第10話 歩く媚薬かよってくらいモテる。


前回のマヨネーズ作戦も虚しく、アリエルは金貨100枚という大金を用意する事が出来ずに、結局Fランク冒険者としてやり直す事になっていた。だが彼女はエルフという魔法が得意な種族だった為、数回の依頼をこなすだけであっという間にDランク冒険者まで昇格したのだった。


「ロゼッタちゃん、ただいま〜」

「今日もお疲れ様アリエル。その手に持っているのは何?」

「今日の依頼の途中で見た事ない果物を見つけたから持って帰ってきちゃった。後でみんなで食べようよ♪」

アリエルの手にあったのは大きなハート型の果実だった。

「あたしも見た事ない果物だけど、それ美味しいのかしら……?」

「きっと美味しいよ! 着替えたら氷魔法ですぐに冷やすからね」

「でも誰が切るの? あたし包丁を使う料理は絶対にしちゃダメだってシンに言われてるんだけど」

シンがロゼッタに包丁を使わせない理由は、その昔ロゼッタが包丁を握った際、キッチンのありとあらゆる調理器具から家具や食器に至るまで、食材以外の身の回りのモノ全てを一刀両断にしたという切り裂きジャックもビックリの前科をもっていた為だ。


「そう言えばそうだね……私も上手に切れる自信ないなぁ」

「あ! じゃあワシオの屋敷に行ってシェリーに切ってもらいましょうよ!」

「さすがロゼッタちゃんナイスアイデアだよ! じゃあ着替えてくる♪」

「今日はスイもお留守番の日だから呼んでおくわ!」


こうしてロゼッタ、アリエル、スイの三名はシェリーのいる屋敷へとやってきた。

「すごい大きな果物だね。上手に切れるかな……」

シェリーは自信がなさそうに包丁を握る。

「シェリーなら大丈夫よ!」

「頑張ってシェリーお姉ちゃん!」

「じゃあ……切るね?」

スイの応援を受けてシェリーが思い切って包丁を入れた。


流石のシェリーは初見だったにも関わらず、その果物を見事な包丁捌きで綺麗に切り分けた。ロゼッタは一口大にカットされた果実を恐る恐るフォークで刺すと、それを一口で頬張った。

「……なにこれ、すっごく美味しいじゃない!」

笑顔で頬を膨らませるスイがロゼッタに続く。

「冷たくて美味しいねアリエルお姉ちゃん」

「本当だねスイちゃん! やっぱり持って帰ってきて良かったぁ」

アリエルは頬に手を当て満足そうな表情を浮かべる。

「ギルドのみんなの分も切り分けておいたから帰りに持っていってね?」

シェリーは気を利かせて、カットした果物を木製の深皿に入れ布を被せた。

「でも……なんで市場に流通してないのかしら?」

「きっとすっごく珍しくて高価なんだよ!」

アリエルはロゼッタの素朴な疑問に答えると、ロゼッタもそれに納得した様子だった。

「こんなに美味しいんだからきっとそうね! ありがとうシェリー、良い休憩になったわ。さぁみんなギルドに戻るわよ!」

この可憐な異世界女子会は終始和やかなムードで終わりを告げたのだが、数時間後にこれが原因であんな事件を引き起こす事になるとは、誰も想像すらしていなかった……。


ギルドに帰ってきた一行はキッチンのテーブルにシェリーが持たせてくれたお土産を置くとロゼッタは受付に、スイとアリエルは自室へと戻っていった。この時からこの3名は、どこか体の火照りらしき感覚を感じていた。


時を同じくして、先日見事Eランク冒険者へと昇格したシルバはこの日、ゴブリン討伐の依頼へと出向いていた。この頃のシルバはゴブリンやその他Eランク程度のモンスターであれば、難なく一人で討伐出来るほど戦闘にも慣れてきていた。

「えっと今日の目標は十匹だったから……よしもう達成してる!」

シルバは腰から下げた麻袋の中にしまっていたゴブリンの核を数えながら、本日の終業を確認し帰路に着いた。この世界のモンスターには必ず体内に宝石のような核を一つ所持しており、モンスターの討伐の証としてそれを持ち帰る事で報酬と交換出来るのだ。


「ただいまー。これが今日の戦果だよ」

シルバは受付のカウンターに核の入った麻袋を置いた。

「お、お帰りなさい……シルバ」

ロゼッタの顔は赤く染まり、いつもよりもトロンとした目つきをしているように見えた。

「どうしたのロゼッタ? 熱でもあるんじゃ?」

「そうかもね……」

「じゃあこんなとこにいないで早く休まないと!」

「シルバは優しいね……」

「え、どうしたの? なんかロゼッタらしくないよ?」

「あたし変なの……体が熱くて、あなたを見てるとココがね、ギューって締め付けられるみたいなの……」

ロゼッタが胸に手を当てながらシルバをじっと見つめる。

「一体どうしたの? 絶対おかしいよ!」

「そんなこと言わないで! やっと自分の気持ちに気付けたんだから……」

「はぁ、何言ってんの? ドッキリ? 僕はクロちゃんじゃなくてどっちかというとシロちゃんだよ?」

「ねぇ……私のことどう思ってる?」

「ちょっとタンマ! もう冗談やめてよ!」

「冗談なんかじゃない! あたしは本気よ!」

そう言って突然ロゼッタはシルバに抱きつき押し倒した。

――バタンッ――と、二人の倒れる音が響く。

「なっ、ちょ、ちょっと離してよ! 僕にはシェリーという心に決めた人が……」

そう言ってシルバがロゼッタを引き剥がし、距離をとる。

「知ってるわ……。でも、秘密にすれば良いじゃない……」

「さっきから何言ってるの? 訳わかんないよ!」

「良いから……早く脱いで……」

「おい! AVでも撮影してんの? 前回からメインヒロインのくせに安売りしすぎだよ!」

「じゃあお金払うから! いくらならいいの?」

「もうダメだ手遅れだ。次回から別のヒロインを呼んでくれ! チェーーーンジ!!」

シルバはこの理解の出来ない状況から離脱しようと辺りをキョロキョロと見渡し、自室への最短ルートを割り出した。

「シルババットゴースト!」

この時、即興で考え出したシルバの必殺技が炸裂し、華麗な足捌きで障害物を避けながら、一目散に自室へと戻るとすぐに鍵をかけた。


「にぃに、おかえり」

「あぁスイ……ただいま。今この部屋の外には妖怪ヒロインもどきが出るから絶対に外に出ちゃ駄目だよ?」

「妖怪怖いね……じゃあ一緒にねんねしよ?」

ベッドで横になっていたスイの顔は、ロゼッタと同じ表情をしていた。

「ん? スイまでどうしたの?」

「にぃに……早く」

そう言ったスイは起き上がり僕に抱きつくと上目遣いで見つめてきた。この時、いつもシンさんから冗談で言われている事が本当になってしまうかもしれないと感じた……。新しい扉に手をかけない為にも、変わりに自室のドアノブを握って部屋を飛び出した。


「一体どうなっているんだー!!」

そう叫びながらギルド内を駆け回った。

「アリエル! みんなが変なんだけど!」

アリエルの部屋に入ると、肌着姿の彼女は女の子座りでボーッとしていた。


「うわごめん! 着替え中だった?」

「ううん……体が熱かったから……」

僕はまた嫌な予感がした。

「じゃあ、僕はこれで……」

僕が部屋を出ようとするとアリエルが呟く。

「手伝って……」

「な、なにを……?」

「……カブトムシをとるの」

「そこは着替えだろ! あの頃の少年か!」

「一緒にマヨネーズを木に塗ってほしいの……」

「おいおいどこの土方さんだこの野郎」

「じゃあ……私に塗って……」

「マヨネーズを!? そんな特殊性癖もってたの?」

「マヨネーズみたいに、誰かを引き立てる存在になりたい」

「確かにポンコツエルフキャラにはそういう役割が多いけれども!」

「なんとか一話に収めようと思ったけど、この展開でボケとお色気を両立させるのは文字数が思ったより多くなって、まさか次回まで持ち越しになるとは思わなかった……」

「おい、それは誰の台詞だ?」

「次回も見てね」

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