第19話 異世界転生系主人公には銀髪が多い。


ランスがレイキの分身体を撃破したその頃、馬車はあの細い一本道を抜けていた。

「結局私一人になっちゃったよ……」

アリエルが不安そうに呟く。

「アリエル! 私達に出来る事があったら言ってね?」

と、ロゼッタが窓から顔を出す。

「ありがとうロゼッタちゃん!」

「な、なんだこれは!!」

御者が驚いた様子で声をあげると、そこには氷で作られた大きな壁によって馬車の行く手が完全に塞がれていた。すると後方から、先ほどとは違う少女の声がする。

「お疲れ様〜。残念だけどココが終点だよ!」

桃色の髪をした魔族の少女が姿を現す。


アリエルは即座に馬車の上部から降り、手を前に出し構える。

「私があの子をなんとかするから、みんなはそこから動かないでね!」

「あれ〜? その耳、あなたエルフね? 今日はごちそうだあ。食べるのが楽しみ♪」

凱旋風ヴァンフルート!」

アリエルは風魔法で突風を起こし先制攻撃を仕掛ける。

「うぉっと!」

魔族の少女マキナはそれを横に飛び上がって避けた。

「もう、せっかちだなぁ。私はモンスター使いだから、あなたの相手はこの子達がするよ? ゴブリンちゃん達、おいで〜♪」

マキナが呼びかけるとゴブリンの大群がマキナの背後に続々と集まってくる。

「なんて数なの!?」

ロゼッタが馬車の中から驚嘆の声を上げる。

「大丈夫だよロゼッタちゃん。私だって、元はBランクの冒険者だったんだから!」

「ゴブリンちゃん! やっちゃえー!」

マキナの号令で一斉に走り出すゴブリン。

鎌鼬旋律ジャックフルート!」

そのアリエルの攻撃によって発生した無数の風の刃が、次々とゴブリンを切り裂いていく。

「さすがエルフ! すごい魔法だね。でも……いつまで持つかな?」


その時、アリエルの死角から風の刃の合間を縫って一匹のゴブリンが馬車へと近付いた。

「あ! ちょっと、そっちはダメー!」

アリエルは慌てて叫び声を上げるがゴブリンが馬車の窓から客車の中へ侵入しようとする。だが、そのゴブリンは車内から伸びてきた一本の剣によって貫かれた。

「私だって、クロノワールの一員なんだから! 黙ってやられたりなんてしないわよ!」

と、ロゼッタが車内から高らかに宣言する。

「良かった……ありがとうロゼッタちゃん!」

アリエルは安心してほっと胸を撫で下ろす。

「こっちの事は気にしないで、アリエルは目の前の敵に専念して!」

「ありがとう! そうさせて貰うね!」

アリエルはさらに魔法の威力を上げてゴブリンの大群を殲滅した。

「すごいすご〜い!」

マキナが拍手をしている。

「次はあなただよ!」

「だから言ってるじゃん。私はモンスター使いだって……」

マキナはおもむろに手を空に掲げる――すると空からやってきたのは一頭のワイバーン。

「わ、ワイバーンですって!?」

ロゼッタが驚くのも無理はない。ワイバーンのモンスターランクはA……たとえ一流の冒険者であったとしても決して油断の許されない相手だったからだ。

「この子はワイバーンの『オリバ』ちゃんだよ! 私の一番のお気に入りなんだから♪」


鎌鼬旋律ジャックフルート!」

アリエルがワイバーンに向けて先ほどの魔法を繰り出すが、その硬い鱗に守られている体に傷一つつける事が出来ずに弾かれてしまう。

「そんな攻撃、オリバちゃんには効かないよ〜?」

「う、うそ……?」

ワイバーンが翼を大きく広げアリエルに突進する。

「きゃぁああ……」

その衝撃に吹き飛ばされ倒れ込んだアリエルは、尚も向かってくるワイバーン目掛けて、そのままの体制からすかさず魔法を繰り出す。

凱旋風ヴァンフルート!」

突風を起こしワイバーンの追撃を抑え込み、その隙に起き上がる事には成功したが、ダメージを与えた様子はない。

「今降参すれば、痛くしないで殺してあげるよ?」

「降参なんてしない……みんなを守るって約束したんだから……」

「そっか……。もうお腹が減って我慢できないから、ちょっと乱暴にしちゃうかも――オリバちゃん!」

ワイバーンが猛スピードでアリエルに突進する――。


「アリエルー!!」

ロゼッタの叫び声が響くと、ワイバーンの突進によって辺りは砂煙に包まれた。

「だから降参すれば良かったのに……ぺちゃんこになっちゃったら食べられる部分も減っちゃうじゃん」

砂煙が晴れるとそこには、間一髪でアリエルを助け出し抱き抱えるシルバの姿があった。

「シルバぁ……! 死ぬかと思ったよぉ……」

「間に合って良かった……」

「あのトロールは?」

「あ、あぁ……倒したよ、一応……」

彼はトロール相手に左手の指五本を犠牲に手榴弾五発をお見舞いし、オーバーキル気味にその場を切り抜けていたのだった。

「すごい! シルバって強かったんだね!」

「ま、まぁね……」

(あまり良い勝ち方とは言えないけど……)

「あのワイバーン、すっごく強いの!」

「そうみたいだね。協力しよう、アリエル」


その頃、馬車の轍を頼りにこちらへ向かうランスは、シルバがトロールと戦闘していた場所へと辿り着いた。

「これは一体……誰がやったんじゃ……」

崖下に倒れていたトロールの周囲に無数に残る爆発の痕跡に驚きの声を上げた。

「もうこんな所まで来ちゃったの?」

そこへ再度姿を現すレイキ。

「また分身か?」

「だってお爺さん強すぎるんだもん。だからまだ、あそこには行かせないよ――」


「私のトロールまで倒しちゃったの? もう許さないから!」

マキナは苛立った様子でワイバーンに攻撃を命じた。

「アリエル、少しの間僕を浮かせられる?」

「分かった!」

空から襲いくるワイバーンに対抗して、シルバもアリエルの力を借りて宙に浮かび上がると、剣を構え正面から向かっていく。正面衝突の衝撃で鈍い音を立てると、その後はワイバーンの鼻先に剣を押さえつけ力比べになった。

「シルバ……これ以上は、キツイかも……」

アリエルが辛そうな声を上げると、シルバは右の小指を犠牲に手榴弾を生み出しワイバーンの口の中へ投げ入れた。

「アリエル! 降ろして!」

シルバが降下するとすぐに爆発が起こり、ワイバーンは口から煙を吐き出す。

「な、何したの!? オリバちゃんが痛そうじゃない!」

このシルバの攻撃を受け、ワイバーンの目つきが変わった――空中でぐるりと回転して勢いをつけるとシルバ目掛けて降下する。シルバはその攻撃を避ける為にギリギリまで引きつけるが、ワイバーンは突如急ブレーキをかけて旋回し、その長い尻尾を鞭のように打ちつけた。

「ゴフッ……」

その攻撃を一身に受けたシルバは、口から血を吐き出しながら吹き飛ばされる。

「シルバぁー!」

アリエルが風魔法で着地のショックを和らげたが、シルバはピクリとも動かない。居ても立っても居られなくなった馬車内の三名は、思わず外に飛び出して様子を伺う。


アリエルはシルバに駆け寄ると涙を流しながら抱き寄せる。

「ごめんね……助けてもらったのに……私は助けてあげられなかった……」

「泣くのは……まだ早いよアリエル……」

シルバがゆっくりと目を開く。

「シルバっ! 良かった……」

「僕の右手をこの剣に縛ってくれないかな……?」

「分かった」

アリエルは自らの髪を括っていた紐を外し、シルバの右手と剣を縛りつけた。

「僕たちはまだ、負けてないよ……」

「うん……」

アリエルは涙を拭う。

その様子を見たマキナが痺れを切らす。

「もういい加減降参しなよ! どっちにしろ死ぬんだから楽に死ねた方がいいじゃん!」

「僕は死なないよ……」

アリエルに支えられながら、ゆっくりと立ち上がろうとするシルバ。

「そんな状態で何が出来るっていうの? この期に及んで強がったって惨めなだけだよ」

「本当に惨めなのは、やる前から諦めてしまう事だよ……。それがたとえただの強がりだって、本当は怖くてしょうがなくたって、逃げたまんまで後悔するよりマシだって事を僕は嫌というほど知ってるんだ……」

「結局死んだら同じじゃない!」

「同じな訳ないだろ。これは僕の人生なんだ! 自分で自分をかっこ悪いと思う生き方なんて、もうしたくない!」

彼はこの悲観すべき状況下でも決して諦める事なく、真っ直ぐな目で力強くそう言い切った。


「じゃあ存分にカッコ悪く殺してあげる!」

マキナは腕を振り上げワイバーンを突撃させる。

「アリエル! トロールの時みたいに僕を加速させられる?」

「でも、もう魔力が残り少ないよ?」

「じゃあ今出せるありったけをお願い! いくよ!!」

「うん! 私のありったけ、もってけドロボー! 『精霊大槍弓エリオンフルート』!」

シルバが走り出すと、アリエルは残りの全魔力を込めてシルバを加速させる――その様子はまるで大きな弓からシルバという槍が放たれたようだった。

「貫けぇーー!!」

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