第11話 記憶喪失のキャラが一人は出てくる。
シルバが騒がしくギルド内を駆け回る少し前――
そこにはコソコソとギルド内の様子を窓からそーっと伺う一つの影があった。
「今日はいないのかしら……」
そう呟くと裏口に回り込み、再度窓から中の様子を見る。そこには誰もおらず、扉に手をやるとすんなりと開いた。
「鍵を閉めていないだなんて、なんて不用心なの……泥棒に入られたらどうするのよ」
その人物は自分が不法侵入者であるにも関わらずそんな事は棚に上げて、このギルドのセキュリティの甘さを指摘しながら裏口からキッチンに入りそのまま鍵を閉めた。
そして何を考えたのか机に置いてある皿から一切れのフルーツを口にしたのだ。住居侵入に窃盗、日本であれば10年以下の懲役または50万円以下の罰金刑を受ける罪を悪気もなく犯したのは、事もあろうに一国の王直属の騎士団副団長であるケイト・ホルスタインその人であった。
「これ、美味しいわね……」
――そして時刻は現在へと戻る。
「アリエル! 一体何があったの?」
シルバは現在ギルド内で起こっている原因不明の事態を究明すべく、他のメンバーよりもまだマシな受け答えが出来たアリエルに事情を聞いた。
「すごく美味しい果物を食べてから体が熱いの……」
「それをロゼッタもスイも食べたの?」
「うん。あとシェリーちゃんも……」
「シェ、シェリーもだって……?」
シルバはついつい良からぬ妄想をしてしまう。
「まだその果物は残ってる?」
「キッチンにみんなの分もあるよ……」
「分かった。じゃあきっとそれが原因なんだね」
シルバはその果物の謎を解く為にキッチンへと向かう。
キッチンに入ったシルバは予想もしていない人物がそこにいた事に言葉を失う。
「えっ……」
「そんなに驚いてどうしたの……?」
「どうしたのじゃないですよケイトさん! どうしてここに」
「不用心だからチュウ告しようと思って入ったのよ……」
「その顔……もしかして、それ食べちゃいました?」
「えぇ。美味しかったけど、じゅる…これを食べてからなんだか体が熱くて、じゅるる……」
「なんか話し方おかしくありません?」
「あなたを見てから……何故かヨダレが……ずずっ。どうしましょう、止まらないわ……」
「とにかく……一回落ち着きましょう。深呼吸です」
「一回……ち◯こ吸?」
「おいお前もか! 文字で見ると生々しいよ!」
「あなたって……そんなに美味しそうだったかしら……」
「美味しくないです! 太ってないから肉も硬いと思いますし、きっと悪い菌だって蔓延してて食べたら病気になります!」
「ボーッとしてうまく聞き取れないわ……。太くて……硬いの? キン……だま?」
「都合の良い耳だなこの野郎。いつからこんな低レベルな下ネタに頼るようになったんだ」
これ以上見ていられなくなったシルバは、机の上にある皿を持ちその場を離れようとした。
「逃がす訳ないじゃない……」
流石の副団長は目にも留まらぬ速さでシルバの行手を塞いだ。
「なっ!」
「じゅる……捕まえた……」
ケイトがシルバに手を伸ばしたその時――。
「こりゃ一体なんの騒ぎだ?」
キッチンの中に入ってきたシンの姿を見たケイトは一目散にシンに抱きついた。
「シーンッ!!」
「け、ケイトっ! おい離しやがれっ! クソガキっ、こりゃ一体どうなってる!」
「みんなこの果物を食べてから変になったんです!」
シルバがその元凶を見せると、シンはケイトを引き離しながら状況を考察した。
「たぶんそいつは『エロエロの実』だな。それを食った奴は一時的に性欲が増大し理性を失い本能のまま行動しちまう恐ろしい実だ。確か所持するのも食うのも禁止されてる筈だが、誰がそんなもん持ち込んだんだ」
「みんなは……元に戻るんですか?」
「効果は数時間で切れる筈だ。それまでこいつら絶対に外に出すな!」
その時シルバはアリエルの言葉を思い出す。
「シンさん! 屋敷にいるシェリーもこの実を食べたって――」
「なんだと!? そりゃマズイな……」
「僕、屋敷に行ってきます! ギルドのみんなは任せました!」
「おいっクソガキ! この状況見て俺を一人で置いてく気かっ」
尚もベッタリと密着するケイトを引き剥がすことに躍起になるシン。
「そのカップリングであれば問題ありません! 僕にはシェリーの方が大切です!」
「なんだとっ、この薄情者がっ!」
シルバは走った。シルバの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。 ――太宰治『走れメロス』より――
屋敷に入ったシルバは椅子に腰掛けていたシェリーを見つける。
「シェリー大丈夫!?」
「シルバ……さっきから、体が熱いの……」
「良かった! 間に合った!」
「そんなに慌てて、何かあったの……?」
「シェリーが心配で、もう無我夢中で……」
「私の為に……?」
「いや……もしかしたら自分の為かもしれない。それでももし、君が後で嫌な思いをするかもしれないって考えたら、やっぱりそれにも耐えられない……」
「どういう意味?」
「そ、それは君が――」
「客人か?」
シルバの声を遮り、男の声がする。
――その人物はこの世界では初めて見る和服に身を包み目に傷を持つ隻眼の、推定五、六十代くらいの男性だった。短髪の黒髪をオールバックにしており、その髪のもみ上げから繋がる端正な髭も相まって、イケオジという言葉はこの男性の為にあるのではないかと感じさせた。
「初めまして! 僕はクロノワールの冒険者でシルバと言います!」
「そうかそうか。シンの言っていた新入りの小僧か」
「ワシも主らと同じ日本からの転生者で、名を『
「よ、よろしくお願いします!」
「旦那様すみません、なんだか体がおかしくて……」
「おい小僧、シェリーに何かしたのか?」
「いえ……これには訳が――」
僕が経緯を説明すると鷲尾さんはシェリーを休ませる為に寝室へと案内してくれた。
「小僧、お前はここに居てやれ。ワシはギルドの様子を見てくる」
「あ、ありがとうございます!」
寝室で横になるシェリーは申し訳なさそうに言う。
「ごめんね……迷惑かけて」
「め、迷惑なんかじゃないよ!」
「ねぇシルバ……手、握っても良い?」
赤く染まった顔でその言葉を発するシェリーに見つめられたシルバは、悩んだ末にこう答えた。
「すごく嬉しいんだけど……なんだかずるい気がするんだ。……だからごめん」
「何がずるいの?」
「僕は今まで自分が弱虫なのを、ずっと他人のせいにしてきた……それはもう終わりにしたいんだ。だからこの世界では、欲しいものは自分の力で手に入れたい」
「私に手伝える事はある? この目のお礼もしなくちゃって、ずっと思っていたの……」
「じゃあ――」
シルバは今の素直な気持ちをそのまま言葉にした。
「分かった。じゃあ約束ね……」
シェリーは小指を差し出した。
「なんで指切り知ってるの?」
「旦那様に教えて貰ったの。もし約束を破ったら小指を詰めるんだって……」
「いや……僕が知ってる指切りと少し違うな……」
多少の違和感を感じつつも、二人は指切りを交わした――。
実の効果が切れシェリーの熱が引くと、シルバはギルドへと戻った。キッチンに入ると赤面した四名の被害者が揃って座っていた。
「みんな、元に戻って良かったよ。ってあれなんでシンさん縛られてるの?」
そこには縛られ床に正座をさせられているシンの姿が。
「確保ー!」
ケイトがそう言い放つとロゼッタ、スイ、アリエルの三名がシルバを縛り上げる。
「な、何するんだよ!」
「あんな醜態を見られて、そのままにしておく訳ないでしょ!」
ロゼッタは二つの見覚えのある黒い塊を取り出した。
「ま、まさか……や、やめろぉお」
「そ、それだけはぁああ」
聞く耳を持たないロゼッタは縛られて身動きが取れない二人の口にそれを突っ込んだ。
「スイ! アリエル! 咀嚼させなさい!」
「アイアイサー!」
彼女達が頭と下顎を掴み無理やり咀嚼させると、二人は気を失った。
目が覚めた二人は嘘のように、この数時間の出来事を忘れてしまっていた。
「僕達どうしちゃったんですかね? 二人してキッチンで眠っちゃうなんて」
「分からんが、思い出さない方が良いような気がするな」
そこへマイケルがやって来た。
「マイケル、お疲れ様!」
「二人とも聞いてくれ……なんだか体が熱いんだ……」
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