第45話
「でも全部が全部嘘だったわけじゃない」
「ん?」
「姉貴の前で言った朱莉の好きなところは本当だし、あと俺の一目惚れだったっていうのも本当」
麻里子さんの前で慧斗が言ったわたしの好きなところとは、たしか『明るくて前向きなところ』と『何事も一生懸命で、俺が悩んでたら一緒に解決策を考えてくれるところ』だったはずだ。
さらには一目惚れが本当だった……?
魚蔵屋で偽装カップルの設定を決める際に揉めた案件で、「俺が一目惚れして、俺から告白したことにしましょう」と言って、わたしの反対意見を聞かなかった。
変なとこ頑固だなって思っていたけど、それが本当だったからと分かれば、自然とニヤケてしまう。
「え、待って。一目惚れって、いつ?」
「大学3年生の時の会社説明会だけど」
「……結構前だね」
あの時は1日に何百人という学生を引っ張って説明に汗水垂らしていたので、その中に慧斗がいたかどうかなんて全く覚えていない。
そうか、一目惚れか……
なんでこんな嬉しいんだろ。
「じゃあ最後の微妙な嘘」
慧斗はおもむろに黒縁眼鏡を外して、「掛けてみて」と渡してきた。
え、わたし裸眼で1.5見えるんだけどな……
言われるがまま恐る恐る掛けてみると。
「……まさか、伊達眼鏡?」
視界良好。レンズに度は入っていなさそうだった。慧斗は無表情で頷く。
「なんで眼鏡掛けたの?」
「……なんとなく?」
あ、今、目を逸らした。早速嘘ついてる。
「本音は?」
慧斗の黒縁眼鏡を掛けたまま、彼の顔を覗き込む。モテたかったとか、その辺かな。
慧斗はわたしから両手で丁寧に眼鏡を取ってローテーブルに置いた。今度は目を見て口を開く。
「佐野部長が掛けてなかったから」
「?」
予想外の答えにポカンとしてしまう。確かに佐野部長は眼鏡を掛けていないけど、それがどうして慧斗が眼鏡を掛ける理由になるんだろう。
首を傾げると、慧斗は小さく「分かんなくていい」と呟いて、わたしの頭をひと撫ですると、そのまま顔を近付けてきた。目を閉じてそれに応える。
思えば初めてキスされた時から、慧斗のことを意識していたのかもしれない。こんなに優しくされたら、忘れられないし……って長い……
「……ぷはっ。ちょっと待って、息が……」
「足りない」
角度を変えて何度もキスされ、骨抜きにされたところで慧斗は唇を解放し、「お腹空いた」と言ってキッチンへ歩いていってしまった。
この嘘つき自由人めがっ……!
肩で息をするわたしを放って「何食べる?」と冷蔵庫を開ける音がする。わたしはひと睨みした後、「hitotoseのチーズケーキ!」と声を上げた。
「昼ご飯に?」
「うん」
「……しょうがないな。ほら、買いに行くよ」
「やったぁ!」
ローテーブルから黒縁眼鏡を持って、慧斗の元へ駆け寄る。
時刻は午前11時。今から並んだら何時に食べられるだろう。
「慧斗、眼鏡忘れてる」
「ありがとう……あ、目にゴミ入ったかも。ちょっと見て」
「え、大丈夫?」
少し屈んだ慧斗の目を覗き込むと、「嘘だし」と射抜かれ、チュッと音を立ててキスされた。
「!」
驚いて突っ立っていると「早く行くよ」と手を差し出された。その手に自分の手を乗せて、「この嘘つきキス魔め」と悪態をつく。
「何? もっとキスしたいって?」
「うるさい。チーズケーキが早く来いって言ってるから行くよ」
「はいはい」
わたしと黒縁眼鏡を掛けた慧斗は、仲良くチーズケーキを買いに出掛けた。
Fin.
【完】メガネは微妙に嘘をつく。 小池 宮音 @otobuki
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