第2話 マザー家の婚約事情は、注目の的?

 女の子達のため息が、ティーカップから立ち上がる湯気をゆらした。


「引く手あまたとか、羨ましい話よ」

「ほんと。それなら結婚にも望みが持てるわ」

「私なんて、生まれる前から親同士が決めてた相手で、まるで兄弟よ。顔も見飽きたわ」

「見た目は悪くないの? そこ重要よ」

「普通かしら。まぁ、頭も悪くないしハズレではないと思うわ」

「それって贅沢よ。私なんて十五も歳が離れた伯爵様に嫁ぐのよ。何をお話したらいいかさっぱり分からないわ」

「さすがに、それは同情するわ」


 それぞれの婚約事情を恥ずかしげもなく披露する彼女たちは、話が一段落したところで再び私を見た。

 さぁ、あなたも話して頂戴といわんばかりの、好機の眼差しが突き刺さる。


「えーっと、私は……」


 そもそも、どうして私は彼女達とお茶を飲んでいるのだろう。

 テーブルの上には花のような香りを漂わせる紅茶とベリーのタルトが置いてある。それが目的で放課後に学院内の食堂カフェまで来たのに、どうしてこうなったのか。


 残念なことに、私は婚約とか結婚に興味がもてないのよね。そもそも恋だってしたことがないから、いまいち結婚の想像ができない。

 そんなことよりも今は、タルトが食べたいのよ。


 返答に困っていると、少女たちは不思議そうな表情を浮かべて顔を見合わせた。その時だった。


「ミシェル! お待たせ」


 わずかに離れたところから、亜麻色の三つ編みを揺らした少女が手を振りながら声をかけてきた。

 少女たちの視線が私からそれる。


「あら、アリシア。丁度いいところに来たわね。今ね、進路の話をしていたの。でね──」

「ごめんなさい。課題の提出がまだなのよ。ミシェル、行きましょう!」

「え、あ、でも……」


 ちらりとタルトを見ると、刺さるような視線を感じた。──今を逃したら、また、婚約云々を聞かれるに違いない。

 立ち上がりながらタルトをザラ紙で包んだ私は、彼女たちに微笑んだ。

 

「ごきげんよう」

「ミシェル、急いで!」


 アリシアに手を引かれ、呼び止める声を振り返ることもせず、慌ただしくその場を後にした。

 食堂を出ると、アリシアはそのまま正門へと足を向けた。


「ねぇ、課題の提出は?」

「もう出したわよ」

「え、でも、さっき」

「あんな子達に付き合うことないわよ。面白半分に聞きたがってるだけなんだから」


 助けてくれたことに気づき、嬉しさに頬が緩んだ。

 さすがは我が親友。色々と察するのが上手だ。そういった器用なところは、さすが学年一の秀才だなって思う。


「ミシェルは、もう少し器用に受け流すことを覚えないと」

「……精進します」

「まぁ、泣く子も黙る竜騎士長様の娘が、どこのお貴族様と婚約するか、誰もが注目するのも分かるけどね」

「そうなの?」

「そうよ。勢力図だって変わるじゃない。で、どうなの?」

「どうって……」

「だから、婚約者はいるの?」

「アリシアまでそんなこと聞くの?」

「私は良いのよ。だって、ミシェルの親友なんだから」

「こんな時ばかり親友とか言って! 酷い!」


 アリシアは、私の夢を分かってくれてると思ったのに。

 胸の奥がつきんと痛み、私は思わず、唇を尖らせて不快感を見せてしまった。すると、アリシアは慌てた様子で私の手を握る。

 

「嘘よ。嘘! ごめん……ちゃんと分かってるから」

「……本当?」

「ミシェルは最高峰の魔術師を目指すんでしょ?」


 そうよ。私がこの学園に来たのは、花嫁修行のためでもなければ、マザー家の人脈づくりのためでもない。魔術師として高みを目指すためなの。

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