第28話 喧嘩は楽しむものじゃない!

 蹲りかけた男の胸ぐらを掴み上げたキースは笑うと、その額に遠慮ない頭突きをする。あれ、絶対痛いよ。キースだって痛いだろうに……笑ってる。

 呆れちゃう。喧嘩って楽しむものじゃないのに。なんであんな顔出来るのかしら。


 キースの一方的な攻撃にも見える状況に、小さく息をついたときだった。


 男の仲間が慌てふためき、樽の上の空き瓶を手にとった。そうして、キースの後頭部目がけて振り下ろそうとした。

 胸ぐらを掴まれた男は、仲間の不意打ちを察したのか不敵に笑う。


「キース! 危なっ──」


 私が声を上げるのと、キースが掴んでいた男を振り回したのは、どちらが早かっただろう。

 男の身体が、空瓶を持ち襲い掛かった小男に向かって放り投げられた。


 空樽がひっくり返り、その上に広げられていたつまみも皿も、何もかもがガシャンと派手な音を立てて石畳に散らかる。


 大柄な男を受け止めた二人の男は、カエルが潰れたように呻いた。


「まったくもー。ダメでしょ」


 小男の手から瓶を取り上げたキースはそれを樽の上に置き、にやりと挑発的に笑う。


「これは、店のものでしょ。そんなのなしでさ……腕っぷし勝負といこうじゃねぇかよ!」


 ゴキゴキと指を鳴らして楽しそうな様子のキースに反し、小男二人の顔からは血の気が引いていく。大柄な男を抱えたまま後ずさり、異口同音に「すみませんでした」と叫ぶと背を向けた。


 足を縺れさせながら走り去る男たちは、路地を折れて姿を消していった。それを確認したキースは、やれやれと肩の力を抜いた。


「店主、いるか? 騒ぎを起こして悪かったな」

「いやいや、良いんだよ、旦那。実はあいつら、最近入り浸っていてね。こっちも迷惑してたんだ」

「そうかい。祭りも近いから迷惑な奴も増えるだろう。ギルドに護衛を依頼したらいいんじゃないの?」


 その際は指名をよろしくと言って笑ったキースは、ゆっくりと私を振り返ると、アリシアへと視線を移した。


「バンクロフトの嬢ちゃん、大丈夫か?」

「……助けてくれて、ありがとう」

「ほんと、気を付けるんだな。祭りが近くて頭の悪いゴロツキも増えてるから」


 手を差し出し、アリシアを立たせたキースは私に近づくと手を伸ば、額をコンッと指先で弾く。


「街中で、魔法は禁止!」

「だって……アリシアに酷いことしたんだよ!」

「だとしても、あんなもんぶっ放したら、店がどうなるか分かってる?」

「……はい」


 頭に血が上っていたことは認めざるを得ない。

 じんじんと痺れる額を指先でさすり、キースが来てくれたことを嬉しく思いながら、怒られたことを恥ずかしくも感じていた。


 感情がどうしようとなく混乱して、体温はどんどん上がっていく。きっと、耳まで真っ赤になってるに違いない。


 顔を見られたくなくて自然と俯くと、突然「そう言うあんたもね!」と甲高い声が降ってきた。

 振り返った先にいたのはアニーだった。腰に手を当てて、凄い呆れ顔をしている。


「……アニー」

「ハーイ、ミシェル。災難だったわね。もう、買い物に行くなら私を呼びなさいよ。格安で護衛しちゃうんだから」


 冗談半分で笑うアニーは、靴の踵をカツカツと鳴らしてキースに詰め寄る。


「あんたは暴れすぎ。マーヴィンに言いつけちゃおうかしら」

「んなっ! 俺は助けただけだろうが!」

「やりようはあったでしょう」


 マーヴィンの顔真似だろうか。目を細めてわざとらしく声音を変えて言ったアニーは、すぐに表情筋を緩めると高い声で「似てた? マーヴィンに似てたよね、今の?」と言ってころころと笑う。


 ひっくり返った空樽の周りでいそいそと片づけをしている店員は、何のことか分からず愛想笑いをしながら、箒で辺りを掃き始めた。


「やりすぎたのは認めるけどな。ああいうヤツらは痛い目見ないと懲りないんだよ」

「まぁ、それは同感だわ。でも、それなら縛り上げて騎士団にでも突き出せばいいのよ」

「へいへい、次からはそうしますよ」

「ま、ミシェルが絡まれてるの見て、頭に血が上ったんでしょうけど」

「なっ! そんなんじゃ──」

「そんなんって何よ。仲間なんだもの、怒って当然でしょ~」


 キースの慌てふためく様子を見やり、アニーは楽しそうに笑っている。これは当分、笑いのネタにされそうね。キースもそう察したのか、がしがしと髪をかき乱してため息をついている。


「ま、応援してあげるから」

「だから違うって言ってるだろうが」

「アニー、応援って何のこと?」

「ふふっ、それはね……」

「いい加減にしろよな!」

 

 むっとするキースが声を上げて睨むと、アニーはぺろりと舌を出した。

 本当に、なんの話なんだろう?

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