第14話 晴れて夫婦となって

 兵庫は金左衛門と大野吉右衛門正邦に婚礼の日取り等について決まり次第書状に認めて送るとした。

 美乃は母伊都乃と共に婚礼衣装一式を大道町の呉服商中条屋に行って頼んだ。

後は住まいだが、中級上級家臣ならば定府勤めとして邸内に屋敷地を与えられて居る者もあった。

 巣鴨の中屋敷に小規模ながら戸建ての空き家が在った。

以前中級の家臣に与えられた敷地内屋敷で百ニ十坪ほどの敷地で、建物も手入れをすれば十分使える家であった。

 現在は倉庫代わりに使われて居るので、先ず片付けから始めなければならないだろう。

 家老の津田玄蕃がそのことを治脩公にお伺いを立てると、

「構わぬ、そのようにせい」

 お気に入りの高添兵庫のことになると二つ返事でお許しが出た。

 黒塀で周りを囲んであったが、所々が壊れて居たので手を入れて直さなければならず、表に冠木門かぶらぎもんを付けるのと、裏手には塀重門を付けるることにした。

その門を入ると式台玄関があり、玄関横東側に居間と続きの間があってその外側に廊下があった。

玄関の奥に客間があり、その外側には東側に続く廊下が、その角に厠があった。

 客間の横が台所で、その横に板の間と土間があり、その土間と板の間を直して分割し、小者らの部屋を造り、専用の厠を新たにつけることにした。

台所の外側には湯屋を設けるのと同時に薪小屋を付け足して貰うことにした。

 本格的に改修に取り掛かれるのが二月頃で、母屋の改修から囲いに至るまでの工事が完了するのは四月一杯となる予定であった。

庭には梅の木や松に楓が植わっていたが、空き地はそのままで美乃が畑として使いたいというのである。

 家老からの助言で祝言は五月初旬に挙げたらいいだろうとのことであったので、次の参覲が、八月か九月頃になりそうだと予想されたが、特に問題はないとのことであった。


 治脩公の警護に就いて間もなく、御公儀に届け出ていた湯治の許可が下りたのである。聞けば加賀に行くとのことである。

それなら金澤に戻れると内心喜んだ。

所がそれは糠喜びであった。

 家老からの話で兵庫は江戸に残って、戻られるまで江戸詰重役の警護に当たって貰うと言うのだった。

治脩公も承知の上とのことだった。

如何やら市中に於ける騒動の件が尾を引いてるようだ。

役宅の修繕についてはそのまま継続で、従って祝言も来春江戸にて挙げることに変わりはなかった。


 十月六日治脩公の一行は東海道を小田原、宮、大垣から先上街道を小松へと向かったようだった。

 残念な思いはこれで二度目だが、兵庫は腐ることなく与えられた勤めに励んだ。


 三月九日に雪氷が届いた。

手木足軽の小頭喜兵衛が兵庫の御貸小屋を訪れたのである。

「お久しぶりです。又この度の御出世並びにご婚儀につきましては実にお目出度く御祝い申し上げます」

かたじけなく存じます。ところでいつまで在府ですか?」

「今のところ氷室の日の将軍家への献上までは居る予定ですが、或いはそのまま在府となるかも知れませぬ。何か?」

「ならその時は披露の席に御出で下さい」

「滅相も無いこと。儂のような軽輩が出られる席ではありませぬ」

 喜兵衛は内心嬉しかったが辞退した。

だが兵庫は熱心に誘うのであった。

それは御前試合以来の戦友であり、共に君主の警護に付き従った仲間でもあったからである。

こうした席には真の仲間を呼びたいと思って居たのである。

例え身分が違っても構わなかった。

兵庫とはそういう男であった。


 四月二十五日、黒塀の改装を最後に改築が完了したので、役宅への引っ越しを始めた。所帯道具は金澤から送られて来るので、御貸小屋で使っていた行李などを運び入れた。

 奉公人を二人雇ったので掃除や荷物の移動を任せた。


 祝言の日取りが五月十六日と決まった。

それに伴って兵庫は役宅で祝言と披露宴を行うことにした。

そのことで八百善への依頼を口入れ屋清五郎に頼んで貰った。



 金澤では、江戸での祝言の為金左衛門や大野吉右衛門らは宿泊先選びを行っていた。

というのも、この時点で斉廣公の参覲は九月十三日金澤発駕と決まっていたので、敢えて宿場をずらして泊まることも無かったが、一行とは宿場を変えたのであった。


 五月朔日の昼前に金澤を発った美乃から手紙が届いた。

差出の日付は四月三十日である。

【愈々明日一日、あなた様の元へ向かいます。

父は久しぶりの江戸行きで大人げなく燥いでおります。母は初めてのことで嬉しそうではありますが不安も隠せないらしく落ち着かない様子です。

それと父が兵庫様が喜ぶからと爺の益三を同行させるそうです。その他に供が二名。

それと大野吉右衛門様ご夫妻とは御城下端の松門辺りで合流の予定です。彼方が四名ですから総勢十名で参ります】

 最初の手紙より四日後に二通目が届いた。

【本日心配して居りました難所親不知を無事通過致しました。砂濱の波打ち際を裸足になって歩きました。その波打ち際に立ち尽くして沖を眺めて居りますと足元の砂が波に削り取られて海に引きずり込まれるような錯覚に捉われて少々怖くなりました。

季節は正に夏ですが水は未だ冷たく感じられます。本日は青海で宿を取ります】

 御前のお供でないだけに気楽に旅をしているのが窺えた。

況して義父と義母にとっては恐らく初めての旅であったに違いない。

 三通目は軽井沢を過ぎて熊野権現からであった。

【高田の御城下を過ぎますと上りとなりまして細かく休憩を取りながら山道を越えて参りましたが、今また難所の一つと言われて居ります碓氷峠に向かっているところです。

でもこの先は殆ど下りのようですから幾らかは気分的に楽になりました】

 兵庫も汗をかきながら下ったその場所は早三年も経って居たが今でもよく覚えていた。女の足では猶更大変に違いなかった。

それにしても益三爺やは大丈夫であろうかと心配になったが、最後の方に爺やも達者に旅しているとあったので安心した。


 五月十三日早朝から小雨が降る中、金澤からの一行が中屋敷に到着した。

番士からの知らせに表門まで出迎えて、一行を役宅に案内した。

使用人は未だ小者二人だが気の利く男達で手際よく水桶屋手拭いを用意していた。

床の間付きの八畳を父と母に、次の間の八畳に大野吉右衛門一行が入って旅装を解いて貰った。

 御家老の差配によって、料理方お女中が台所に三人詰めていた。

御仲居のつ祢が金左衛門に挨拶に来た。

「中屋敷にて仲居を務めますつ祢で御座います。御在宅中の御用を承りますので遠慮なさらずにお申し付けください」

 と言って頭を下げたまま下ろうとしたので、

「お待ちなさい」と伊都乃が呼び止めると、財布から壱分金を出して懐紙に包んで手渡した。

 つ祢はそれを親指で挟み、左手を下に添えるとお辞儀をするように頭を下げて部屋から下がった。

美乃はそれをしっかりと見ていた。

 こうした場所に置いて初めて見る光景であった。時にこういうことも必要なのだと、伊都乃は美乃に教えたものだった。

 暫く休んだ大野吉右衛門一行は小者に案内されて、宿泊許可の下りた御貸小屋へと向った。 

本来なら私用での利用は許されなかったが、君主帰國に伴って帰参した家臣らの住まいとしていた御貸小屋が空いていたのと、御隠居治脩公からの指示に由ったのである

 祝言は十六日なので十四日、十五日の二日間はゆっくり出来た。

小堀家では先に送ってあった嫁入り道具の長持ち等を御貸小屋に運び入れると、祝言の準備確認を行った。

 また同日神田鍛冶町二丁目の通りを入った所にある竪大工町の指物師に頼んであった桐箪笥が役宅の方に届いた。



 五月十六日は御貸小屋から婿殿の屋敷に向かうという段取りであった。

本来初めに聟側が嫁の実家に挨拶に行き、当日嫁が婿の家に来るというのが正式であったが、その辺りは打合せのような簡略で済ました。

 祝言は夜に行われるのだが、高添家では昼前から玄関に幕を張ったり、簡単な酒宴の準備をし祢のお女中衆らが朝から詰めて立ち働いて居たのである。

 御貸小屋では早朝から髪結いや御服衆が花嫁美乃の支度に取り掛かっていた。


 昨日奏者番より法梁院様へのお目通りの許可が出た兵庫は小堀金左衛門と大野吉右衛門と共に奥にある梅の間に挨拶に行った。

既に治脩公からのお祝いを頂戴して居たのと諸々に亘るご配慮の御礼に上がったのだった。


「真に目出度きこと、嬉しく思います。明日は玄蕃殿が相公様の代わりに参られる故よろしく頼みます」

「有難き幸せに存じまする」

 短時間とは言え兵庫は元君主の奥方にまみえたのである。

滅多なことではお目にかかれぬお方であり、名誉なことであった。


 夕方には村田喜兵衛が恐縮しながらも祝いの角樽つのだるを持ってやって来た。

その後に山崎幸安が登与を伴って角樽を持って来宅したのだが、兵庫は挨拶に出た折、登与の姿を見て驚いた。

髪型からお召し物等がどうみても武家の御内儀であった。

 山崎幸安は到着済みの小堀金左衛門に挨拶し、登与の身分を明かした。

「忝い山崎殿、兵庫は訳あって家族の出席が得られぬ為、この様な形になり申したもの。お二人のご婚儀に際しては兵庫夫妻がお役に立つだろう」

 と述べ、改めて二人に親代わりとしての役どころを頼んだのである。


 実はこの時御屋敷内のお台所で料理人が仕込みを行っていた。その手際の良さは流石本職の料理人である。この料理人こそ口入れ屋清五郎の紹介した山谷新鳥越二丁目の仕出し料理屋 八百善やおぜんの栗山善四郎であった。

 仔細は山崎幸安に任せてあったので、今日の部外者の屋敷内台所使用についての段取りは、小堀金左衛門から家老への歎願で許されたものであった。

 調理場には賄方が付きっ切りで見ていた。祝言後の披露宴には未だ早いが同じものを料理していたのである。

その祝い膳は正室法梁院せいしつほうりょういん様に供されるものであった。

毒見は小將や吟味役と御女中の小姓のおなみが当たった。



 日が暮れる頃、門前には両家家紋入りの提灯に明かりを灯し、門から玄関にかけては屋根の付いた誰哉行燈を立てて足元を照らした 暮れ六つとなったので兵庫宅では居間に於いて祝言が始まった。

金屏風の前に婿の兵庫が裃姿で嫁美乃が白練帽子に紅裏白綸子の打掛に白間着、白帯白足袋の衣装で並んで座るとその両脇に仲人役の大野夫妻が座り、小堀金左衛門夫妻が右側に、左側に兵庫の両親役の山崎幸安と登与が列した。

 仲人役の大野吉右衛門が両家にお祝いの言葉を述べ、妻女が三献の儀をつかさどった。

この模様を次の間や玄関、台所から参列者らが見ていた。

台所の女中衆にしても未婚であり、晴れて花嫁となった美乃を羨ましく眺めていたのである。

 美乃はお召替えの為呉服衆に付き添われて御貸小屋へと下がった。

その間に小者らが祝宴の会場を整える。

何せ狭いのでその都度出席者らは移動しなければならなかったのである。

 兵庫はその中で祝いの言葉を受けながら感無量であった。

美乃とて兵庫を信じて待った甲斐があったというものであろう。

 御殿台所より料理が運び込まれて其々の席の前に並べられた。

宗和膳や蝶足膳には突きだしの前菜、お吸い物、お造り、焼き物煮物、酢の物に赤飯に香の物がお椀や皿に盛り付けられていた。

 花嫁がお色直しを終えてお女中に付き添われて席に着いた。

下に白地、その上に赤、外側に黒地の三襲みつかされという衣裳であった。

美乃と兵庫は漸くお互いの顔を見ることが出来た。

美乃の目元が潤んで見えた。

家老が二合徳利を持って兵庫に注いだ。

「これで其方も一人前だな。それもう一杯」

 二勺のおちょこで立て続けに三杯飲む。

美乃が心配して声を掛けるのを見て父金左衛門が笑った。

 兵庫は御家老津田玄蕃に答礼し、仲人の大野夫妻に挨拶し、益三爺や手木足軽小頭の村田喜兵衛に挨拶をして、小堀、大野家のお供衆にも挨拶をする。

中屋敷のお女中衆に御礼を述べると、伊都乃様から心付を頂きましたと逆に礼を言われたのであった。

 山崎幸安と登与も帰り支度となったので美乃と共に見送った。

客人らが帰り、片付けが済んで四人だけになると金左衛門が改まって二人にこう切り出した。

「兵庫美乃、新所帯のお前たちに頼みがあるのだが聞いて呉れまいか」

「父上何なりとおっしゃって下さい」

「兵庫も役料を入れると百十石ほどになる筈だな。それなりに家来を持つことになるのだが…どうだろうかこのまま益三を手元に置いてみてはくれまいか。こちらに来る際、川越や山道の踏破も可なりしんどいように見えたでな。國へ帰るにも辛かろうと思う。

幸い独り身で兵庫のことも美乃のことも孫のように思うているようだし、どうだろうか」

「構いませぬ」

 美乃も同意するように頷いて見せた。

「良かった。後は本人の意思次第だが…」

 初めは遠慮して辞退していたが、二人に説得されて残る決心をしたのであった。

 金左衛門と大野吉右衛門は法梁院様に御礼の挨拶を済ますと、其々の御供を従えて國許へと旅立った。

 


 美乃はその後姿を見送りながら、得も言われぬ寂しさを感じるのだった。

 それは無理もないことで、二十三歳になる今日まで親元を離れたことなど無かったからである。

「美乃、父や母が何時までも達者でいらっしゃることを願うことだよ」

 兵庫は辺り構わず美乃の肩を抱き寄せた。漸く二人っきりになれたように思えるのだった。

祝言を挙げて三日間は二人きりで過ごした。

 一緒になるまで五年ほど経過していた。

三年ほどは金澤と江戸とに離れたままであったが、その間美乃のまめな手紙で気持が切れることなく繋がっていたのである。

 時に誤解も生じたが、帰國直後に訪ねて来た田崎彦次郎によって解消されたりしたことを考えると、兵庫の人に対する誠実な態度が疑念などという愚かな思考を拂拭させたものだった。

 小者の一人は太吉と言って相州の百姓の三男坊で、今一人は文吾と言って武州日野村の産であった。

この二人は偶々主人が交代で國に帰ることになった為溢れたもので、路頭に迷う所運良く兵庫の奉公人探しに出くわしたものだった。当初は年三両での契約であったが、五両に引き上げて貰ったのである。

 

 兵庫の俸禄は役料ともで約百八石である。切り米で二月、五月に各二十七石の支給で、残りは十月に五十四石であった。

食用として十二石ほど玄米を取り、残りは手数料を引いて現金化したのである。

手元に残る現金収入は七十四両(四百四十四萬円)ほどであった。

 楽という程ではないにしても、奉公人らに衣服の支給(お仕着せ)をしても問題なかった。

それでも美乃はいざと言う時のことを考えて倹約をしたのである。

 この年の九月斉廣公の参覲で十三日に金澤を発駕し、二十五日には江戸に入り、屋敷前を通過して行った。

この時道中奉行と随行の若年寄が法梁院様に挨拶に寄ったのである。

 中屋敷に隠居が居なければ挨拶に寄ること等無かった。


 祝言を挙げて十日ほど経ったある日、國許の伊都乃から森八の銘菓長生殿という落雁が行李に詰められて送られて来たのである。

美乃は中身を見て親代わりを務めてくれた登与や幸安に挨拶したいというので幸安に断りを入れると一緒に行くというので浅草寺境内にある茶屋を訪ねた。

「これはこれはお美乃様、よくぞお出で下さいました。さぁさ此方へお入り下さいませ」

 登与は父金左衛門が婚礼に際して尽力してくれたお礼として贈呈した蒔絵の櫛を挿していた。

奥の席は特別席として空けてあり、そこに案内した。

「その節は面倒をお掛けしました。直ぐにお礼に伺えず失礼致しました。これは國許から送られて来たお菓子です」

 と差し出すと、

「勿体のう御座います。お父上様の御取り計らいで貴重な経験をさせて頂きましたのに。折角ですから頂戴致します」

 千沙がお茶と茶菓子を出して店先に行こうとするのを登与は呼び止めて、美乃に娘として紹介したのである。

「美しい娘さんですこと」

 美乃ですら溜息が出そうな程美しく輝いて見えた。

《この娘なんだわ》

 美乃は一目見て兵庫が助けた娘と分かったのである。

 千沙という娘は一切兵庫を見ようとはせず、兵庫は兵庫で娘を見ないようにしているのが分かる位不自然であった。

「ところでその後はどうだい」

 問題の連中のことを訊いたのであろう。

「姿を見せなくなったわ」

 と、明るく答えるのだった。

 兵庫と美乃はお茶を飲み終えると登与に挨拶をして、幸安を残して店を出た。

兵庫は次の所へ行く前に、右手に五重塔を見ながら仁王門を潜る。

「折角だから観音様をお詣りして行こう」

「えぇいいわ」

 本堂までの間にも左右に茶屋が建ち並んでいた。

「立派なお寺ですこと」

 美乃は参詣者で溢れる境内をきょろきょろと見回しながら歩いていた。

「美乃さん歩きづらいだろう、その包みを持とう」

 兵庫は妻となった美乃をさん付けで呼んでいた。以前は様であったから少しは砕けた呼び方になっていたが呼び捨てにまではならなかった。

本堂の中央の階段を上がって外陣に入ると、表面にご本尊を奉安する御宮殿があり、その中に御本体を安置する厨子が納められていた。

 二人はお詣りが済むと東側の階段を下りて随身門の方へと向かった。

左手に三社権現があり、鳥居の側で手を合わせて軽く柏手を打って随身門から通りを左に出た。

北馬道町を越えると両側に寺院が並んでいて、その先の山谷堀を渡って道はほぼ直角に折れて千住大橋へ通じる道に出た。

この辺りが浅草新鳥越町で一丁目と二丁目であった。

「その辺りかな」

「あったわ」

入り口に仕出し八百善の看板があった。

「ご免ください」

 美乃が声を掛けると、

「は~い」

 と明るい声が返って来た。

「いらっしゃいませ。何方様で」

 と訊く。

「先達て駒込の屋敷で祝言を挙げた際、ご主人にお料理をお願いした者に御座います。ご主人は御在宅でしょうか」

 駒込の屋敷で分かったらしく、襟を正して座り直すと、

「この度はおめでとうございます。またご贔屓にして頂き有難う御座いました。生憎主人は仕事で出払って居りますので戻るのは可なり遅くなりますが、ご用向きをお伺いさせて頂きます。むさ苦しい所ですがどうぞお上がり下さいませ」

「只ご挨拶に伺っただけですから」

 御礼の挨拶に伺っただけなので恐縮して遠慮すると、善四郎の女房は二人を座敷へと招いた。

「おかみさん、これは國許から送って参りました森八の長生殿という落雁ですの。田舎のお菓子でお口に合いますかどうか」

 おかみは若い新妻の如才ない振舞いに感心していた。

その横に畏まって座っている若い婿殿より遥にしっかり者に見えた。

「うちは初代が大火の後に此処で八百屋を始めたんですよ。三代目の時にうちの人(四代目)が料理の修業をしましてね、結局八百屋を継いで間もなく仕出し料理屋を始めちゃったんです。好きこそ物の上手也ではないですが、料理人が性分に合っていたのでしょう」

「此処に御店を構えたら宜しいのでは」

 美乃はあの料理の味ならいけると思ったのである。

「お武家様にも受け入れられましたか」

「とても美味しく頂きましたわ」

 美乃はお嬢様育ちだけに舌は肥えていた。これが此処に料亭を開くことになった訳ではあるまいが、この後八百善は有名になって繁盛したのである。

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