第20話 四天王とか三銃士とか六大将軍とか。



シルバがワイバーンと激突すると、胴の辺りに剣を突き立てる。硬い鱗の隙間に刺さった剣をとっかかりに体を回転させて更に勢いをつけると、巨大な敵の体を貫通した。

「嘘……オリバちゃんが……負けるなんて……」

お気に入りのペットが苦しみながら息絶える姿を見たマキナは、力が抜けたようにその場に座り込む。

「僕等の勝ちだ」

シルバがマキナの首元へ、スッと剣を向ける。

「ふざけんじゃないっつーの……! よくも私の……」

小走りで駆けつけたアリエルは不安そうに尋ねる。

「シルバ……この子、殺しちゃうの……?」

「殺さないよ……」

シルバはこう答えたが本当は、「殺せない」が正しかった。意思の疎通が出来ないモンスターならともかく、会話が出来る上に見た目もヒューマンと遜色のない魔族を殺す事には、さすがにまだ抵抗があったのだ。

「なんのつもりなの? 私はあなた達を食べようとしたのに」

「これ以上危害を加えないなら、僕は君に手を出さない。だから今日の所は大人しく帰ってよ」

「馬鹿にしないでっ! 私は魔王軍四天王ヴェリアム様の従者、マキナよ! 私を生かして返せばあなたなんて、すぐに主様に殺されちゃうわっ!」

「やっぱり、四天王っているんだね」

ファンタジー世界でお決まりの肩書の登場にシルバは思わず笑ってしまう。

「何が可笑しいのっ! どこまで私を侮辱するつもり!?」

「ごめんごめん、そんなつもりはないんだ。多少痛い思いはさせられたけど、僕は君に恨みがある訳じゃない……。これで痛み分けって事にして、仲直り出来ないかな?」

シルバは笑顔で、マキナに手を伸ばす。

「あなた……変なヒューマンだね……」

今まで食糧としてしか見ていなかったヒューマンに負け、更には手を差し伸べられた事に、マキナの心には不思議な感情が生まれていた。


「お前達無事かっ!?」

その場に心配そうな表情のランスが現れた。

「将軍……良かった」

その姿を見たシルバは安堵する。

「ここにもう1人、青い髪の魔族は来ていないか?」

「いえ、来ていません……」

ランスが辺りを見渡すと、馬車の影から王女へ近付き、魔法を放とうとしているレイキの姿を発見する。

「姫様っ! お逃げ下され!」

ランスがそう声をかけると、ロゼッタが咄嗟にルーシー王女の前に出る。

「やめてレイキ! 今回は私達の負けだよ!」

「えっ?」

マキナはそれを止める為に声を張り上げたが、レイキの氷による攻撃は既に放たれた後だった。

「ロゼッタぁあ!!」

シルバ達は馬車から距離が絶妙に離れており、その瞬間を目にするも、声を上げる事しか出来なかった。

(くそっ!! 油断したっ……)

シルバは悔やみながらその場へと走りだすが、すぐさま氷のツブテが直撃する鈍い音が響く――。


だがその音は幸いにも、レイキの攻撃がロゼッタに当たった音ではなかった。

「怪我はないかい? マイラブリーキューティプリティシスターロゼッタ……」

王女達の前に立ち、敵からの攻撃を防いでいたのは、まるでアメリカのコミックヒーローのような鎧のスーツに全身を包んだ金髪碧眼で美形の男性。

「クリフ兄さん……なんでここに?」

「君の顔を見に久しぶりにギルドに戻ったのに姿が見えないから、シンさんを問い詰めたんだ。気付いた時には全てを投げ出して走り出していたよ……。でも、その判断は正解だったようだね……」

「勝手に街の外に出た私を……怒らないの?」

「君が選んだ道ならば、僕は怒らない……だけど……」

ロゼッタの兄クリフはシルバを指差す。

「君が新人のシルバだな! 何故何よりも最優先に人類の宝を守らない! もう少しで彼女が怪我をする所だったじゃないか!」

「す、すみません……」

それを見たロゼッタが口を挟む。

「私がルーシーを守る為に勝手に前に出たの! シルバは悪くないわ!」

クリフは跪きながら最愛の妹の両腕を掴み、諭すように優しく声をかける。

「こんなじゃじゃ馬娘の為に君が危険な目に遭う必要はないんだよ?」

「ちょっとクリフ、それはどういう意味かしら?」

ルーシー王女は眉間にシワを寄せながら尋ねた。

「分からないのかい? ガサツで大食いの君よりロゼッタの方が何億倍も可愛くて尊い存在だと言ったんだよ。ごめんよロゼッタ、比べるのもおこがましかったかな?」

王女は拳を握りプルプルと小刻みに震えている。

「いいわ……昔みたいにかかって来なさいよ」

一触即発な雰囲気の2人の間に入るロゼッタ。

「2人共! 今は喧嘩してる場合じゃないでしょ?」

「そうだね……妹との再開を喜ぶのは、こいつら3人を始末してからにしよう」

「それ、たぶんだけど私も人数に入ってるわよね? 上等よクリフ……」

王女は尚も喧嘩をふっかけてくるクリフを睨んだ。


「レイキ! 今日の所は一旦引こう!」

「そうだねマキナ。そうしよう」

王女達が言い争っている隙に魔族の少女達が近寄り互いに手を握り合うと、レイキが霧を発生させその場を離れようとする……去り際にマキナは尋ねた。

「ねぇ銀髪のヒューマン、あなたの名前は?」

「シルバだよ」

「ふーん。オリバちゃんの仇、絶対とりに行くから……」

「分かった……次も負けないよ」

「ホント、変なヒューマン――」

こうして霧が晴れた頃には、少女達の姿はなかった。


そして彼らは、1人も欠ける事なく(むしろAランク冒険者1名を追加して)王都へと帰還した。

「じゃあ僕は投げ出してきたクエストに戻るとするよ」

そう言ってクリフは先に馬車を降りる。

「兄さん、今日は助けてくれてありがとう」

「僕は自分の為にやっただけだよ。もし君が傷付く事があれば僕も同じように痛いんだ。そんな思いをさせたくないし、したくもない――ただそれだけさ」

「兄さん……」

久しぶり会った兄に優しい言葉をかけられて、いつもなら他人には見せないであろう"警戒心のない笑顔"とでも言うのだろうか……初めて見る表情のロゼッタに、側から見ていてた僕自身も心が温かくなったような、むず痒い感覚を味わった。

「それとシルバ、もし次ロゼッタを危険に晒せば……分かっているね?」

去り際に耳元で囁かれた死刑宣告。一昔前のシルバなら、それを恐怖としてしか受け取らなかっただろう。だが今の彼には、どこか励ましの意を含んでいるように聞こえた。

「はい……次は必ず最後まで守りきります……」

「頼んだよ……」

王女はクリフの去り際の背中へ、小声で一言だけ呟く。

「ありがと……」

「……何か言ったかい?」

「早く行っちゃえって言ったのよ」

「君とは次に会った時にでも決着をつけようか。種目はそうだなぁ……君の得意分野の大食い勝負でどうだい?」

「あら、随分と余裕ね?」

「もちろん途中で吐くのは禁止だよ?」

「えぇ。負けて悔しがるあなたの顔を見るのを、楽しみに待っているわ」

「あぁ。せいぜいその時まで、その何も考えていなさそうな馬鹿面で待っているといい」

二人はそのまま、ひと時も目線を合わせる事なく別れを告げたのだった。


「ねぇ、ロゼッタ――もしかしてあの2人って……?」

「――」

ロゼッタは何も答えなかった……だから僕はそれ以上は何も聞かずに、口に出しかけた言葉を飲み込んだ――。


――魔国領中心部にある魔王城の一室。

「お腹減ったね……マキナ」

「そうだねレイキ……まさか私達が負けるなんて……」

机に頬を付けて空腹を訴える少女達の元へ、1人の女が近付いた。

「あなた達、そんなに辛そうにしてどうしたの?」

「あ、ヴェリアル様……狩りに失敗して、ヒューマンを食べそびれちゃったんです……」

「あなた達2人が失敗だなんて珍しいわね。でも、無事に戻って来てくれて嬉しいわ……」

「聞いてくださいヴェリアル様! そのヒューマン、変なんです」

魔王軍四天王の1人、『ヴェリアル・ジミィ』はマキナの話を興味深く聞いた。

「そう。マキナはそのヒューマンの事、気に入ったの?」

「分かりません。でも……少し興味が湧きました」

「お礼もしなくちゃいけないし、近い内に一緒に会いに行きましょうか?」

マキナは楽しそうに目を輝かせて返事をする。

「はい!」

シルバが異世界に転生して2ヶ月と少し……とうとう魔王軍に目をつけられ、四天王と顔を合わせる日も近い。

 

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異世界あるある早く言いたい。 野谷 海 @nozakikai

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