第29話 夢見がちだって、笑わない?

「そっちのお嬢さんは大丈夫かしら?」

「ええ。皆さん、助けてくださり、ありがとうございました」

「あたしは何もしてないわよ」


 クスッと笑ったアニーは、私の頭をぽふっと叩くと「大事に至らなくて良かったわね」といった。


 本当にそうだ。ついカッとなってしまったけど、あのまま魔法を放っていたら、今頃お店は大惨事だっただろう。

 少し青い顔をしているアリシアを見ると、罪悪感が込み上げてきた。


 彼女は平気だっていうだろうけど、怖かったに違いない。学年一の秀才だけど、私と違って依頼で外出することは少ない。きっと、あの手のゴロツキにも慣れてないだろう。


「……アリシア、今日はもう帰ろう」

「でも、ミシェル」

「買い物はまた今度でも大丈夫だよ。送っていくから」


 私がそういっても、アリシアはだけどと口籠る。それに、どういうわけかアニーとキースをちらちらと見ていた。

 もしかして、さっき怖い目に遭ったから、私一人じゃ心もとないと感じているのかな。二人に帰り道、ついてきて貰えるよう頼みたいのかもしれない。


 私も二人を見ると、アニーと目があった。すると、何を考えたのか、彼女はにんまりと笑った。

 これ、何か良からぬことを考えてるときの顔だわ。


「ミシェル、買い物があるの?」

「うん。でも今日じゃなくても平気だし」

「そうなの? でも、お嬢さんを私が送っていけば行けるんじゃない?」

「え?」

「あの程度のゴロツキなら、あたしでも撃退できるわよ。護衛がいれば、お嬢さんも安心でしょ?」

「でも、アニー。ギルドを通さないと依頼料でないよ?」

「ちょっとぉ、仲間のお友達なんだから、サービスするわよ!」


 けらけらと笑ったアニーは、アリシアを見てウィンクをした。それを見て、彼女も胸を撫で下ろす。


「お願いして良いですか?」

「お任せあれ!」

「……それじゃ、アリシアをよろしくね。今度、ケーキ食べに行こう!」

「あら、楽しみにしてるわ。キース、あんたはミシェルの買い物に付き合ったら、ちゃんと、おじいちゃん先生の家に届けるのよ!」

「へいへい。わーってるよ」


 したり顔で指図をするアニーにため息をつきつつ、キースは了解を示すように手を軽く振った。むしろ、それはさっさと行けと合図するような動きだ。

 面倒この上ないと言いたそうな顔をしているのを見て、少しだけ胸が痛む。

 迷惑なら、私も帰ろうかな。


 丁寧に頭を下げたアリシアを見送ると、気まずい空気になった。

 やっぱり、迷惑だよね。帰るよって言いかけた時だった。


「お説教は俺の柄じゃないし……反省してるんなら、行くぞ。買い物あるんだろ?」


 大きな手が、私の頭をぽふぽふと叩いた。


「何買いに行こうとしてたんだ?」

「……えっと、それは」


 質問に答えられず視線を逸らすと、キースが顔を覗き込んできた。

 だけど、恋の成就を願うためのカンテラが欲しいなんて、言えるわけないじゃない!


「何、俺が行っちゃまずいとこ? 下着とか?」


 ぽろりと出た言葉に、思わず顔がひきつった。もしもここにマーヴィンがいたら「また、デリカシーのないことを!」と怒鳴っていたに違いない。


「違うわよ!」

「そんな怒鳴んなくても良いじゃねぇかよ。じゃ、何なのよ」

「……秘密!」

「どうして?」


 悪戯を思い付いたような顔のキースは、私が視線を逸らすと、追うようにして顔を覗き込んでくる。答えないと、いつまでも追いかけてきそうだ。


「……だ、だって……知ったら、きっとバカにするわよ」

「そんなことないって」

「…………夢見がちだって、きっと笑うわよ」

「夢くらい見てもいいんじゃない? こんな世知辛い世の中だ」


 食い下がられて、気恥ずかしさに顔が熱くなる。

 ちょっと視線をあげると、緑の瞳が少し驚いたように見開かれた。


「……買いに行きたいのは、その……」

「お、おう」


 思わず声が上擦ったのを悟られなかったかな。

 少しの間を置いて、私は勇気を出した。


「……カンテラなの」


 せっかく勇気を出したっていうのに、キースの反応は薄かった。不思議そうに首を傾げて瞬きを繰り返す。

 柄にもないことをいってると思われ、笑われるんじゃないかと心配していたのに。こんなに心拍数が跳ね上がっているのに。その反応はなんなのよ!


「カンテラ?」

「うん……小さいので良いの」

「あの、カンテラ? 何、部屋のが壊れたとか?」


 きょとんとしたキースは、ややあってしたり顔になる。


「お前寝相悪いから、蹴っ飛ばしたんだろう」

「ち、違うわよ!」

「なんだ、そんなことか。なんかもっと、こう、男の俺には縁のない、乙女的なものを買いに行くかと思ったら……カンテラねぇ」


 にやにや笑ったキースは、さっさと歩きだした。

 盛大に勘違いされたとすぐさま気づいたけど、今更、懇切丁寧に説明するのも気恥ずかしい。どうしたら良いのか分からず頭を抱える気分で立ち尽くしていると、少し離れたキースが振り返った。


「ほーら、行くぞ」


 間延びした呼び声に「うん」と返して足を一歩踏み出す。

 嘘は言っていないもんね。

 カンテラを買いに行こうとしていたのは事実だから、騙している訳じゃない。そう自身に言い聞かせながら、もう一歩、二歩と足を動かした。 


────────────

物語の途中ですが、本作に「プロローグ」を追加しました。

https://kakuyomu.jp/works/16818093088733268260/episodes/16818093090424378454

ミシェルとキースの衝撃的な出会いのシーンです。

まだお読みでない方は、こちらもどうぞご覧ください。

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