第一章 夢を追いかける令嬢に、恋をする暇はありません?

第1話 魔術学院に通う令嬢は花嫁修行に不満です

 堅牢な壁で守られた広大な敷地に建つ校舎や塔には、技巧をこらしたレリーフが施され、美しい花で彩られている。その姿は、まるで小さな王城のようだ。


 ここはグレンウェルド国立魔術学院──国内外にある魔法学園の本校であり、各学園から選ばれた成績優秀者しか入学が認められないエリート魔術師の育成機関。

 学院に通うのは難関試験を乗り越えた若き魔術師たちは、未来を担う貴族令息、令嬢でもあった。


 ◆

 

 食堂の前に広がる美しい庭園では、春を彩る花々が咲きほころび、甘い香りを風にのせている。


 素敵な花姿を眺めながら美味しいデザートを食べようと思っていたのに、どうして、こうなったのかな。

 キラキラ輝くデザートを前にして、ため息を飲み込んだ私は愛想笑いを浮かべる。目の前にいるのは、同級の貴族令嬢たちだ。


「ねぇ、進路希望出した?」

「希望も何も、私は卒業したら結婚だもの……」

「どんなにいい成績を残しても、結局は花嫁修業の一環なのよね」

「私、もっと魔法物質化の勉強したいなぁ」

「私だって、魔法言語学をもっと学びたいし、調査にだって行きたいわ」

「でも、国の機関に進みたいなんて言ったら……」


 彼女たちは顔を見合わせて、異口同音に「親が怒るわよね」と、ため息混じりに言った。

 皆、思っていることは一緒みたい。


 入学してから一年がたった。来年には専門分野へと道が分かれるけど、その先を考えると、思い通りにならないことの方が多い。

 肩を落とした少女の一人が、先ほどから黙っている私に視線を向けた。


「ねぇ、ミシェルも卒業後は国に帰るんでしょ?」

「婚約者はいるの?」

「マザー家と言ったら、ジェラルディン連合国の中でも指折りの名家よ」


 まるで自分のことの様に、少女が「当然でしょ」と言うのが不思議で、私は思わず首を傾げた。

 彼女って、同郷だったかな。

 正直言うと、貴族同士の力関係とかお付き合いが、私は苦手なのよね。


 私の名前はミシェル・マザー。

 名家といわれるマザー家は、ジェラルディン国にしか存在しない竜騎士を多く輩出してきた。父はその竜騎士のトップに立つ現役の竜騎士でもある。厳格で、いつも眉間にしわを寄せているような人だけど、周囲からの信頼は厚い。


 私にはいつも厳しくて「マザー家の娘たるもの」て耳にタコが出来るほど、いわれ続けてきた。

 

 友好国であるグレンウェルド国の魔術学院に在籍するのだって、お父様は反対していた。お祖父様が後押ししてくれなかったら、今、私はここにいないだろう。


 頭の横で結い上げた赤毛のツインテール、その先を指でいじりながら故郷を思い出していると、私の話を聞きたくて仕方ない彼女たちは勝手に話を進めた。


「ミシェルは可愛いし、婚約の申し出も山のようでしょ?」

「きっと選び放題よね」

「公爵家からの申し出もあるのかしら?」

「年が近くて、素敵な方なら子爵家でも良いわよね」

「私は、家柄の良い方が良いわ。苦労するのはごめんよ」


 彼女たちの話は、どんどんそれていく。

 皆も将来に不安なんだろうな。


 三年間、大好きな魔法の勉強をしても、帰ったら花嫁修業を再開しないといけない。卒業後、魔法に携われるのは、ほんの一握りだけ。たとえ、どんなに才能を持っていたとしても、親が許さないとどうしようもない。

 残念だけど、それが私たち貴族子女にとっての常識──なんて考えると、腹が立って仕方ない。貴族の常識が何よ!


 こんな時は、美味しいスイーツを食べて大好きな紅茶の香りで癒されるのが一番よね。

 視線を落とした先で、宝石のように輝くベリータルトは、私に食べて欲しいっていってるようだった。

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