った時は、少し気が遠くなったけどね。


 あんな怪物染みた人間が何処の誰なのか気になって調べた結果、まさか国外からの移民だと判明するなんて。アズマ皇国には敵も多い。場合によっては彼がこの国の敵になっていたかもしれないと思うと、肝が冷えたなんてレベルじゃなかったわ。


 とはいえ彼は既にこの国の住人。赤目なんて目立つ容姿ではスパイの可能性もないでしょうから、そこは逆に安心材料ね。不幸中の幸い、と言っていいのかしら。


「頭の痛い問題ばかり。……でも、なんとかしてみせるわ」


 ダンジョン教団。『試練派』に『運命派』。

 そして――謎の探索者。桜江大輝。


 どれもこれも一歩間違えれば皇国に大きな災いを齎す脅威ばかり。

 下手に扱えばとんでもない被害が齎される事は視なくとも分かる。


 でも、絶対にそんな未来は迎えさせない。


 皇国は私の生まれ故郷。怪物たちの好きにはさせないわ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 よければこちらの作品もよろしくお願いします!

【現代ダンジョン攻略譚 ~俺はダンジョンで遊びたいだけなのに、邪魔する奴らがウザ過ぎる!~】https://kakuyomu.jp/works/16818093090903060795/episodes/16818093090977717557

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大英雄、探索者となりダンジョンに潜る ~帰還転移したら出たのは日本に似た別の国だった!? もう諦めてここで暮らそうと思う~ オール=ゼロ @raining000

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