無愛想後輩の微妙な嘘
第44話
「え、後ろから麻里子さん付いて来てなかったの?」
日曜日。朝から慧斗の家にお邪魔して、隣同士ソファに座ってまったりしていた。今は慧斗がついてきた数々の微妙な嘘を聞かされているところだ。
「あと、姉貴から映画のチケット貰ったのも嘘」
「本当に微妙に嘘ついてたのね……」
まぁチケットはちょっと怪しいとは思っていたけど、それよりデートしてることの方が嬉しかったので深く考えたりはしなかった。それにしても……
「わたしはまんまと慧斗の作戦に引っかかったわけね」
「でもそのおかげでこうして本当に付き合えてるんだから、別にいいでしょ」
「うーん……まぁ、悪くはないけど……」
だいぶ回りくどいやり方をされた気がして、釈然としない。
不満そうにしてたのが気に入らないのか、慧斗は「それより」と睨んできた。
「佐野部長にちゃんと言ったの?」
「言ったよ」
晴れて慧斗と両想いになって付き合い始めたということは、告白してくれた佐野部長にはお断りの返事をしなければいけないということで、忙しい佐野部長を捕まえるのは結構苦労した。
「佐野部長、ちょっとお話が……」
始業前に佐野部長を捕まえると、
「ごめん相生さん。また後でいい?」
と断られ。
「佐野部長、そろそろお話いいですか」
昼休憩に佐野部長を捕まえると、
「ごめん、もうちょっと待ってもらえる?」
と断られ。
「佐野部長……」
男性トイレの前で待ち伏せて捕まえると、
「ごめん、心の準備が出来るまで待ってぇぇ!」
佐野部長の本音は、断られる勇気を持つのに時間が欲しかったらしい。わたしと慧斗の雰囲気でなんとなく察していたようだ。ようやく終業後に捕まえて、4階の空いた会議室に籠る。
「佐野部長ごめんなさい! 告白の返事なんですけど……」
「相生さん、先に謝ってるよ……」
「えっあっ……すみません順番逆でした⁉」
なんせ告白を断る返事の仕方など学生時代に習っていない。期待を持たせないように、かつきちんと断らないとと意気込んだ結果、本題に入る前に断りの返事をしてしまった。
「いや、ごめん。俺も女々しく逃げ回ってた」
血色の良い肌で、白い歯を見せて笑う佐野部長。
「岡田くんと上手くいったんだ?」
「はい、お陰様で」
「相生さんなら大丈夫だと思うけど、仕事とプライベートはきちんと分けてね。公私混同するようなら、どっちか部署異動ってことになるから」
いきなり現実を突きつけられ鼻白んだが、意地悪で言ったわけではないので、わたしはしっかりと首肯した。
「はい。大丈夫です。でも、目に付いたら言ってください」
切り替えはわたしの武器で、公私混同しない自信はあった。目を開いて佐野部長を見据えると、部長は「ストップあんまり見つめないで」と手で制した。
「俺は立ち直るのにもう少し時間がいるので、もし気持ち悪い視線とか気になったらちゃんと言ってね」
「分かりました。これからも兄妹みたいな先輩後輩で、宜しくお願いします」
「……善処します」
と、まぁこんな具合で佐野部長には少し距離を取られつつも、少しずつ以前の関係に戻れていると思う。
「ふうん」
あまり納得いっていないらしい慧斗は、
ちなみに優子に佐野部長に告白されたことや慧斗と本当のカップルになったことを言うと、「ふうん」と同じ反応をされた。2人はとても良く似ていると思う。
それにしてもことごとく小さな嘘を重ねられたもんだ。でも嘘つきだ、なんて怒れない。だっていずれもわたしを落とすためについた嘘なのだ。怒れるはずもない。
「でもわたし、慧斗が嘘ついてるかどうか、分かるかもしれない」
そう言うと、慧斗は頭を撫でる手を止めて、「なに?」と目を細めた。わたしは得意げに答える。
「嘘つくときは、目を見ない」
思い返せばhitotoseに並んでいる時に後ろに麻里子さんがいると言った時も、「好きな人ができたんです」と言われた時も、吸い込まれそうな瞳に見つめられなかった気がする。きっとどこかで後ろめたさを感じていたのだろう。
ドヤぁとふんぞり返ると「それ言ってよかったの?」と言われた。
「嘘つくときは無意識に目を見ないんだとしたら、意識して見るようになるかもしれないけど、それでもいいの?」
はっ。それは盲点だった。弱点を見つけたと思って意気揚々と喋ってしまった。
でもまぁ、いいか。
「多分、慧斗はもう嘘つかないと思うから、大丈夫」
こんだけ小さな嘘を重ねて回りくどいやり方をしたんだ。もうやらないだろう。
「そうかもね」
彼は再びわたしの頭を撫で始めた。
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