初恋の魔法は危険を招く~お飾り侯爵令嬢にはなりません!~
日埜和なこ
プロローグ
彼との出会いは最悪だった。
学院内の特別依頼で受けた令嬢の護衛任務。その道中で、夜営を余儀なくされた。夜も遅くなり、護衛対象のお嬢様が一人で花摘みに行くと言い出したのだ。
着いてこないで欲しいと言われても、ハイそうですかって訳にはいかない。だから私は、一人こっそり追いかけた。
女同士でも用を足す姿は見られたくないだろうしね。お嬢様の行動を不思議にも思わず、程よい距離を保って茂みの陰に隠れた。そうしていると、風にのって嗅ぎなれない香りが鼻腔をくすぐった。
火薬ではないわね。松明の匂いとも少し違うような……煙草?
お嬢様は無口で大人しい感じだったし、巻き煙草を吹かすようには見えなかったんだけどな。
不思議に思っていると、茂みの向こうで「あぁ、うめぇ」と少し高めだけど男の声が響いた。
どういうこと?
私は間違いなく、お嬢様が手にしていた松明の明かりを追ってきたはず。もしかして、お嬢様の声がハスキーなだけで、聞き間違いだったのかしら。
焦りに心拍数を上げながら、茂みの奥を覗き込んでみた。
松明の火に照らされるのは、長いドレスの裾をまくり上げたお嬢様。いやその姿は、お嬢様と言うにはあまりにも酷かった。
大きな石に腰を下ろして両足を開き、膝に肘をついた格好で、金髪の青年が巻き煙草をくわえている。
お嬢様はどこ!?
焦りと不安に突き動かされ、私は茂みを掻き分けた。
「あなた、誰!?」
飛び出した先で声を上げ、杖を構えた。瞬間、青年の手からぽろりと巻き煙草が落ちた。その見た目は二十三、四歳くらいだろうか。松明に照らされた顔はずいぶんと綺麗だったが、間違いなく男だ。
「お嬢様は、どこ!?」
「ど、どこって……」
わたわたと慌ててドレスの裾を直した青年は自分を指さすが、そんな訳ないでしょう!
大きく息を吸った私は、森の木々が揺れるほどの声で「バカにしないで!」と叫んだ。
「あ、あ、あ、待て! 話せば分かる!」
「問答無用!」
一発、魔法弾を見舞ってやろうと杖を握りしめた時だった。ぞわりと背筋をが震えた。一瞬だが、魔力の動きを感じたのだ。それは、目の前の青年ではない。後ろだ!
私が背後を振り返ると同時だった。青年がドレスの裾を翻し、まるで私を庇うように身構えた。その片手には、どこに隠していたのか短剣が握られている。
すっと瞳を細め、静かな呼吸を繰り返して、彼は暗い森を見つめた。
「三人、四人か……おい、お嬢ちゃんは魔術師だったな。俺が言う方角に魔法弾を打ち込めるか?」
「バカにしないでよ。貴方の助言なしでもいけるわ」
「精度を上げて、確実に撃ち落とせって言ってるの。分かる?」
「……分かったわよ」
「よし。素直なのはよろしい」
にっと口角を上げた青年は、二時の方角を指さす。
「ここから距離は三十メートルか……だいぶ近づけちまったな。二時の方角、地上からおよそ三メートル、木の上に二体」
さらに、十時の方角に一体、十一時の方角に一体と、青年はおおよその位置を告げていく。
「準備、完了してるよ」
私の声に呼応するように、溢れた魔力の陽炎が揺れ、前髪がふわりと揺れた。
私を見た男は驚きに目を見開く。そのエメラルドのような瞳が、私の魔力に照らされてキラキラと輝いた。
「南の空に輝く赤き星よ、我が敵を貫け!」
号令を発すると、闇夜に浮かんだ赤い魔法陣からいくつもの赤い魔法弾が放たれた。それは赤い流星の如く尾を引き、暗い木々を貫く。
ガサガサと音を立て、隠れていた影が動いた。
「どんどん、いくよ!」
反撃なんてさせないんだから。
動く音に反応するように、私の魔法弾は次々に発射された。それを見ていた男から呆れるような声がこぼれる。
「おいおい……そりゃぁ、ないだろう。数うちゃ当たるって?」
降りしきる赤い流星の中、四つの影は反撃を諦めたのだろう。森の奥へと消えていった。
撤退したと分かり、ふうっと息を吐いた杖を下ろすと、青年が「お嬢ちゃん、とんでもないな」と破顔した。
さらさらの金髪が風に揺れる。その間からひょっこり出ている尖った耳は、彼が人族でないことを物語っていた。
「……あなたは、誰?」
「俺はキース。護衛対象の身代わり、ってとこだ」
キースと名乗った綺麗な顔のハーフエルフは、懐から巻き煙草をひっぱり出すと、地面に突き立てていた松明の火に近づけた。
松明の火に照らされたエメラルドのようかな輝いた瞳が私をとらえ、彼は「よろしくな」と笑った。
訳が分からなくて「ちゃんと説明して!」と私の叫びが再び森の木々を震わせた。
そんな出会いから一年がすぎた。
天涯孤独で気ままな冒険者稼業で暮らしているキースと、私の関係が大きく変わるなんて、誰が想像しただろうか。
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